オバマ政権の環境・エネルギー政策(その8)

LNG輸出を巡るワシントン政治


環境政策アナリスト

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 地域によってはLNG輸出に懸念をもつところもある。ワシントンとエネルギー省だけをみていたらそのことを見逃す。この点注意を要する。
 環境面から地元の懸念を代表するのはエドワード・マーキー下院議員(民主党マサチューセッツ州選挙区)とロン・ワイデン上院議員(民主党オレゴン州)である。この両議員はLNG輸出の一時棚上げを主張している。ワイデン上院議員は上院エネルギー・天然資源委員会委員長である。また、マーキー下院議員は、ケリー上院議員が国務長官に指名されて抜けたマサチューセッツ州上院議席を目指していると言われている。
 ただし、ワイデン上院議員はすべてのLNG輸出に反対しているわけではない。彼はLNG輸出議論を一度棚上げして、国内エネルギーセキュリティ、安全保障、消費者保護・価格、環境保護の4点からの検証をするべきであると主張している。また、彼の選挙区のオレゴン州の利害も絡んできている。ワイデン議員はむしろ落としどころを探ることに苦慮している。その点マーキー下院議員は国内で天然ガスを活用するべきであると主張は明確である。具体的には、アメリカの製造業の競争力を改善すること、アメリカの大型車を天然ガスに切り替えることで石油輸入を削減すること、発電セクターにおいて石炭焚きを減少させること、の3点の目的のために天然ガスを活用すべきであるという主張である。
 2012年の第112国会においてマーキー議員は「北米天然ガスセキュリティーおよび消費者保護法案」を提出。彼は連邦エネルギー規制委員会に対してLNG輸出ターミナルは2025年まで認可させないという内容を盛り込んだ。さらに内務省に対して連邦所有地で生産された天然ガスは国内でしか販売できないようにする法案提出。加えてLNG輸出のためガスパイプラインの連邦所有地での通過を認めさせない法案提出。これら法案は廃案になったが、2013年第113国会でもマーキー議員は、3法案を提出している。内務省に対して天然ガスおよび石油製品を国内に販売する目的のプロジェクトにのみ連邦所有地のリース入札を受け入れさせること、天然ガスパイプラインを国内でしか販売しないと証明しなかった申請者には連邦所有地での通行権を認めさせないこと、エネルギー省に対しては天然ガス輸出を公益に照らして決定させるプロセスを確立させること、を盛り込んだ
 しかし、一般に、LNG輸出を支持する声は広範に広がっている。2012年6月の下院議員ビル・ジョンソン(共和党オハイオ州選挙区)およびティム・ライアン(民主党同州選挙区)が21名の議員の署名によるチュー前長官向けにLNG輸出の円滑な認可を要求する書簡を提出したのを皮切りに8月には44名の下院議員(34共和党、10民主党)が非FTA国へのLNG輸出の認可を求める書簡を提出している。さらには9月に西部州選挙区選出の14下院議員が未認可のLNG輸出に対する認可を促す書簡提出。2013年1月にFTA国向け輸出をさらに一層促進するための書簡をチュー長官に提出。署名した上院議員には、ヴィッター(共和党ルイジアナ州選出)、インホフ(共和党オクラホマ)、ランドリュー(民主党ルイジアナ)などの有力議員が名前を連ねる。そうした輪は同一月の110名の下院議員署名につながっている。他方アラスカ州のマコースキー共和党上院議員(エネルギー天然資源委員会野党側トップ)は2012年日本を来訪してアラスカLNG輸出の増加を訴えた。
 こうした動きに合わせて議会では精力的にさまざまな公聴会が開催されている。
 2013年2月には上院エネルギー天然資源委員会の公聴会が開催された。共和党サイドはLNG輸出について輸出による利益と国内への影響の折り合いは市場原理によって決定されるべきと主張。国内価格もそれにつれ低下し、輸出もさらに増加するとの議論を展開。これに対して民主党、特にワイデン上院議員はすべて市場に任せることに懐疑論を示す。LNGの過大輸出は国内天然ガス価格の高騰をもたらし、米国製造業の回復を阻害すると考えを示した。ワイデン議員はまた、環境と経済の折り合いを探る必要があると述べ、輸出と国内価格高騰および破砕法による環境面の懸念を示している。このときの公聴会のパネルとしては、コロラド州ヒッケンルーパー知事、ダウケミカルリブリスCEO、米国製造業団体アイゼンバーグ副理事長、自然資源保護審議会(NRDC)ベイネッケ理事長、ジェイムスベーカー3世公共政策研究所メドロック理事、米国石油協会ジェラルド理事長らが出席している。5月にはワイデン上院議員およびマコースキー上院議員がエネルギー天然資源委員会で3回にわたるフォーラムを開催した。テーマとしては「インフラ、輸送、研究・技術開発」「国内供給および輸出」「シェール開発:ベストプラクティスおよび環境上の懸念」が議論された。
