クリーンパワープランの行方

来年の米大統領選候補者たちの気候変動対策は?


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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 オバマ政権が「クリーンパワープラン」を8月3日正式発表し、今年末にパリで開催される気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)での国際合意に向けて、米国が交渉を主導していくとアピールする中、来年の米大統領選挙に名乗りを挙げた候補者たちの気候変動(地球温暖化)政策へのスタンスも気になるところだ。民主党、共和党の各主要候補たちを中心に調べてみた。

 民主党は、候補者全員が気候変動は人為起源により生じたものであり、現実の問題として対峙する必要があり、重要政策の一つと位置付けている。具体策については、選挙キャンペーンの遊説中にそれぞれの持論を展開している。

 まず、オバマ政権で2009年から13年まで国務長官を務め、大統領選への出馬は2回目となる民主党有力候補、ヒラリー・クリントン前国務長官は、先日、太陽光発電のパネルを2020年までに5億枚設置することなどを柱とする気候変動対策を発表している。

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ヒラリー・クリントン前国務長官、自身の選挙キャンペーンHPより

 クリントン氏は、気候変動問題を「米国、および世界が直面する最も切迫した脅威」であると語り、大統領選の争点の一つに据えている。選挙キャンペーンでのビデオでも、気候変動政策に乗り気でない共和党候補者たちについて、科学的知見に基づく地球温暖化の現実に懐疑的であることを批判している。大統領に選出されたら、10年以内に米国のすべての家庭が再生可能エネルギーにより全電力を賄えるようにするという目標を表明している。

 またクリントン氏は、天然ガスは化石燃料で最もクリーンなエネルギーであるとして、シェールガスの開発には積極的な姿勢である。米環境保護局(EPA)による「クリーンパワープラン」を強く支持することを表明しており、クリーンパワープランは「何としてでも守るべきである(It must be protected at all cost)」と述べている。

 続いての民主党の候補者、マーティン・オマリー前メリーランド州知事は、2007年~15年までメリーランド州知事を務めていた。オマリー氏は地球温暖化を現実の深刻な問題であると捉え、この問題に積極的に立ち向かうことを表明している。

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マーティン・オマリー前メリーランド州知事、自身の選挙キャンペーンHPより

 オマリー氏は、オバマ大統領のエネルギー政策である“all of the above strategy”(全方位的戦略)について、米国のエネルギー自給率を向上させたことを認める一方、「パイプラインをつくり、海洋で化石燃料の開発をしているのでは真剣に気候変動問題に対峙しているとはいえない」と述べている。

 「私たちは、再生可能エネルギー社会への完全な移行を果たし、化石燃料に依存することを終わりにすべきである。世界の人々を救うのは、我々アメリカ人なのだ」とUSA Today紙に論説も寄せている。自分が大統領に選出されれば、地球温暖化から国を守り、35年以内に米国をクリーンエネルギー100%の国にして、数百万人の雇用を創出することを約束するとも記述している。

 その他、民主党候補のバーニー・サンダーズ上院議員(バーモント州選出・無所属議員)は、上院では最もリベラルな議員の一人で環境派として知られているが、サンダーズ陣営は気候変動政策を最重要課題として捉える構えである。化石燃料に大きく依存する現在から、クリーンエネルギー社会へ移行するために、米国は世界の中で中心的役割を果たすべきだと主張している。

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バーニー・サンダーズ上院議員、自身の選挙キャンペーンHPより

気候変動政策に懐疑的な共和党候補者

 一方、共和党のほとんどの候補者は地球温暖化の人為起源説には懐疑的で、気候変動問題を差し迫った問題として捉えておらず、気候変動政策にはあまり乗り気でない発言が多い。

 共和党有力候補、不動産とカジノ経営を手掛けるドナルド・トランプ氏は、地球温暖化は“でっち上げ(hoax)”だとして、気候変動対策は米国の製造業の競争力を削ぐものだと述べ、オバマ政権について、「失敗したクリーンエネルギープロジェクトに数百億ドルものお金を浪費した」と強く批判している。

