アンモニア:エネルギーキャリアとしての可能性(その2)


国際環境経済研究所主席研究員


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※ アンモニア:エネルギーキャリアとしての可能性(その1)

5.CO2フリーNH3の合成

 現在、工業的に主流となっているNH3の製造法は、天然ガス(NG)や石炭を改質して水素を生産する工程と、そこで生産された水素と空気中のN2からハーバー・ボッシュ(HB)法によりNH3を合成する工程の2つの工程から構成される製造プロセスによるものである。
 現在、NH3は世界で年間約1.8億トン生産されていることもあって、NH3の生産により消費されているエネルギー量は、世界の約1%に上っている。また、このNH3製造プロセスからは、プロセス由来のCO2も生成する。こうしたことから、NH3をエネルギーキャリアとして利用することの妥当性に疑問が呈されることがある。
 しかしこの疑問は、次のことを見落としたものである。この製造プロセスに必要とされるエネルギーの約80%は、前者の水素の製造工程で消費される。プロセス由来のCO2の生成もこの水素製造工程で起きる。したがって、HB法によるNH3合成に必要となる原料の水素を他のソース(例えば、再エネによる水の電気分解など)から得た場合には、前者の工程は不要になるので、この指摘は当たらない。
 SIP「エネルギーキャリア」では、こうした再エネ由来の水素を出発原料とする「CO2フリー水素利用NH3合成システム開発」も進めている。
 将来的には水素から低温、低圧条件で直接NH3を合成する革新的方法(例えば、電気化学的手法によるNH3合成など)による工業的プロセスの開発が望まれるが、この技術は、いくつかの合成方法が提案され始めてはいるものの、いずれもまだ基礎研究の段階にある。
 このため、2018年度を終了年度とするSIP「エネルギーキャリア」では、水素を出発原料とするHB法を基礎としつつ、触媒の改良や生成したNH3の分離方法の改良を行い、これまでに400℃、50気圧程度のややマイルドな条件でCO2フリーNH3を製造するプロセス開発に目途をつけた。2018年度までにAIST/FREAにこの新たなプロセスによる小スケール(20kg/day)の合成装置を設置し、同所で製造される再エネからの水素を原料とするCO2フリーNH3の合成実証を行う予定である。さらに2020年東京オリンピックの機会に、そのCO2フリーNH3を用いて同所にある先述のマイクロガスタービン発電機で発電し、CO2フリーNH3の供給から発電利用にいたるチェーンの実証を行う計画も進めている。これはNH3を利用した日本版“Power to Gas”の実証例として、世界への新たな技術の発信となるだろう。
 ところでNH3が世界の農業生産にとって必須の物質であるにもかかわらず、現行のNH3生産プロセスが相当量のCO2を排出していること、またNH3がCO2フリー水素エネルギーのキャリアになり得ること等を考えると、HB法によらない低温、低圧条件でのNH3の合成プロセス技術の開発は、今後の低炭素社会の構築に向け、きわめて重要な革新技術開発テーマである。2050年に向けた中長期的な取り組みとして研究開発を進めていく必要がある。

6.CO2フリーNH3の経済性

 先述のとおり、現在、世界で流通しているNH3のほとんどはNGを原料として生産されたNH3である。このプロセスによるNH3の製造コストは、このプロセスが約1世紀にわたって工業技術として磨かれてきたこともあってかなり安価であり、輸送コストを考えてもNH3のプラント引渡しまでに要するコストは、熱量等価の水素の導入目標価格を既に下回る水準にあることが分かっている。
 具体的に説明しよう。水素エネルギーが発電分野に導入される一つの目安とされている価格水準は、水素のプラント引き渡し価格が30円/Nm3以下になることとされている。これは、資源エネルギー庁が2016年3月に改訂した「水素・燃料電池ロードマップ」に示されているもので、2020年代後半ごろまでに実現することを目標としている。この水素価格30円/Nm3-H2と熱量等価のNH3の価格は、NH3の通常の取引単位で表すと520~430 $/t- NH3(1$ = 100~120¥で換算)になるが、NH3の価格がこの水準を下回ることは珍しくない。(本稿の執筆時点(2017年1月)でのNH3の国際価格は 約200 $/ton(FOB)を下回っており、輸送コスト等を入れても300 $/tonを切る水準にある。)NH3の生産コストを分析した文献〔3〕を見ても、安価なNGを原料とするNH3の生産コストは安い。(例えば、米国で 3.2 $/MMBtu の原料NGを用いたNH3の生産コストは 148 $/t-NH3 と推定されている。)
 現在流通しているNH3は、NGを原料としており、製造時にCO2を排出している。このため、ライフサイクル全体で見るとCO2フリーではないが、そのNH3をCO2フリーとする技術は存在する。具体的には製造時に生成するCO2を炭酸ガス地下貯留(CCS)する方法だが、NGからのNH3製造プロセスでは、先述のようにプロセスの中で高濃度のCO2が生成分離されるのでCCSのコストもかなり軽減される。IPCCの報告[4]によるとNH3製造プラントからのCO2のCCSコストは、高位の推定値で 55 $/t-CO2、すなわち約 100 $/t-NH3程度と推定されている。さらに分離されたCO2は、原油の増進回収(EOR)向けに30 $/ton-CO2程度で取引されるという情報もあり、CO2フリー化のコストはより低減する可能性がある。
 こうしたことから、特にCO2排出コストが生じるような環境の下では、NH3は発電用燃料としてもLNGとそれほど遜色のないコスト競争力をもつ可能性がある。
 この関連では、2030年度のGHG排出削減目標(2013年度比▲26%)を達成するための日本における限界CO2排出削減コストは260~380 $/t-CO2に上るという有力な研究機関の分析結果〔5〕があることに留意することが必要だろう。なお、より詳細なコスト評価は、現在SIP「エネルギーキャリア」の一環で実施中であり、2017年度中には分析結果を報告したいと考えている。
 将来的にはCO2フリーNH3の原料は、再エネから製造した水素によるに置き換えていく必要がある。現時点では再エネからの水素製造コストが高いため、再エネからのCO2フリーNH3製造コストの経済性はかなり劣るが、この分野での技術の進歩も目覚ましい。例えば中東地域では、太陽光からの発電コストが2.5 ¢/kWh を下回るような電力も出現している。今後は再エネからの安価なCO2フリー水素の製造を実現するために、電解コストの低減やより効率の高い水素製造方法の開発に注力していくことが必要である。この分野の研究開発は、(独)NEDO(産業技術・新エネルギー総合開発機構)等が中心となって進められており、その研究開発成果に期待したい。