 一方で環境保護庁は3月に水圧破砕法による飲料水源への影響に関する諮問委員会を開催している。この一連のパネルの結果の報告書は2014年後半に発表される予定であり、それまでの議論が注目されるところである。やはり3月には下院では監査政府改革委員会のエネルギー政策・医療保険・公的給付金制度小委員会が開かれ、共和党はエネルギー省が未認可の輸出申請に対するタイムテーブルを示せなかったことを攻撃した。クリス・スミス副長官代行はこれに対してNERA Economic Consultingの報告をエネルギー省として検証する必要があると述べるにとどまっている。同報告ではエネルギー省が認可プロセスに入る前に全般的な利益を検討しなくてはならないと結論付けている。このときの下院公聴会の出席者はクリス・スミスのほかに、ブルッキングス研究所のエビンジャー理事(ブルッキングス研究所はLNG輸出が米国の全般的な利益に叶うとい報告書をすでに提出している。LNG輸出問題の代表的論客)らが参加している。
 こうした百花斉放とも言うべきワシントンの議論の中で注目されるのが、前上院か外交委員長だったリチャード・ルーガー氏(共和党インディアナ、2012年選挙における共和党予備選でティーパーティーから支援を受けた新人に敗北)がFTA締結国かどうかというよりNATO同盟国には自動的にLNG輸出を認めさせるという報告(「カスピアンからヨーロッパまでのエネルギーと安全保障」)を発表したことである。これに合わせ、上院は超党派でバロッソ上院議員(共和党ワイオミング州)インホフ上院議員(同党オクラホマ州)、コーミン上院議員(テキサス州)が共同で「2013年米国同盟国向けLNG輸出法案」を提出した。
 ルーガー提案によればNATO同盟国に対してはFTA向け天然ガス輸出と同様の取り扱いをするためのものでエネルギー省は一部非FTA締結国にはLNG輸出を自動認可しなければいけないことになる。上院提案も同様である。当然、日本も対象となる。同法案では国務省が国防省と協議をしてその国の安全保障を増すことが米国の安全保障を増すことになるなら天然ガスを輸出することができるとしている点でユニークである。これは裏にはエネルギー省の権限を弱めさせ、外交・エネルギーセキュリティについてはエネルギー省に対して国務省・国防省が優越しなくてはならないという上院議員の意識が背景には働いているとみるべきである。この法案に対しては超党派で支持が集まっている。民主党からはベギッジ(アラスカ)、ハイトキャンプ(ノースダコタ)、共和党からはコバーン(オクラホマ)、ハイトキャンプ(ノースダコタ)、ホーブン(ノースダコタ)、エンズィー(ワイオミング)、ジョンソン(ウィスコンシン)、リー(ユタ)、ヴィッター(ルイジアナ)が共同提出者に名を連ねている。欧州では天然ガス輸出は安全保障と密接に関わりあっているが、この観点からの米国が動きだしたことが注目される。
 以上のとおり、LNG輸出をめぐるワシントンの動きはワイデン・マーキーのような政治家もいるが、多くの議員は前向きである。共和党のほうが民主党よりも総じて前向きであるので共和党多数の下院においてLNG輸出に抵抗する議論にはならないであろう。下院では共和党はエネルギー省に圧力を加え、オバマ政権に対して強くLNG輸出認可を与えるように積極的に促しているが、オバマ政権は現状ではむしろ上院の動向に気を使っている。   
 上記の政治的動きは賛否両方の側のロビーイングが展開されている。当然のことながら石油・ガス産業はLNG輸出に積極的である。米国石油協会(API)のジェラード理事長はLNG輸出制限は短期的視点であり、国益を損なうと述べている。米国商工会議所は米国のLNG輸出余力は国内需要への対応および海外市場への輸出に対してともに十分であると述べている。一方で化学セクターは大規模な輸出はコスト高を招き、その結果として産業競争力の低下につながる可能性があることの懸念を表明している。一部産業界が「米国エネルギーアドバンテージ(AEA)」という団体を設立し、天然ガス供給の増加した分は国内に使うべきかを公衆および政治家に周知させる活動を展開をしている。この団体のメンバーはアルコア(アルミ)、米国公営ガス協会、ダウケミカル(化学)、セラニーズ(化学)、イーストマン(化学)、ニューコア(鉄鋼)などから構成されている。しかし、時間が経つに従ってこの声は低下している。自由取引に対する制限的な発言を繰り返すことが自らの製品の輸出にも跳ね返ってくることに懸念しているためである。
 他方で環境ロビーは引き続きLNG輸出を反対している。これらは輸出に反対というよりもそもそもシェールガス生産に反対をしている。2013年3月には国際環境法センター、クリーンウォーターアクション、アースジャスティス、アースワークス、環境アメリカ、地球の友、資源保護有権者連盟、シエラクラブ、荒地協会らが共同でオバマ大統領にLNG輸出を最終決断する前にLNG輸出の増加が経済的・環境的にどのような影響をもたらすか徹底的な研究をするように促している。

