米国の再生可能エネルギー政策(3)~藻類のバイオ燃料開発


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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(前回は、「米国の再生可能エネルギー政策(2)~太陽光の「サンショット計画」」をご覧ください)

 米国や欧州ではトウモロコシやサトウキビを原料とするバイオエタノール、欧州では菜種や大豆などのバイオディーゼルが普及しており、地球温暖化問題やエネルギー安全保障の観点から、石油の代替エネルギーであるバイオ燃料の普及拡大が世界的に期待されている。トウモロコシを原料とするバイオ燃料は食糧との競合問題や価格高騰などの原因として社会問題化したことがあり、最近では第二世代バイオ燃料のセルロール系バイオエタノールの開発や、次世代バイオ燃料と呼ばれる藻類バイオ燃料の開発に注目が集まっている。米国では、運輸部門が国内の石油消費量の3分の2、温室効果ガス排出量の3分の1を占めており、自動車のガソリンに替わる「E85」というバイオ燃料が普及しており、その主な原料はトウモロコシだが、最近では藻類バイオ燃料も使われるようになってきたという。

 日本でもミドリムシ(藻の一種、学名ユーグレナ)の栄養素を抽出した医薬品や健康食品が話題になっているが、将来的にバイオ燃料開発への期待の声もある。微細藻類の一部の藻は、大気中にある二酸化炭素を吸収して光合成を行い、油を作り体外に放出する特性をもっている。藻類は非常に種類が多いことから、良質の油がとれる藻の種類を絞り込むのは大変であり、最近では遺伝子操作を行った藻の開発についての報告もあり、藻の種類を公表していないバイオベンチャーも少なくない。

 米国では30年前から藻類バイオ燃料の研究開発が行われてきたが、エネルギー省(DOE)は2010年5月、藻類からのバイオ燃料製造について、「National Algal Biofuels Technology Roadmap」(国内の藻類バイオ燃料技術ロードマップ)を発表し、基盤技術や商業化に向けた課題などをまとめている。藻類は水で栽培ができ、適切な条件下であれば数時間で増加し、毎日でも収穫が可能である。藻類バイオ燃料は、トウモロコシやサトウキビなどと比較して面積当たりの生産効率が10~100倍高く、藻から抽出した油は精製すればガソリンに混ぜずにそのまま使えるという特徴がある。

 米藻類バイオマス機構(ABO:Algal Biomass Organization)は、2013年9月、藻類由来バイオ燃料は、石油と比較してライフサイクルにおけるCO2排出量を50%~70%削減することができ、従来の石油と同様のエネルギー収支比(EROI:Energy Return on Investment)が見込まれるという研究結果を公表している。(※エネルギー収支比とは、例えば石油や石炭などの化石資源、またはバイオ燃料などのエネルギー資源からどれだけエネルギーを回収できるのか、もしくは、どれだけエネルギーを作り出せるのかを表す指標のこと)


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 現状では藻類バイオ燃料は1ℓあたり500円以上と生産コストが高く経済性に課題があるため、エネルギー省(DOE)はオバマ政権の「All-of-the-Above Energy Strategy」(全方位的エネルギー戦略)に基づき、2014年9月30日、藻類バイオ燃料のコストを2019年までにガソリン1ガロン当たりに換算して5ドル未満にまで引き下げることを目的として、最大2500万ドルの資金提供を行うことを発表している。藻類バイオ燃料は、CO2排出削減とともに、将来的な燃料確保としての期待も高く、エネルギー省(DOE)と農業省(USDA)の協力のもと官民連携で進められ、多くのベンチャー企業が研究開発を行っており、既に商業規模のプラント運転実証段階に入ったプロジェクトもある。

ドロップイン・バイオ燃料(drop-in biofuel)

 サファイア・エナジー社(本社:カリフォルニア州)は、ニューメキシコ州南部に、世界初となる藻類バイオ燃料の商業実証施設「グリーン・クルード・ファーム」を建設し、2012年8月より稼働している。300エーカーの培養池を設け、塩分を含む水に栄養剤を用いて油分を多く含む、「緑の原油」(green crude)と呼ばれる藻類の栽培と収穫を行っており、年間100万ガロン(約380万kL)のバイオ燃料の生産を行い、2018年までに年間1億ガロンの生産目標を掲げている。サファイア社の光合成によりできた藻から抽出した油は、ジェット燃料や軽油のように既存の化石燃料インフラで利用が可能な「ドロップイン(drop-in)バイオ燃料」である。ドロップイン燃料とは、航空機やエンジンに何の改修せずに使え、従来のジェット燃料とも混ぜて使える代替燃料のことを意味しているが、機体やエンジンの改修にはお金と時間がかかるため、石油代替燃料としてドロップイン燃料への期待は大きい。サファイア社の藻類バイオ燃料は、既存の石油製品と比較して60~70%のCO2排出を削減する効果があるという。DOEや商務省、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏や米バイオ化学大手のモンサントなどから、これまでに3億ドルを超える融資を受けたことでも知られている。


(DOEホームページより)「グリーン・クルード・ファーム」

(DOEホームページより)「グリーン・クルード・ファーム」

 ソラザイム社(本社:カリフォニア州)は、藻類から製造したドロップイン(drop-in)ジェット燃料を製造しているバイオベンチャーである。2011年6月、米国海軍はソラザイム社が製造した藻ジェット燃料を混合した燃料でヘリコプターの飛行実験を行い、その年の11月には、民間旅客機が藻ジェット燃料4割混合のジェット燃料でヒューストン-シカゴ間約1500kmの飛行に成功したことがメディアでも報道され、藻ジェット燃料による初めての商業フライトとして注目された。ソラザイム社の発表によると、この藻ジェット燃料は高高度でも凍結せず、濃度、安定性、引火点は従来のジェット燃料と同じレベルをもち、米材料試験協会(ASTM)が定めた航空燃料の最も厳しい基準である「D1655」11項目を満たしたという。オバマ政権のもと、軍では、航空機や艦船の燃料として藻類バイオ燃料の導入を進めており、2016年にはバイオ燃料で稼働する「緑の艦隊」(Great Green Fleet)を編成し、2020年までに全ての艦艇や航空機の燃料の50%を石油からバイオ燃料に変えるという計画がある。

 航空業界では、ドロップイン燃料としての バイオジェット燃料の研究開発・実用化を進めているが、既存のジェット燃料の製造コストは、1ℓ当たり100円弱で、藻ジェット燃料のコストは約5倍になる。設備への初期投資がかかることや、培養-濃縮-乾燥-油脂抽出といった精製プロセスの各段階にコストがかかり、解決しなければならない課題は残っている。しかし、米国では、輸入石油の依存低減や地球温暖化対策、新産業による雇用の創出などを目的に、新たなバイオ燃料の研究開発に毎年数千万ドル規模の予算を投じており、軍などの公的機関における導入により普及を図り、生産量の拡大を行い、早期の商業化を目指している。サファイア・エナジー社やソラザイム社のように量産段階に入りつつあるバイオベンチャーも出ており、米国は藻類バイオ燃料技術の世界の先頭に立ち続けている。

◎次回は「米国の再生可能エネルギー政策(4)~風力発電の新時代」です。

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