気候変動を動かす金融・投資の動き


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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「環境管理」からの転載:2016年8月号)

 国連気候変動交渉は、その正当性や参加国の多さ等において他の国際枠組みに対して圧倒的優位にあるが、それだけに硬直的であり、具体的な手段に乏しい。COP21 においてパリ協定の採択には成功したが、気候変動対策への手段としてそれが実効性を有するか否かは今後の運用次第である。今後、気候変動対策を進める上で重視されているのは、一つは革新的技術開発であり、もう一つは金融・投資のあり方であろう。投資の方針に環境対策などの非財務情報を取り込むことで社会の低炭素化を促していくことは、高い期待が寄せられている。パリ協定後の気候変動対策を語る上で外せない論点ではあるが、課題も多い。現状の議論と留意点を整理する。

はじめに

 CO2を主とする温室効果ガスは、人間の経済活動に伴って必然的に排出されるものである。これまで、経済発展と温室効果ガス排出量には強い相関関係が存在するとされてきたが、デカップリングを可能にするには革新的技術と社会全体の変革が必要とされる。その変化を促す原動力として、金融市場の投資判断基準に気候変動に関する価値観を取り込む動きが活発になってきている。
 「ESG投資」、「SRI(社会的責任投資)市場」、「ダイベストメント」、「座礁資産」といった言葉を耳にする機会はここ数年加速的に増加し、COP21の会場周辺でも国連気候変動交渉を外からサポートする仕組みとして相当の注目と期待が寄せられていた。
 将来の社会のあり方を、市場の選択を通じて変えていくことは健全であり、こうした動きが進展することは大変望ましいことだ。しかしながら一方で、その国や地域の事情に応じたエネルギー政策のあり方や気候変動に関する科学の不確実性をどう織り込むのかといった問題も指摘される。現実からあまりにかい離した価値判断となれば、結局は実効性を伴わず、一過性のブームで終わってしまうだろう。気候変動を動かす金融や投資の動きについて概観し、現段階での課題整理を試みる。

これまでの経緯

 持続可能な発展に向け、投資判断基準に環境や社会、企業ガバナンス(ESG)という視点を加えようとする動きは、2000 年代初頭から徐々に活発になっている。各国の機関投資家が連携し、企業の環境データ提供を求めるプロジェクトが2000 年にスタートする注1)など、情報開示促進の仕組みが整えられたほか、2006 年にはアナン前国連事務総長の提唱により「責任投資原則(略称PRI:Principles for Responsible Investment)」注2)が策定された。「投資分析と意思決定のプロセスにESG課題を組み込む」、「投資対象の企業に対してESG課題についての適切な開示を求める」といった六つの原則と35の行動指針からなり、法的拘束力のない国際ガイドラインとはいえ、世界1,535の機関が署名し(2016年7月7日時点)、金融業界にとっての一定の指針となっている。2015年9月には運用資産規模で世界最大級のわが国の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)も署名している。こうした流れを受けて、気候変動対策の推進を訴える投資家グループが共同で投資ガイドを発行したり、情報開示を求める枠組みも活発化し、近年ではESG 投資が急拡大しているとされる。
 持続可能な投資を推進する国際イニシアティブであるGSIA(The Global Sustainable Investment Alliance)がまとめたレポート注3)によれば、世界のサステナビリティ投資運用額は2012年初頭の13.3兆米ドルが、2014年初頭には21. 4兆米ドルまで上昇したとされるが、そのほとんどは欧州や北米におけるものである。

図1/Proportion of Global SRI Assets by Region注4)

図1/Proportion of Global SRI Assets by Region注4)

