トランプ政権の下で米国のエネルギー・温暖化政策はどうなるか


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 トランプ氏の温暖化問題に対するスタンスは彼の移行チームの中でEPAを担当するのが競争的企業研究所(CEI: Competitive Enterprise Institute)マイロン・エーベル氏注3)であることからも窺える。

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 彼はかねてから「気候変動懐疑派」として環境NGOから強く批判されてきた。彼が主宰する地球温暖化に関するウェブサイト Global Warming.org –May Cooler Heads Prevail 注4)を見ると気候変動リスクに対する疑念やクリーンパワープラン、EPAに対する批判が満載であり、オバマ大統領を温暖化防止のリヴァイアサンに見立てた風刺画まで掲げられている。その内容はナイジェル・ローソン英貴族院議員が設立した気候変動懐疑派のシンクタンクGlobal Warming Policy Foundation注5)と通ずるところがある。エーベル氏がトランプ政権のEPA長官になるという見方もある。
 トランプ政権誕生は現在空席になっている最高裁判所判事の人選にも大きな影響を及ぼす。本年2月、米最高裁はクリーンパワープラン差し止めを求める27の州、複数の企業からの訴えを賛成5、反対4で認めた。賛成・反対の色分けはそのまま保守派、リベラル派の色分けとなるが、判決直後、賛成側に票を投じた保守派のアントニン・スカリア判事が死去したため、後任人事が注目されていた。当然ながらトランプ大統領は保守派を選任するであろう。最高裁判事は終身であるため、当分の間、最高裁の勢力分布は保守派5、リベラル派4が定着することになる。このことは将来、民主党政権が返り咲いたとしても、クリーンパワープランのような施策の実施に関し、最高裁が立ちはだかる可能性があることを示唆している。
 当然のごとく、米国の環境関係者はトランプ氏の当選に強いショックを受けている。こころみに「Trump」、「Climate Change」というキーワードで検索されてみるとよい。環境NGOや環境関連シンクタンクがトランプ氏の元で温暖化対策が大きく後退することを悲憤慷慨する記事が山のように見つかるであろう。ここでは、気候変動問題について熱心な発信を行ってきたハーバード大のロバート・スタバンス教授注6) の記事を紹介したい。彼はニューヨークタイムズにGoodbye to the Climate という記事を書き、「トランプ氏はオバマ政権の温暖化目標や対策を放棄・廃止するだろう。それが中国等、他の主要国にどのような影響を与えるかが懸念される。パリ協定が97%をカバーする枠組として発足しても、事実上、EUの10%をカバーする程度のものになってしまう可能性がある」とした上で、「トランプ氏がキャンペーンでのレトリックに忠実であれば、オバマ政権の温暖化分野のレガシーを破壊することにより、温暖化対策の方向性を大きく変え、地球に対する大きな脅威となる。各州の取り組みがますます重要になる」と結んでいる。

3.大統領就任後、「大化け」するのか

 全般的にトランプ氏の選挙期間中の言動には過激なものが多く、大統領就任後、どこまでそれらが実行に移されるのか、不確定要素が大きい。大統領就任後、共和党主流派との関係を修復し、共和党政権時代の実務家をスタッフとして迎えることにより、外交・安全保障等の分野ではより現実的なものになることを期待する見方もある。
 しかし、エネルギー・温暖化分野では共和党のプラットフォーム注7)とトランプ氏の発言はほぼ一致している。共和党のプラットフォームを見ると

我々は石炭、石油、天然ガス、原子力、水力等、自由経済の下で、補助金なしで経済性を有するあらゆる形態のエネルギー源を支持する。
化石燃料を採掘せず、地中に留める(keep it in the ground)政策は職を奪う。
民主党は石炭が潤沢、クリーン、安価、信頼できるエネルギー源であることを理解していない。クリーンパワープランを即時撤廃する。
エネルギー価格を引き上げるいかなる形態の炭素税にも反対する。
環境保護庁の権限を州に移管し、独立した超党派委員会に改組する
気候変動の議論はデータに基づいた冷静なものであるべき。IPCCはバイアスのかかった政治的なメカニズムであり、科学的な組織ではない。
署名者(クリントン大統領、オバマ大統領)の個人的コミットに過ぎない京都議定書、パリ協定を拒否する。
パレスチナを加盟国とする国連機関への資金拠出を禁じた1994年対外関係法に基づき、気候変動枠組条約に対する拠出金を停止する。
環境問題は経済成長を制約し、職を奪うトップダウンの命令管理型の規制を通じてではなく、技術開発によって解決すべきである。

