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第9話「IAEA福島報告書を読む」


在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使


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IAEA福島報告書を読む

 今年は2011年3月11日の東日本大震災、福島第一原子力発電所の事故から5年の節目の年である。
本連載でも触れたとおり、昨年のIAEA福島報告書の公表と、IAEA原子力安全行動計画の終了をもって、福島第一原発事故を契機とした原子力安全を巡る国際的議論は大きな節目を迎えた(第5話参照)。他方、原子力安全の強化に向けた取組が終わりなき課題であることは論をまたない(第3話参照)。
 その観点からは、IAEA福島報告書は、事故の経緯を振り返り、教訓を汲み取りながら、今後の国際的な原子力安全の強化を進める上で、繰り返し立ち返るべき基本文書といえる。本稿では、事務局長報告(日本語訳)をもとに、筆者の判断にて同報告書の主要ポイントと思われる点を紹介するが、実際の内容については報告書本文に当たって頂くことをおすすめしたい。(文中カッコ内の数字は、IAEA事務局発行の事務局長報告(日本語訳)のページ数を指す。)

(事務局長報告の全体構成)
 事務局長報告は、全体の要約(pp1-15)の後、以下の6つのセクションから構成されている。

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IAEA福島報告書の全体構成(同報告書18ページより)

◯「セクション1:はじめに」(pp16-18)
 このセクションでは、報告書作成の経緯(2012年9月のIAEA総会で天野事務局長が表明)や、報告書作成に際してIAEAがとった体制(加盟国、国際機関からの専門家からなる5つの作業部会の設置等)、相当量のデータが日本政府や日本の他の組織から提供された事実などが触れられている。
 また、「事故の原因と影響及び教訓に取り組み、権威があり、事実に基づき、バランスのとれた評価を行う(天野事務局長)」との報告書の基本的性格についても言及されている。
 IAEA福島報告書は、事務局長報告(DG Report)のほか、技術専門家向けの5巻の技術文書(Technical Volume)から構成され、全体で約千数百ページに上る。事故の当事国である日本側関係者からみると、事実認識や評価の点で、報告書の記述とは異なる受けとめ方をする向きもあるかも知れない。しかしながら、日本で起きた原子力発電所事故について、世界各国の専門家により膨大なエネルギーが投入され、これだけの大部な報告書が作成されたこと自体、事故に対する国際的関心の高さの表れといえる。本報告書を読むにあたっては、この点を念頭に置く必要があると思われる。

◯「セクション2:事故とその評価」(pp19-67)
 このセクションでは、まず「2.1事故の記述」(pp19-43)において、主に日本側からの情報提供に基づく、地震・津波及びその後の原発事故の状況につき、主要事象が時系列で記述されている。このあたりの事実関係は、日本側の関係者にとってはなじみのある箇所と言えよう。
 次の「2.2. 原子力安全の考慮」(pp44-65)では、事故の原因についての評価がなされている。福島第一原発の設計が、地震に対しては保守的アプローチをとっていたものの、津波のような外部ハザードを十分に考慮しておらず、このため複数レベルの防護手段が同時に影響を受け、基本的安全機能(炉心と使用済燃料プールからの熱の除去、放射性物質の閉じ込め)を果たすことが出来なかったこと、設計基準を超える事故に関する安全評価と規制当局の対応が不十分であったこと、事故当時の日本の原子力安全規制について責任と権限がどの組織にあるか明確でなかったこと等、日本側にとって幾つもの厳しい指摘がなされている。一方、事故後に新しい規制当局が設置され、事故の教訓を踏まえた新たな規制要件が導入されたことにも触れられている。
 最後に「2.3. 所見と提言」(pp65-67)では、自然ハザードに対する保守的な評価、知見の進歩に即した安全対策の定期的評価、国内外の経験の活用、規制当局の独立性、安全文化の推進など、様々な提言が示されている。

◯セクション3:「緊急時への備えと対応」(pp68-90)
 このセクションでは、事故発生当初からの主要事象に対する当時の日本側関係当局の対応、国際社会の反応に触れつつ、いくつかの考察がなされている。
 「3.1. 日本における事故への初期対応」(pp69-75)では、事故当時に日本で整備されていた原子力緊急事態に対応する体制と、それが実際にどう機能したかが記述されている。緊急事態における対応拠点として想定されていた緊急時オフサイトセンターが放射線状況の悪化のため避難を余儀なくされた点にも触れられている。
 「3.2. 緊急作業者の防護」及び「3.3. 公衆の防護」(pp75-84)では、緊急事態における特定の任務を行う人々(緊急作業者)及び一般の人々(公衆)の防護に関し、事故当時の日本の体制と実際にとられた対応についての考察がなされている。緊急作業者については、現場での作業継続のため、一部の緊急作業者の放射線の線量限度が一時的に引き上げられたことに触れられている。また、公衆の防護のためとられた様々な措置(屋内退避、避難、移転、安定ヨウ素剤の投与、食品・飲料水の摂取制限等)については、実施に際して直面した、事故前の想定と異なる様々な課題が言及されている。情報提供面では、国内向けのほか、在京外交団や外国メディア、在外公館を通じた各国への情報提供など、国際社会に向けて日本政府が行ってきた取り組みについても触れられている。
 「3.4. 緊急時段階から復旧段階への移行、対応の分析」(pp85-86)では、事故後に日本側当局がとった対応として、国際放射線防護委員会(ICRP)の最新の勧告を適用し、緊急時段階から復旧段階への移行のための体制作りを行ったことや、IAEA安全基準を考慮に入れながら、緊急時への備えと対応の体制を強化したこと(内閣府原子力防災会議の設置、原子力規制委員会による原子力災害対策指針の策定)に触れられている。
 「3.5. 緊急時への備えと対応に関する国際的枠組みにおける対応」(pp86-88)では、事故当時に多くの国と国際機関が関与した国際的対応について触れられている。ここでは、緊急時対応の初期段階においてIAEA事務局と日本の公式窓口とのコミュニケーションに困難があり、天野事務局長の日本訪問や東京へのIAEAの連絡要員の配置により改善されたこと、各国が日本に滞在する自国民のためにとった様々な防護対策の違いが公衆に十分説明されず、時に混乱と懸念を招いたことなどが言及されている。
 「3.6. 所見と教訓」(pp88-90)では、以上の考察を踏まえて、原子力緊急事態対応における体制のあり方(事業者、自治体、国の当局の間の役割と責任の明確化など)、様々なタイプの緊急作業者の防護や、公衆の防護のあり方、通報と支援に関する国際的体制の強化、防護対策等に関する各国間の協議と情報共有の改善などについての提言が示されている。

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