ネガワットの市場取引を現実的に考える


Policy study group for electric power industry reform

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「節電」が新たな供給力として市場に出て行く

 東日本大震災以降、原子力発電所の停止によって電力需給ひっ迫が継続する中で、ネガワットという言葉を耳にしたことがある読者は多いのではないか。要は節電のことなのであるが、単に電気を節約するだけでなく、「節電を取引する新たなビジネス」といった意味合いでしばしば語られている。

 電気を安定的に供給するには、常時、需要と供給がバランスしている必要がある。需要が増加すると、通常はそれに合わせて余力のある発電所の出力を増加させるが、既存の需要を減少させても概ね同じ効果がある。つまり、需要の抑制は、発電所が発電すること、つまり電力の単位であるメガワット(MW)と同じ価値があるという思いを込めてネガワット(負のワット)という言い方がなされる。発電所と同じ価値である以上、対価を伴って市場などで取引することも可能ということだ。

 今年7月に公表された「電力システム改革の基本方針」にも、次のように謳われている。

 
 「節電」もまた、電力選択の一つである。需給逼迫時においては、電力使用制限や計画停電などの強制措置ではなく、価格シグナルが働き、市場で需給が調整されるシステムへと転換する。価格シグナルで需要が抑制され、「節電」が新たな供給力として市場に出て行く。

 『「節電」が新たな供給力として市場に出て行く』の箇所が「節電を取引する新たなビジネス」への期待を示唆している。

現在のネガワットは市場取引できない

 もっとも、各電気事業者は、電力不足に直面する中で既にネガワットの取引を行っている。需給が特に厳しくなったとき、需要家に需要を抑制してもらい、その対価を電気事業者が支払う、という取引である。複数の需要家のネガワットをまとめて、電気事業者と取引する「アグリゲーター」という事業者も現れている。

 しかし、「基本方針」で謳われたことは既に実現している、と言えるかというと、そうではない。今行われているネガワット取引は、電気事業者とその需要家の間で閉じた契約に過ぎない。『「節電」が新たな供給力として市場に出て行く』と謳うからには、発電所と等価値のものとして卸電力市場で広く取引できるものでなくてはならない。今行われているネガワットはその条件を満たしていない。

 例えば、ある大口需要家が、ある日の14時から15時の間において、普通なら3万kWh電気を消費するところを、2万kWhに使用電力量を抑制するとする。この場合、当該大口需要家は、3-2=1万kWhの電気を卸電力市場で販売することが出来るかと言うと、実はそうはいかない。理由は以下の2点である。

 第一に、この大口需要家はどこかの電気事業者と小売契約を締結しているが、通常の小売契約では、電気事業者は需要家の需要に応じて電気を供給することを約束しているので、当該需要家が2万kWhの電力を消費するなら、電気事業者は2万kWhを供給するだけである。販売するはずの1万kWhは発電・供給されないので、売ることは出来ない。

 第二に、「普通なら3万kWh電気を使うところが」とあり、この3万kWhは「ネガワットが発動されなかった場合の需要」である。これは現実世界で実現することは出来ないので、本当に3万kWhだったのかどうかは検証のしようがない。

閉じた契約としてのネガワット

 それでは、電気事業者が今行っているネガワット取引はなぜ成立しているのか。それは、電気事業者とその需要家の間で閉じた契約であるからである。ピーク時間帯に当該需要家がいつもより節電をしてくれれば、当該需要家に電気を供給する電気事業者はコストが高いピーク電源の稼働をいくばくか抑えることが出来ることは間違いない。したがって、双方が納得した対価を両者間でやりとりすることは可能である。

 対価を算定するには、当該需要家がどれほど節電したかを評価する必要があるが、そのためには、ネガワットが発動されなかった場合の需要を何らかの方法で決める必要がある。上述に例における3万kWhに当たる数字であるが、これはベースラインと呼ばれる。ベースラインを実際に計測することは出来ないので、発動された月の当該需要家の最大需要、前年同月の最大需要実績、前5営業日の同時間帯における需要実績の平均値等、もっともらしい数字で割り切るのが普通である。もし本当のベースラインが2.7万kWhであれば、電気事業者は対価を払いすぎたことになるし、3.3万kWhであれば、大口需要家はもっと対価がもらえるはずであったのに取り損なったことになる。本当はどうであったかは検証しようがないので、双方、このようなリスクは許容しつつ、お互いに納得できるようなベースラインの算定方法で合意の上、取引を行うわけである。

ネガワットを市場取引するために必要なこと

 対して、ネガワットを市場で第三者(電気事業者とその需要家以外の者)に広く販売する、つまり『「節電」が新たな供給力として市場に出て行く』ためには、何が必要であるか。

 図1を見ていただきたい。卸電力市場において、ある日の14時から15時の時間帯の価格相場が高いとする。これを見ていた大口需要家Bが、当該時間帯に3万kWh電気を消費するつもりでいたところを、2万kWhまで使用電力量を抑制、つまり節電して、3-2=1万kWhのネガワットを卸電力取引所に売り、利益を得たいと考えたとする。しかし、通常の小売契約の場合、需要家Bが2万kWhの電力を消費するなら、電気事業者Aは2万kWhを供給するだけであるから、販売するはずの1万kWhがどこにも存在しないので、売ることが出来ない。