等があげられており、トランプ氏のAn American First Energy Plan や100日行動計画と方向性を同じくしている。上記にあげたアドバイザーの人選を見ても、トランプ政権のエネルギー環境政策は彼の選挙公約に沿った形で行われると考えるのが自然だろう。
 トランプ氏の温暖化に対するスタンスは、ブッシュ政権の京都議定書離脱と比較されるだろうが、ブッシュ政権の場合、少なくとも温暖化対策の必要性を否定はしていなかった。バードヘーゲル決議を踏まえ、先進国だけが義務を負う京都議定書を拒否しただけであり、原単位目標、クリーンエネルギー開発、主要排出国会合(MEM)の開催等、温暖化分野で何もしていなかったわけではない。トランプ政権はブッシュ政権以上に温暖化アジェンダに冷淡である可能性が高い。

4.国際的な温暖化防止の取り組みへの影響

 米大統領選の結果はパリ協定に基づく温室効果ガス削減に向けた国際的取り組みにも大きな影響をもたらすだろう。
 もちろん、トランプ政権の誕生によってパリ協定体制が崩壊するわけではない。詳細ルールの策定を経て目標の策定、提出、レビュー、目標見直しというプロセスは始動するだろう。
 各国とも引き続き温暖化防止に取り組むとの姿勢は堅持するだろうが、世界第二位の排出国である米国が温暖化防止に背を向けることは、米国と貿易競合関係にある国々にとっても大きな事情変更だ。EUは米国との国際競争力格差に悩んできたが、米国が更なるエネルギーコストの低下を目指す一方で、目標レベルを引き上げ、更なる高コストを負担することに域内で合意するのは容易ではない。2017年にドイツ、フランスが総選挙を迎える中で反移民・反EU政党はトランプ当選に気勢をあげており、彼らはおしなべてトランプ氏同様、気候変動には懐疑的だ。中国はもともと楽に達成できる目標を出しているので、「引き続きパリ協定の元で努力する」と「責任ある大国」を演出しようとするだろうが、更なる目標引き上げについては「米国を横目で睨みながら」という対応となろう。インド等の途上国は米国が温暖化防止のための資金拠出を停止することを目標未達成の理由に使うだろう。
 環境関係者の間では、高い野心を掲げた国々で有志連合を作り、温暖化対策にコストを払っていない米国からの輸入に炭素関税、国境調整措置を課するべきとの議論も出てくるかもしれない。しかしそれは米国との全面的な貿易戦争に発展する可能性が高く、実現可能性は低いだろう。何よりも米国との関係は温暖化だけで規定されるものではない。各国とも未知数だらけのトランプ政権との関係構築や、トランプ政権誕生に伴う世界の政治・経済・安全保障環境の変化への対応を真剣に検討せざるを得ず、温暖化フロントで米国と事を構えることには慎重になるだろう。我が国にとっても最大の課題はトランプ政権の下での日米同盟の再定義であり、米国のパリ協定への回帰ではないだろう。
 このように現時点での情報から判断する限り、トランプ政権の誕生は地球温暖化防止という国際的潮流にマイナスの影響を与えると見るのが至当であろう。米国が大きく舵を切る中で国際社会がどのように対応するのか、今後の動向を注視したい。

注3)
https://cei.org/expert/myron-ebell
注4)
http://www.globalwarming.org/
注5)
http://www.thegwpf.org/
注6)
http://www.robertstavinsblog.org/2016/11/10/what-does-the-trump-victory-mean-for-climate-change-policy/
注7)
https://prod-static-ngop-pbl.s3.amazonaws.com/media/documents/DRAFT_12_FINAL[1]-ben_1468872234.pdf

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