第9話「IAEA福島報告書を読む」


在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使

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◯セクション4:「放射線の影響」(pp91-128)
 このセクションでは、事故の人と環境への放射線影響についての考察がなされている。IAEAの専門分野を超える領域が多く含まれていることもあり、世界保健機関(WHO)や原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)など他の国際機関による分析や、日本政府や福島県による調査結果も相当程度、参考にされている。
 「4.1. 環境中の放射能」(pp96-106)では、事故後の環境への放射性核種の放出、拡散、沈着の状況と、それを受けた日本の当局による飲料水、食品等の消費制限について触れられている。
 「4.2. 放射線被ばくに対する人の防護」(pp106-110)では、事故後に日本の当局によりとられた、公衆被ばくの制限、及び緊急作業者の被ばくを含む職業被ばくの制限について言及されている。地震・津波により電気、ガス、通信、水道、輸送などの現地インフラが崩壊した状況では、屋内退避、避難、移転等の公衆に対する防護対策の実施は多大な困難を伴い、人々にとって非常に厳しいものとなったことが触れられている。
 「4.3. 放射線被ばく」(pp110-120)では、公衆被ばく及び職業被ばくの状況について考察がなされている。WHOやUNSCEARが行った環境モニタリングと線量推定モデルによる推定を基礎としつつ、日本側から提供された個人モニタリングに基づく評価等を対象とした分析を行い、公衆の受けた実効線量が低いものであったこと、また子供の甲状腺への線量も、牛乳や葉物野菜などの食品、飲料水に制限が課されたこともあり、低いものであったとの推定を行っている。職業被ばくについては、福島第一原発サイト内の約2万3000名の作業者のうち174名が従来の緊急時の実効線量基準である100ミリシーベルトを超え、うち6名が一時的に改訂された線量基準である250ミリシーベルトを超えた事実に触れており、その原因として過酷な緊急作業状態、防護マスクの不適切な使用、不十分な訓練などを挙げている。
 「4.4. 健康影響」(pp120-125)では、様々な観点からの健康面への影響の可能性について考察を行っている。放射線の影響として、早期健康影響は観察されず、遅発性健康影響の増加も予想されないとの、過去のUNSCEAR報告書と同様の結論を導いている。子供への放射線影響の関連では、福島県民健康管理調査における子供の甲状腺スクリーニング調査に触れ、調査で検出された甲状腺異常は事故による放射線被ばくの影響とは考えにくいとしている。一方、同じ福島県民健康管理調査のアンケート結果に触れつつ、人々が受けた相当な心理的影響について指摘している。 
 「4.5. 人間以外の生物相に対する放射線の影響」(pp125-126)では、事故の結果として、生態系に重要な放射線影響が生じる可能性は低いとしている。
 「4.6. 所見と教訓」では、以上の考察を踏まえ、放射性物質の放出に関する迅速な環境モニタリングの重要性や、長期にわたる公衆の防護対策の正当性を分かりやすく説明するコミュニケーション戦略、飲料水や食品等の制限における国際基準間及び国際基準と国内基準の間の一貫性の確保、住民の心理的影響に取り組む放射線防護ガイダンスの必要性などが提言されている。