7.CO2フリーNH3供給チェーンの社会への実装

 以上をまとめるとCO2フリーNH3供給、利用チェーンの現状は【図1】のようになる。

 NH3の輸送、貯蔵技術は既に存在する。また、供給側の技術の中で天然ガスを出発原料とするHB法によるNH3製造とCCS/EORを組み合わせてCO2フリーNH3を得る技術は直ちに利用可能であり、比較的安価とみられるので、NH3の利用に係る技術の実証が進めば、早い段階でCO2フリーNH3による水素エネルギー供給、利用システムを構築することが可能と考えられる。
 将来的には、供給側技術の下段にある再エネからのCO2フリー水素を原料とするCO2フリーNH3の製造に移行すべきであるが、再エネからのCO2フリー水素の製造コストがより安価になるまでの過渡的な方策として、上段の既存技術を利用し、必要となるインフラのストックの整備と、社会受容の醸成を段階的に図っていくことが、実際的かつ合理的だろう。
 将来的とはいいつつも、実は、下段の供給チェーンの構築に向けた取り組みも始まろうとしている。具体的には、太陽エネルギーに恵まれている豪州の北西部で、小規模の太陽光発電装置と電解装置を設置してCO2フリー水素を製造し、それを既設のNH3製造プラントに導入することによりCO2フリーNH3に変換して、日本に輸出するという計画である。現在、豪州側でNH3プラントを保有する国際企業、日本のエンジニアリング企業、商社が参加して、供給チェーンの実証に向けた取組みを進めつつある。これが将来的に経済的に成り立てば、この地区に豊富に賦存する太陽エネルギーが輸出資源となり得る。このため豪州側は、この案件に真剣に取り組んでいる。
 同様の関心は、サウジアラビア等の再エネ資源に恵まれた国の企業や、国際エネルギー企業からも示され、これらの企業との間での情報交換等も始まっている。

 以上がNH3に関連してSIP「エネルギーキャリア」で2016年までに達成された成果のご報告である。なお、このほかに現在実施中の重要な調査研究課題の一つとして、NH3をエネルギーキャリアとして社会実装する際の安全確保対策の検討がある。これについては、供給チェーンや利用方法のより具体的な姿が見えてくるのと並行して、具体的なリスク評価の実施とリスク管理対策のあり方についての検討を行っていく方針である。

 最後に、以下に本稿に記したSIP「エネルギーキャリア」でのNH3関連の研究開発成果が公表されているURLを以下に掲げるので、適宜参照されたい。

NH3・マイクロガスタービン発電関係
(灯油燃焼)http://www.jst.go.jp/pr/announce/20140918-2/index.html
(CH4-NH3混焼)
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20150917/index.html
NH3の工業炉利用関係
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20161031-2/index.html
微粉炭発電関係
(微粉炭のNH3存在下での燃焼挙動解析)
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20161031/index.html
(微粉炭ボイラー実験炉でのNH3の20%混焼実験)
http://criepi.denken.or.jp/press/pressrelease/2017/01_10press.pdf
NH3を燃料とするSOFC発電関係
http://www.jst.go.jp/pr/announce/20150722-6/index.html
NH3からのFCV用水素燃料の製造関係
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20160719-2/index.html

<参考文献>

1.
塩沢 文朗; “水素エネルギーの重要性と戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」、エネルギーと動力 2016年春季号、p58-71
2.
“Toxicological Review of Ammonia – Noncancer Inhalation” Integrated Risk Information System, U.S. Environmental Protection Agency. September 2016
3.
平井 晴己、呂 正、高木 英行、村田 晃伸、”アンモニアの需給及び輸入価格の現状について“、(財)日本エネルギー経済研究所 研究レポート 2015年9月
4.
“Carbon Dioxide Capture and Storage – Technical Summary – ” IPCC Special Report, Working Group III of the Intergovernmental Panel on Climate Change, 2005
5.
佐野 史典、秋元 圭吾、本間 隆嗣、徳重 功子、”日本の2030年温室効果ガス排出削減目標の評価” エネルギー・資源学会論文誌 Vol.37, No.1, 2016, p. 51-60.