溢れる疑似科学情報を見抜くには?


金沢星稜大学 総合情報センター 准教授

印刷用ページ

現代社会では根拠が不明瞭なあやしい情報があふれている。「専門家がすすめる」「天然だから安全」「最新技術で効果を実証」などの表現は,広告やSNS,動画,生成AI等の回答の中でも日常的に見かける。しかし,もっともらしい言葉が使われていることと,その主張が科学的に信頼できることは同じではない。このように,科学的な外観を備えているにもかかわらず,実際には科学としての要件を十分に満たしていない主張や情報を「疑似科学」という。健康食品,民間療法,ある種の陰謀論など,疑似科学の形は多様である。本稿では,(簡単ではないものの)さまざまな疑似科学情報を見抜くためのポイントをいくつか紹介したいと思う。

まず重要なのは,「科学か疑似科学か」を一発で判定できる万能の基準はないという理解である。科学哲学では,科学と疑似科学の線引きは「境界設定問題」と呼ばれてきた。たとえば,かつては不十分に見えた仮説が後に発展することもあれば,逆に,科学の名を借りた商法が社会に被害を与えることもある。したがって,疑似科学を見抜くとは,「絶対に正しい唯一の線を引く」ことではなく,主張の信頼度を多面的に評価することだと考えるのが重要だ。本稿では,筆者らの研究グループが提唱している4つの観点について紹介する()。

筆者作成

第一のポイントは,理論の筋道を見ることである。その主張は,内部で矛盾していないか。他の確立した科学知識と大きく食い違っていないか。都合の悪い事例が出るたびに,後付けの説明を加えて逃げていないか。たとえば,「ある水を飲めば体内の毒素が排出される(デトックス)」と主張するなら,何が毒素で,どのような仕組みで,どの程度排出されるのかが説明されなければならない。その説明が「波動」「エネルギー」「自然の力」などの曖昧な言葉に終始し,測定可能な仕組みが示されない場合,注意が必要である。

第二のポイントは,データの読解である。これはヒトを対象とした科学分野において特に重要なポイントで,思い込みなどの要因を排除して因果関係を究明することが求められる。「私は治った」「知人にも効いた」という話は印象的だが,偶然の変動,自然な回復,プラセボ効果などの要因が当然残っている。

因果関係を突き止めるうえで重要なのは,「条件をそろえて」「比較する」ことである。たとえば,ある健康食品を摂取した人の体調がよくなったとしても,それだけでは健康食品の効果とはいえない。もともと健康意識の高い人がその商品を選んでいたのかもしれないし,同時期に運動や睡眠習慣を改善していたのかもしれない。あるいは,たまたま体調が自然に回復する時期と重なっただけかもしれない。このように,二つの事柄が一緒に起きているように見えても,そこに因果関係があるとは限らない。

そこで,ランダム化比較試験のように,比較対象を設けた研究デザインが重要となる。ランダム化比較試験では,対象者をくじ引きのように無作為に分け,一方には調べたい介入を行い,もう一方には介入しない,あるいは偽薬などを用いる。こうすることで,年齢,体質,生活習慣,健康意識などの違いが両群にできるだけ均等に分かれるようにする。さらに,参加者や研究者がどちらの群かわからないようにする二重盲検法を用いれば,「効くはずだ」という期待や観察者の思い込みの影響も抑えやすくなる。つまり,条件をできるだけそろえたうえで結果を比較するからこそ,「その介入が原因で変化が起きた」と判断しやすくなるのである。

第三のポイントは,理論とデータの対応関係を見ることである。データがあるように見えても,それが本当に主張を支えているとは限らない。たとえば「この成分を飲んだ人の満足度が高い」という調査があっても,それだけでは体調が改善したことの根拠にはならない。顧客の満足度と改善効果はまったく別の指標であり,主張に対応した測定が必要である。また,都合のよいデータだけを選んで示す「チェリーピッキング」にも注意したい。科学的な主張であれば,反対のデータや限界も含めて検討されるべきであり,そうした反証が無視される構図は科学的とはいえない。特に健康関連の疑似科学で顕著だが,「どのような対象がどの程度摂取したらどのくらい効果があるのか」が明確になっていないものは,基本的に疑っておくのがよいだろう。

第四のポイントは,社会的な検証の場を見ることである。科学は,個人のカリスマや特定の団体の「お墨付き」だけで成り立つものではない。査読付き論文がある“から”客観的に正しいわけではなく,専門家が言った“から”絶対に正しいわけでもない。さまざまな人や社会からの批判的議論によって検証されるという仕組みの中で科学的知見は磨かれていくのである。批判を受けつけない,反論者を陰謀扱いする,特許や受賞歴だけを強調する,販売ページにしか情報がない,といった場合は,疑似科学的な商法の典型的なサインとみてよいだろう。

加えて近年,生成AIの登場・浸透によって問題がさらに複雑になっている。AIが出力する情報への注意点はすでにさまざまな媒体で紹介されているが,たとえば,存在しない文献や事例をそれらしく示したり,根拠の弱い情報を断定的に要約したりする可能性があることが知られている。また,現在のAIは入力された質問文の語句や文脈の関係に重みづけしながら回答を生成する仕組みをもっている。比喩的にいえば,質問文のどこに「注意」を向けるかに敏感なのである。そのため,利用者の質問の仕方に応じて,文章から意図を過剰に読み取ってしまう可能性もある。たとえば,「この商品が効く証拠を教えて」と聞けば,肯定的な根拠を中心に整理した回答が返ってくる一方で,「反対する根拠や限界を教えて」と聞けば,まったく違った情報が提示されることもある。AIの回答は常に中立的で網羅的な情報とは限らず,質問者の前提や聞き方に基づいて形づくられる「材料」として扱う必要がある。

一方,生成AIは適切に設計すれば誤情報の検出や訂正にも利用できる可能性も示唆されている。実際,Costelloら(2024)の研究では,AIチャットボットとの個別化された対話が陰謀論的信念を一定程度低減させたことが報告されている。AIは説得力のある誤情報を生成しうる一方で見抜くための道具にもなりうるということであり,結局のところ,AIの回答をそのまま信じるのではなく,出典,一次情報,研究デザイン,反対証拠の有無を人間の側で確認する姿勢が欠かせない。

疑似科学的な情報はしばしば,困難で複雑な問題に単純な答えを与えてくれる。たとえば,「あなたの不調の原因はこれです」「医者が教えない真実」「たった一週間で実感」といった表現は,科学的な検証結果というより,不安を抱く人に原因と解決策を一気に提示し,安心したい,損を避けたいなどの心の働きに訴えかける表現である場合が多い。そのため,強い不安や期待を感じたときほど,少し立ち止まり,「根拠の種類」を確認することが重要である。根拠の強さを比べ,不確実性を受け止め,わからなかったりあいまいなものを保留できる力こそが,情報過多の時代における科学リテラシーの中核となるのではないだろうか。

参考文献

Costello, et al. (2024) Durably reducing conspiracy beliefs through dialogues with AI. Science, 385, eadq1814.