経営トップたちの懸念

 LNG事業者の最大の関心は需要がきちんと継続することである。LNGプロジェクト所有者のトップから筆者が聞いたことは、1970年~1980年代のような規制によって市場を歪めてしまうことであった。
 それまでパイプラインと井戸元価格が一体化されて顧客に転嫁されていた天然ガス価格は1978年の天然ガス政策法により大きな転機を迎えた。これにより井戸元価格の規制が撤廃された。さらにそれ以降の改革により、パイプライン利用はパイプライン事業者以外の需要家・供給者などにも利用が開放されるパイプラインのコモンキャリアー化が図られた。価格が低いことは消費者にとって重要であるが、やがて供給力が減じてくると価格を高く設定して供給力確保のインセンティブをつけなければならない点がクローズアップ。天然ガス価格の価格規制によって開発・生産コストは実際よりも低く評価され、天然ガスの生産量は1966年から1978年にかけて低下していった。
 1978年天然ガス政策法は新たに生産される井戸元価格を引き上げ、新たなガスの開発・生産にインセンティブをつけようとするものであった(「ニューガス」と呼ばれた)。このとき一方でパイプライン業者と間ではテイク・オア・ペイによる契約形態は続いた。これは引き取りがないときでも買取を義務化することによって安定的な取引を生産・流通・販売・消費の中で確保しようとするものであった。1970年代の供給不足時には都合はよかった。しかし、ニューガスによる井戸元高価格に加えてテイク・オア・ペイ条項は高価格構造を定着させることにつながった。井戸元価格の上昇により産業需要は減退し、市場は供給過多に陥り、テイク・オア・ペイ条項により、実際の引き取り量よりを上回るガスの量に対する支払いも発生し、需要は減退しているのに価格は上昇するという状況を生み出した。
 しかし、その後のさまざまな規制緩和により、多様な市場(取引拠点としてハブやシティーゲートの拡大)、多様なサービス、多様な市場参加者の登場(自ら需要をもたないマーケッター)により、市場は透明性が高まった。取引も今では改善されている。しかし、経営トップたちは、規制による価格・需要の変動がなるべく起こらないことを第一に重要に考えるようになっている。価格が上がるよりは、需要が安定的に推移することをなによりも重視しているのだ。1970年代・80年代の法律の改正による連邦エネルギー規制委員会(FERC)などの規制の介入は事業者には大きな負担を強いるものであった。シェールガスの生産増加による市場の変化は本来規制が生み出したものではない。民主党の中にある、国内使用を優先させるという考えは産業界・環境派の求めるところではあるが、それにより規制を導入して市場をゆがめる結果になることに大きな懸念を当事者たちは抱いている。