(図1)通常の小売契約の場合

 それでは、大口需要家Bは、どうしたらネガワットを売ることが出来るのか。
 そのためには、当該時間帯(ある日の14時から15時の間)において、電気事業者Aが必ず3万kWh発電することを確保する必要がある。図2を見ていただきたい。電気は常に需要と供給をバランスさせる必要があるので、大口需要家Bは、電気事業者Aに対して、当該時間帯に3万kWhを消費する計画である、と宣言し、3万kWh分の電気を予め対価を支払って予約購入することになる。この3万kWhは、前述のベースラインの一種ともいえるが、過去の実績等を基にした割り切りの数字ではなく、むしろ「需要計画」と呼ぶ方が適当であろう。このような形にしておくと、大口需要家Bが当該時間帯に節電をして、電力消費量を2万kWhに抑制すれば、余った1万kWhを、卸電力市場に転売できる。

(図2)ネガワットを市場に売ることができる場合

 例えば、大口需要家Bが当該時間帯の需要計画を3万kWhと定め、その電力量を単価10円/kWhで電気事業者Aから予約購入していたとする。当日の電力需給がタイトで、卸電力市場の価格が20円/kWhまで上がったとすると、需要家Bは、需要計画を変更して電力需要を2万kWhまで抑制すれば、3-2=1万kWhを市場で転売して、20-10(円/kWh)×1(万kWh)=10万円の利益を得ることが出来る。この10万円が、計画通りに電気を消費することによって得られる便益と需要抑制にかかるコストの合計を上回るのであれば、需要家Bはこのようなネガワット取引によって、利益を得ることができる。

確定数量契約が必要

 このように、需要家が事前に作成した時間帯ごとの需要計画に基づいて電気を調達する小売契約を、八田達夫学習院大学特別客員教授は「確定数量契約」と呼んでいる。わざわざ教授の名前を掲げたのは、同教授以外にこの用語を使用している識者が殆どいないからで、一般的な用語とは言いがたい。実際、確定数量契約は、わが国で一般的な電力小売契約とはかなり異なったものである。一般的な小売契約は、予め定めた契約電力を超えない限りにおいて、需要は「出なり」で構わない(八田教授はこれを「使用権契約」と呼んでいる)。電気事業者が出なりの需要に対して発電所を運転して追随するので、予め定めた契約電力を超えない程度の管理は必要であるが、時間帯ごとの需要計画を作成し、管理する必要はない。

 他方、確定数量契約の場合は、需要家は、実際の電気を受給する一定時間前(前日等)に、当日の時間帯ごとの電力需要計画を作成して、電気事業者からその計画に合致した電力量を購入する。電気事業者は需要家が作成した計画と同量の電気を供給する義務だけを負い、実際の需要が計画から乖離しても対応する必要はない。需要が計画から乖離するのは需要家の責任であり、過不足はインバランスとして処理される。

 このように、確定数量契約は一般の小売契約よりも需要家にとっては負担が大きいが、前述のように、ネガワットを市場で販売することによって利益を追求することが出来る点がメリットとされている。このほかのメリットとして、八田教授は、電気事業者が当日の需要の変動に備える設備を保有する必要がなくなるので、その分契約価格が安くなる、としているが、当該電気事業者の需要家の大半が確定数量契約であればまだしも、一部にとどまればそのようなメリットは期待しがたい。例えば1割の需要が確定数量契約で計画から需要が変動するリスクがなくなったとしても、残り9割の需要が通常の小売契約の下での変動を続けるとすれば、全体として合成した需要変動の大きさはほとんど変わらないので、これまでと同様の供給力の備えが必要になり、契約価格を下げる余地はほとんど生まれないだろう。

ネガワット取引の議論を深めよ

 東日本大震災以降、節電が新たなビジネスとなる、という期待が高まっていることは確かだろう。こうした期待を背景に、今議論が進められている電力市場改革においても、ネガワットの市場取引が重要なテーマとなっている。ただ、今のところ漠然とした期待に止まっているように見えるので、本稿では、ネガワットの市場取引を具体化するために必要な条件、つまり確定数量契約という今までにないタイプの小売契約が必要であることを説明した。他方、確定数量契約を締結すると、需要家は、(おそらく)毎日、翌日の時間帯ごとの需要計画を作成して電気事業者に電気を発注するとともに、当日はその計画通りに電気を消費できているかどうかを管理する必要がある。この負担をしてでも、ネガワットの市場取引が需要家にとって魅力的であるかどうかは定かでない。

 実は、上述のネガワットの市場取引を具体化する条件は、前出の八田教授が繰り返し説明してきていることである。教授は東日本大震災発生直後から、様々なメディアや会議体に登場し、ネガワット取引のメリットとそのために確定数量契約が必要であることを繰り返し説明している。最近のものでは、東洋経済誌の「東電は破綻処理して発送電分離のモデルに」と題するインタビュー記事があったし、日経新聞からは著作「電力システム改革をどう進めるか」が発刊されたところである。

 しかし、議論の深まりが全くない。これは、どのメディアも、教授のプランをそのまま掲載するだけの似たり寄ったりの記事からいつまでたっても進歩がないからである。このプランの主役であるべき大口需要家がそのプランをどのように受け止めるのか、「電力需給がタイトになったら、工場や事務所を休みにしてネガワットを売る」ことに関心を持つ企業がどれほどあるか、それは東日本大震災直後の計画停電を防ぎうるような規模か、といった点を深掘りするメディアが一つくらい出てきても良いのではないか。少なくとも、日本経済新聞社も東洋経済新報社も自身が大口需要家なのだから、需要家の立場で論評することくらいはできるのではないだろうか。

<参考文献>
経済産業省:「電力システム改革の基本方針」, 2012年7月

八田達夫:「東電は破綻処理して発送電分離のモデルに」,2012年12月 東洋経済誌インタビュー記事 
http://toyokeizai.net/articles/-/12068

八田達夫:「電力システム改革をどう進めるか」,2012年12月 日本経済新聞出版社

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