 トランプ氏は歯に衣きせぬ発言をする人物として知られるが、6月中旬に大統領選への出馬を表明してから、幾度かの問題発言がメディアで報道されて、度々批判されている。しかし、不思議なことに共和党の有権者の人気は高く、トランプ氏は、来年の米大統領選に向けた共和党の指名争いでトップを走っている。トランプ氏が予備選を本気で戦う気があるのか、冷ややかに見るメディアは少なくないが、ロイター通信によると、8月6日のTV討論会の後でも他の共和党候補者を大きく引き離し、トップの支持率を維持している。意外なほどのトランプ人気に、案外このまま戦い続ける可能性もあると思わされる。

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ドナルド・トランプ氏、自身の選挙キャンペーンHPより

 続いて、1999年から2007年までフロリダ州知事を務めたジェブ・ブッシュ氏は、父はジョージ・H・W・ブッシュ元大統領、兄はジョージ・W・ブッシュ前大統領というサラブレッドの政治家一家の出である。ブッシュ氏は、気候に変化が生じているのは認める一方、それが人為起源であるのか判断しかねると言い、気候変動政策へのスタンスは今のところはっきり打ち出していない。「地球温暖化の何%が人為起源で、何%が自然発生したものなのか、科学がはっきり証明しているわけではない」と今年5月、CNNニュースのインタビューに答えている。

 兄のジョージ・ブッシュ前大統領が在任中も、気候変動問題は重要課題として位置付けられなかったが、ジェブ・ブッシュ氏も気候変動政策は最優先事項ではないと述べている。オバマ政権のように多額のコストを気候変動政策にかけているのは行き過ぎであり、経済性を考慮し、その他の重要政策とのコストバランスを考慮すべきだという考えだ。

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ジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事、自身の選挙キャンペーンHPより

 共和党は気候変動政策に重点を置かない候補者がほとんどだが、米ヒューレット・パッカードの前CEO(最高責任者)のカーリー・フィオリーナ氏は、地球温暖化という現実問題に対峙すべきであるとのスタンスを表明している。共和党の指名獲得をめざす候補者の中では唯一の女性である。フィオリーナ氏の選挙キャンペーン・ビデオの冒頭に民主党のヒラリー・クリントン氏を登場させて、ヒラリー氏の手腕を批判するなど、女性同士の対決を意識するかのようなキャンペーンを展開している。

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カーリー・フィオリーナ氏、自身の選挙キャンペーンHPより

 フィオリーナ氏は、「気候変動問題を解決するためには、規制ではなく、イノベーションが重要だ」と発言している。「地球温暖化は、人間活動が大きな原因となっているのは多くの科学者が認め、国際的な合意もされていることだ」と述べる一方、「中国やインドが二酸化炭素(CO2)の排出削減をせず、地球全体の温室効果ガスの排出が増加するならば、米国一国が排出削減の努力をしても大きな違いはない」として、「気候変動問題を解決するためには、地球全体で何十年もかけて、莫大なコストをかけて真剣に対峙していく必要がある」と述べている。やはり民主党の候補者と比べると、気候変動政策において米国が世界を主導していくという姿勢はうかがえない。

 来年の米国の大統領選挙で最終的に誰が大統領に選出されるのだろうか。現在のところ、民主党有力候補のクリントン氏はメール問題などスキャンダルが噴出し、人気に陰りが見られる。一方、共和党はトランプ氏が数々の失言にもかかわらず支持率をリードしているが、気候変動政策については、真剣に取り組む姿勢はこれまでの発言からもうかがえない。

 来年の大統領選の行方は今のところ先が読めないが、もし共和党から大統領が誕生した場合は、米国の気候変動政策、およびクリーンパワープランは後戻りする可能性がある。そうした懸念を払しょくするように、EPA(環境保護局)のジーナ・マッカーシー長官は、政権交代してもクリーンパワープランを、断固たる覚悟で進めていくことを表明している。

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