 COP21で採択されたパリ協定の条文に「2℃目標」が組み込まれたこともあり、金融市場の社会的責任を問うこうした動きはさらに活発になっており、株式を保有することによって企業の経営に影響を及ぼしていく「エンゲージメント」、逆に一定の投資判断基準に基づいてそこに抵触する特定企業・業種の株式等を投資対象から除外する「ダイベストメント」という言葉が多く聞かれるようになっている。
 特に石炭等の化石燃料資産について、将来的に温室効果ガスの排出規制が強化されれば使用できなくなるリスクがある 「座礁資産」と捉え、そうした資産を多く保有する企業からの投資引き揚げを促す「ダイベストメント」は米国の大学から端を発した運動であり、COP21の期間中には世界各国の財団や大学、公的年金基金など管理資産合計3.4 兆ドル(約350兆円)にのぼる500以上の機関がこの趣旨に賛同を示していると環境保護団体注5)が発表している。対象は化石燃料資源産業、特に石炭産業であり、具体的な動きとしては、ノルウェー政府年金基金が「事業活動の30%以上を石炭関連事業が占める企業(特に石炭採掘企業)、もしくは売上の30%以上を石炭関連事業から得ている企業(特に電力企業)を、投資先から除外する」ことを決定注6)したほか、アクサやバンク・オブ・アメリカ等大手金融機関が特に石炭関連企業からの投資引き上げ方針を発表している。ノルウェー政府年金基金の投資引き揚げ対象には、日本の電力会社3 社(北海道、沖縄、四国)が含まれていた注7)こともあり、わが国でも話題となった。

気をつけるべき落とし穴

 金融市場が投資判断の価値基準に当該企業の環境対策など非財務情報を織り込むことは確かに世界の潮流になりつつあるし、外部不経済を適切に取り込んだ市場の選択によって社会の方向性を変えていくことはあるべき姿である。しかし具体的な手法についてはまだ多くの課題があると言えよう。
 上記に挙げた二つの手法のうち、前者のエンゲージメントは、経営方針に影響を与えうるほどの株式を保有するに必要となるコスト負担のあり方などの点において課題も指摘されるが、もの言う株主が経営層との対話を通じて企業の方向性を是正していくことの健全性は評価されるべきであろう。しかし後者のダイベストメントについては、投資を引き揚げてしまうことは関与を放棄することにもなること、また、投資の効率性を阻害する恐れがあるなどの課題が指摘されている。ダイベストメントが、気候変動対策という単一の価値観からの一面的な投資判断に陥ることを避けるために留意すべき点を整理したい。

ダイベストメントの意義は何か

 ダイベストメントの究極の目的は社会の低炭素化にあるが、その意義を具体的に解きほぐせば、一つにはリスクの高い投資から投資家を保護すること、もう一つは投資家の意思を示すことによって企業経営の健全化を図ることであろう。
 第一の意義はすなわち、気候変動対策の観点からは潜在的に高いリスクを抱える化石燃料資産、その中でも特にCO2排出量の多い石炭関連資産は、将来的に使用が禁止され「座礁資産」化する可能性が高いことから、リスク回避を目的に投資を引き揚げるというものだ。しかし、特定の政策の帰結としての座礁資産化のリスクは石炭関連資産に限って生じるものではないことを指摘しておく必要がある。
 ドイツでは全量固定価格買取制度(FIT)で大量に導入された再生可能エネルギーの出力変動に対応した調整運転を強いられたガス火力の採算性が急激に悪化し、閉鎖を余儀なくされた。スペインでは財政状況悪化に伴いFITに基づく買取りが停止され、再生可能エネルギー産業の撤退が生じた。わが国では全量固定価格買取制度(FIT)による再エネ導入量拡大が図られてきたが、国民負担が急増し特に太陽光発電については買取価格の抑制が行われている。こうした状況を受け、太陽光関連企業の倒産がここ数年増加していると報じられている注8)

注1)
Carbon Disclosure Project(CDP)。スタート当初参加機関投資家は35、運用資産総額4 兆米ドルであったが、2015 年11月発行のレポートによれば822 の機関投資家が参加し、運用資産総額は95 兆米ドルに増加している。(https://www.cdp.net/CDPResults/CDP-japan-Climate-Change-Report-2015.pdf
注2)
https://www.unpri.org/about
注3)
「2014 Global Sustainable Investment Review 」(http://www.gsi-alliance.org/wp-content/uploads/2015/02/GSIA_Review_download.pdf
注4)
「2014 Global Sustainable Investment Review」 Figure1
注5)
環境保護団体350.org(http://gofossilfree.org/in-thespace-of-just-10-weeks/
注6)
ノルウェー銀行が決定した政府年金基金の運用方針(https://www.nbim.no/contentassets/d99e60bdb5794272ae0df58d79da0d65/20160414-grounds-for-decision—product-based-coal-exclusions.pdf
注7)
投資引き揚げ対象リスト(https://www.nbim.no/en/transparency/news-list/2016/first-coal-exclusions-from-the-government-pension-fund-global/
注8)
帝国データバンク「太陽光関連業者の倒産動向調査」(http://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p160601.pdf