続・欧州のエネルギー環境政策を巡る風景感

-エネルギー連合(その1)-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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トウスク首相の提案

 昨秋以降の欧州のエネルギー政策でもう一つ注目すべき点は、エネルギー連合(Energy Union)に関する動きである。

 もともと、エネルギー連合という発想は、ウクライナ危機をきっかけに欧州でエネルギー安全保障のアジェンダが急浮上した昨年春、ポーランドのトウスク前首相(現EU大統領)が提唱したものであった。ファイナンシャルタイムズに寄稿したトウスク構想の主なポイントは以下のとおりである。

ロシアからの天然ガスをEU全体で一括購入する主体を設立
EUのどこかの国がガス供給をカットされた場合、他国がこれを支援するメカニズムを構築
ガスプロムへの依存度が非常に高い国の備蓄施設、他国とのパイプライン建設コストのファイナンスを最大限75%までEUが支援
EUの国産化石燃料資源(石炭、シェールガス)を最大限活用
EUの共通エネルギー市場を東方パートナー国(アルメニア、アゼルバイジャン、ベラルーシ、ウクライナ、モルドバ、グルジア)に拡大

トウスク前ポーランド首相

トウスク前ポーランド首相

 この構想の内容が直ちに欧州各国から支持されたわけではない。ロシアからの天然ガスをEU全体で一括購入することにより、EUのバーゲニングパワーを増すという考えは興味深いが、現実はそう簡単ではない。E.ONやENIとガスプロムとの間に2035年までの長期契約があるように、EUのエネルギー産業の多くは既にロシアと長期契約を結んでいる。またロシアにとっての上顧客であるドイツは東欧諸国よりも安い価格でガスを調達しており、そもそも共同調達というアイデアにメリットが見いだせない。更にガスの共同購入はEU競争法との整合性を問題視する議論もある。即ち、共同購入を行うことによって個々の欧州企業が相互に良い条件をめぐって競争する余地を制限し、最終消費者が不利益を被る可能性があるというものだ。仮にトウスク提案が述べるように欧州を代表してロシアからガス調達を行う主体を設立した場合、WTOの国家貿易企業(STE)の設立に関する規定との整合性も精査しなければならない。

 他方、欧州のグリーンロビーは「国産化石燃料の最大活用」という部分に噛みついた。前回の投稿にもあったように、EU加盟国の中で石炭依存率が最も高いポーランドは、2030年パッケージの議論において温室効果ガス40%削減目標や再生可能エネルギー27%目標に反対し、環境関係者の間ではすっかり悪玉視されている。「国産化石燃料の最大活用」は、ウクライナ危機に乗じて石炭利用を正当化しようというポーランドの意図のあらわれだというわけだ。事実、トウスク首相は「ポーランドを含む東欧諸国にとって石炭はエネルギー安全保障の同義語である。持続可能な方法でなされる限り、いかなる国も自国の化石資源を開発することを妨げられてはならない」と語っており、環境ロビーの批判も根拠なしとはしない。

ユンケル新体制の重点アジェンダに

 とはいえ、「欧州連合(EU)がエネルギー面でも連合を組んでいく」という総論自体は誰も反対できるものではない。ウクライナ危機によってEU―ロシア関係が緊迫化する中で、域内の団結力を示す必要もある。更に提唱者のトウスク首相は今やEU大統領である。このため、エネルギー連合を目指すことは11月に発足したユンケル新体制のプライオリティアジェンダになり、7人の副委員長のうち、スロバキア出身のシェフチョビッチ副委員長がエネルギー連合担当に任命された。

 ユンケル委員長が就任直後に発表した「私の5つのプライオリティ」の中で第2番目の重点事項として、「欧州のエネルギー政策を新たな欧州エネルギー連合の中で改革、組み換えする(I want to reform and reorganize Europe’s energy policy in a new European Energy Union)」と述べ、第三国に対する交渉力の強化、エネルギー源の多様化、エネルギー輸入依存度の低下に取り組むとした。またロシアを念頭に、「東方からのエネルギー価格が商業面、政治面で過度に高くなった場合は、迅速に他の供給源にスイッチできなければならない」「欧州エネルギー連合を再生可能エネルギーで世界第一位にしたい」とも述べた。

ユンケル委員長

ユンケル委員長

シェフチョビッチ副委員長(エネルギー連合担当)

シェフチョビッチ副委員長(エネルギー連合担当)

 このようにエネルギー連合はユンケル体制の重点事項とされたのであるが、その具体的内容は未だ不明確であった。いわば「エネルギー連合」という器の中に何を盛り込むかはこれから検討ということになったのである。

エネルギー連合パッケージ案の発表

 本年2月25日、欧州委員会は「エネルギー連合パッケージ案」を発表した。その主な内容は以下のとおりである。

【現状認識】
 
現在、EUは欧州ワイドのエネルギールールがありながら、実質的に28ヶ国の規制フレームワークが併存している。このままではいけない。競争を促進し、発電設備をEUワイドでうまく活用することで市場の効率性を増し、消費者に手頃な(affordable)エネルギー価格を提供せねばならない。
小売市場は適切に機能しておらず、家庭部門にとってエネルギー供給者の選択は余りにも限られており、エネルギーコストのコントロールがほとんどできない。多くの家庭はエネルギー料金を支払う余裕がない。
エネルギーインフラは老朽化しており、再生可能エネルギーの拡大に対応した調整がなされていない。投資が必要であるが、現在の市場デザインと各国レベルのエネルギー政策は正しいインセンティブを提供しておらず、投資家に対して十分な予見可能性を与えていない。
隣国と接続されていないエネルギーアイランド(注:バルト三国のように欧州のエネルギーネットワークから孤立した地域を指す)が存在しており、消費者のコスト増とエネルギー安全保障面の脆弱性をもたらしている。
我々はイノベーション、再生可能エネルギーの分野では世界のリーダーであるが、他国は追いついてきており、クリーンで低炭素の技術の中には優位性を失ったものもある。
安定的な政策環境の下でグローバルな競争を行っているハイテク産業の投資を促進し、新たな雇用と成長をもたらさねばならない。
今こそ欧州は正しい選択をせねばならない。現在のままでは低炭素経済への移行がますます難しくなり、各国エネルギー市場がばらばらであることによる経済面、社会面、環境面のコストがかかり、低炭素経済への移行が難しくなる。
原油価格、ガス価格が低下している今こそ、エネルギー連合という正しい方向に向かうチャンス。

 以上の認識に立ち、パッケージ案は5つの柱を掲げている。

エネルギー安全保障、団結、信頼
完全に統合された欧州エネルギー市場
エネルギー効率
経済の脱炭素化
研究、イノベーション、競争力

 次回、それぞれの柱に盛り込まれた政策メニューを紹介する。

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