◯セクション5:「事故後の復旧」(pp129-152)
 このセクションでは、事故当初の対応を超えた、地域社会とインフラ再生を含む事故後の復旧や将来に向けた計画について言及されている。
 「5.1. 事故の影響を受けたサイト外の地域の環境修復」(pp129-135)では、日本政府によって行われている外部被ばく線量を低減させるための除染活動について紹介されている。環境修復後の長期目標として、追加年間線量が1ミリシーベルトという、国際的ガイダンスで示される範囲の中で最も低い値が採用されたことにも触れられており、この日本における経験が、国際安全基準の適用に関する実際的なガイダンスの策定に活用できるだろうと述べている。
 「5.2. サイト内の安定化と廃止措置に向けた準備」(pp136-142)では、2011年12月に福島第一原子力発電所の廃炉工程表(中長期ロードマップ)が発表されて以降の、日本側による様々な廃炉作業が紹介されている。この関連で、汚染水の管理の問題については、海洋への管理された放出の再開の可能性を含む、全てのオプションを考慮した上で、より持続可能な解決が必要であると指摘している。貯蔵プールからの使用済燃料・未使用の燃料集合体の取り出しや、溶融燃料デブリの除去と管理に向けた取り組みの現状にも触れられている。過去に重大事故を起こした世界の他の3つの発電所(ウィンズケール(1957年英国)、スリーマイル島(1979年米国)、チェルノブイリ(1986年旧ソ連))のいずれもが完全な廃止のための最終状態に未だ達していないとしつつ、福島第一原発についても最終状態に関する決定には更なる分析と議論が必要としている。
 「5.3. 放射性物質による汚染物と放射性廃棄物の管理」(pp142-147)では、前述の福島第一原発サイト外の地域の除染活動や、サイト内の廃炉関連活動に伴って生じる放射性物質による汚染物や放射性廃棄物の管理に伴う課題(保管場所の確保など)について触れている。
 「5.4. 地域社会の再生と利害関係者の関与」(pp147-150)では、事故発生以来とられた避難、移転や食品制限などの放射線防護の対策が、住民の生活に多大な影響を及ぼしたことを踏まえ、福島県の再生のための様々な施策(インフラ再建、地域社会の再生、支援、補償)がとられていることに触れている。また、信頼の再構築のため、復旧活動に関する公衆とのコミュニケーションの重要性についても指摘している。
 「5.5. 所見と教訓」(pp150-152)では、以上の考察を踏まえ、事故後の復旧のための戦略と措置をあらかじめ準備すべきであるとして、残留放射線量に対する環境修復(除染)戦略と基準、損傷した原子力施設の廃炉のための計画、放射性物質による汚染物や放射性廃棄物の管理のための戦略の必要性をうたっている。また、対話や情報提供を通じ、復旧プログラムに対する住民の信頼と関与を得ることの重要性についても指摘している。

◯セクション6:「IAEAの事故への対応」(pp153-160)
 このセクションでは、福島第一原子力発電所事故後のIAEAの活動について、初期段階の対応から、より中長期的観点からの取り組みまでを概観している。
 初期段階の対応においては、特に、事故発生から一週間後に天野事務局長が日本を訪問し、専門家ミッションの派遣等について日本側と議論したこと、また日本による公式情報の透明性と適時の提供の重要性を強調したことが注目される。ここでは既にその後のIAEAの基本スタンス、すなわちIAEAが累次にわたって行った廃炉・除染支援や海洋モニタリングなどの各種ミッション派遣や、加盟国向けブリーフィングやウェブサイトでの情報提供など対外発信面での協力という、日本の事故対応への支援の基本姿勢がうかがえる。
 より中長期的観点からの取り組みとしては、第3話でも紹介した、IAEA原子力安全行動計画の策定や、IAEAが受託者を務める原子力安全条約(CNS)の締約会合における動き(2015年2月の外交会議でのウィーン宣言の採択など)が言及されている。
 なお、東日本大震災と福島第一原発事故から5年となる3月11日を迎えるにあたり、IAEAは“Five Years After Fukushima: Making Nuclear Power Safer”と題した広報資料をウェブ上に掲載し、事故発生当時からのIAEAの様々な取り組みについて動画も交えながら紹介している。

IAEA理事国関係者の訪日招聘

 福島第一原発の現状について、出来るだけ多くの世界の人々に知ってもらうことは、国際的な原子力安全の強化の面でも、福島県が今も直面する風評被害への対策の上でも重要な取り組みである。とりわけ、ウィーンでの原子力外交の一線で活動する各国外交団関係者に福島第一原発の現場を見てもらうことは、費用対効果が高いPRの方策といえる。
 日本政府は、35ヶ国あるIAEA理事国の大使や原子力当局関係者を対象にした訪日招聘プログラムを毎年実施している。このプログラムには日本の原子力関係当局や事業者との意見交換、放射線医療施設の視察、日本の伝統文化の体験などが含まれているが、昨年3月より福島第一原発サイトの視察を組み入れている。これまでの3回の視察で合計18ヶ国の大使、原子力当局者が現場を訪れた。海外では、ともすると、2011年3月の原発事故当時の衝撃的な映像のままで福島に対する印象が固まっていることが多い。現場での着実な廃炉の取り組みや、地域の復興の現状と課題を過不足無く見てもらうこのプログラムは、各国の参加者に福島の現状を正しく伝える上で大変効果的であるといえる。

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本年2月のIAEA理事国招聘で訪日し、木原外務副大臣を表敬した各国の理事達(出典:外務省ホームページ)