連邦エネルギー規制委員会の認可の動向と地元の理解

 エネルギー省の輸出許可に加え、上記のとおり州をまたがる施設の立地・建設・運転については連邦エネルギー規制委員会の承認のための申請が必要となる。もしプロジェクトが認可されれば連邦エネルギー規制委員会は「公共便益・必然性認可証」(Certificate of Public Convenience and Necessity)を発給する。エネルギー省の申請は比較的時間もコストもかからないが、連邦エネルギー規制委員会の申請の方は時間とコストがかかる点に注意を要する。

LNG輸出で対応が注目される連邦エネルギー規制委員会
ジョン・ウェリンホッフ委員長

 連邦エネルギー規制委員会は、議会からの圧力もあり、シェニールのサビーンパス建設の最終認可を2012年4月に与えるなど、精力的に申請および仮申請プロジェクトの審査に入っている。それに続いてフリーポート、レークチャールズ、ドミニオンコーヴ、カメロン、ジョーダンコーヴなどの事前申請への検討が始まっている。
 個別のプロジェクトの承認は、最終的には連邦エネルギー規制委員会に関わってくる。したがってLNG輸出プロジェクトは連邦エネルギー規制委員会の承認プロセスを通っても期待されていたプロジェクトの商業的フィージビリティーは連邦エネルギー規制委員会の要求する規制により減ずることなく、維持されなければならない。LNGプロジェクトは一般的に言って連邦エネルギー規制委員会は他の連邦、州、地元とのコンサルテーションを必要とし、それらからの必要な許可を得る必要がある。それらの中には米国沿岸警備隊による「水資源維持アセスメント」、米国陸軍工兵司令部や他の連邦機関による規制がある。それに加え一層困難なものが州・地元からの了解である。一般的に連邦エネルギー規制委員会は地元との調整のために公聴会を開催する。地元が求める場合もある。筆者は連邦エネルギー規制委員会主催の公聴会を傍聴したことがあるが、地元の一般市民は、「歴史的建造物・インフラがある」、「景観を損ないたくない」、「連邦エネルギー規制委員会の周知のしかたが不親切である」、などなど反対のためのありとあらゆる発言に連邦エネルギー規制委員会職員はたじたじとなり、メモを取るだけで有効な反論はできない。彼らは地元の利害に基づいてのみ発言をする。彼らの主張は、いわゆるBuild Absolutely Nothing Anywhere Near Anyone「BANANA」である。一般的にテキサスなどの産エネルギー地域の地元は好意的であるが、東・西海岸などの人口が多く、さまざまな施設が集積しているところでは了解の意思を表示する人はきわめて少ない。実はLNG輸出問題は政治・政権にあるのではなく、米国の広範な草の根の市民たちの理解なしには実現しないというということを忘れてはならない。日本におけるLNG価格フォーミュラはこれまで原油価格リンクとなってきており、世界のLNG価格とは異なっていた。そういう意味で日本にとって見れば北米産LNGを調達し、北米で使用されているヘンリーハブ価格指標を導入、全原油平均価格(JCC)とは別の指標が使われることにより、価格が低減する可能性がある。しかし、それはあくまで日本の都合であって米国の都合をよく考える必要がある。ワシントンの政治・ロビーの動きだけでみると過ちを犯しかねないということを注目しておく必要があることを強調しておきたい。

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