新電気事業法における供給能力確保義務を考える


Policy study group for electric power industry reform

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 さて、法律上の供給能力確保義務は上記のように解釈されるとして、実際の電力システムの運用と照らし合わせてみると、この解釈通りの運用は実は難しい。別の言い方をすると、この法文を文字通り解釈してしまうと、実際の電力システムの運用との関係では座りが悪い。これは、現実の電力システムにおいて、ゲートクローズが存在することと需要側の計量情報の提供に制約があることに起因する。

 ゲートクローズとは、「系統利用者(発電事業者、小売電気事業者)から系統運用者への需給計画の提出締切」のことである。卸電力取引所における取引もこの時点で停止する。新たな電力システムにおいては、ゲートクローズを実需給の1時間前に設定している注4)。つまり、8月10日の12時、より正確に言うと、12時~12時30分の30分間(以下、この30分間ことを「コマ」という)の電力供給の場合は、ゲートクローズは11時になり、系統利用者はこの時刻までに自らの需給計画を確定する。

 需要側の計量情報の制約とは、需要家の消費電力量の情報が後追いで届くことである。つまり、小売電気事業者は、自らの需要家の需要の変化をリアルタイムで横眼で見ながら電力供給をしているわけではない。現在の電力システムでは、系統運用者が、新電力の需給調整を支援する目的で、需要家の需要実績のデータを提供している。電気のメーターは基本的に30分のコマ毎の積算電力量を確定するためのもので、それ以上の粒度の計量は行わないので、コマごとの積算電力量を確定させた後に、そのデータを30分後を目途に新電力に提供することを行っている。

 このような制約の下では、小売電気事業者は供給能力確保義務を完全に果たすことは現実的に難しい。これは系統運用者と小売電気事業者の需給調整の役割分担の議論、もっと具体的に言えば、電気事業法上、周波数維持義務を負っている系統運用者がどの程度の調整能力を確保すべきなのか、という議論と密接に関連する。もし、小売電気事業者が法律上の供給能力確保義務を完全に果たしたとすると、例えば、8月10日の12時~12時30分のコマにおいて、小売電気事業者の需要家の積算消費電力量は当該コマにおける当該小売事業者による電力供給量とぴったり一致する筈である。それが常に期待できるのであれば、系統運用者が保有すべき調整能力はコマ内で生じる需要の上下動注5)に対応する分だけで良いことになる。しかし、以下にもう少し具体的に論じていくが、各コマにおいて、小売電気事業者が供給能力確保義務を完全に順守することを期待するのは、現実的でも効率的でもない。

 現実の電力システムの制約から、ゲートクローズ後に発生したイベント注6)については、個々の小売電気事業者の対応を期待するのは難しく、需要と供給の乖離(インバランス)が生じるのは不可避だからである。その様なインバランスに対しては、系統運用者が小売電気事業者の供給能力確保義務を一部代行し、自ら調整能力を確保して対応し、その費用は小売電気事業者等注7)に配賦して回収する、という整理が現実的かつ効率的であろう。

 さて、繰り返しになるが、8月10日の12時~12時30分のコマのゲートクローズは11時である。小売電気事業者は11時をもって、このコマの需要計画及びそれとバランスする発電計画を確定する必要がある。

 小売電気事業者が、需要計画の策定を系統運用者からの実績データの提供に依存しているとすると、仮に今の自由化範囲の需要家に関する支援、つまり、消費電力量が確定したコマのデータを30分後目途に新電力に提供、というサービスが維持されたとしても、需要計画の策定に活用できるデータは、9時30分~10時のコマのデータと言うことになる。つまり、小売電気事業者は最善でも2時間程度前のデータを元に需要計画を策定する必要があるわけで、一定程度のインバランスの発生は必然となる。仮に小売電気事業者がこのようなインバランスに備えた予備力を保有していたとしても、実際にインバランスが発生したという情報をリアルタイムに得ることはできないので、保有する意味はなく、系統運用者が代行する方が、実効的である。

注4)
系統利用者は、ゲートクローズまでは、市場も活用しながら自らの需給計画を更新し続けることが可能である。しかし、実需給の一定時間前までには、系統利用者の計画を確定し、系統運用上問題が生じないか系統運用者がチェックする必要がある。新たな電力システムではそのための時間を、実需給前の1時間と設定している。
注5)
小売電気事業者の義務は、各コマにおける供給量と需要量を積分値で一致させることと解される。しかし、電力需要はコマの中でも時々刻々変動する。あるコマの消費電力量が1000kWhであったとすると、コマの中の各瞬間の使用電力は、平均では2000kWになるが、2000kWより大きい瞬間も小さい瞬間もある。この様な上下動に対応する調整能力は系統運用者が確保しなければならない。
注6)
厳密に言うと、需要の変動については、需要側計量情報の提供時間に制約があるため、ゲートクローズ前に発生したいイベントでゲートクローズ後に小売電気事業者が認識したものを含む。
注7)
供給能力確保義務は小売電気事業者の義務であるが、後で述べる様に、発電事業者に配賦する方が適切と思われるケースもあるため「小売電気事業者等」とした。