気候変動の経済影響が大きいとするネイチャー論文が撤回された:誤りを認めない相変わらずの対応がある一方で、一部の報道には明るい兆しも見られる

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ロジャー・ピールキー・ジュニア
監訳 キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 杉山大志  訳 木村史子
本稿はロジャー・ピールキー・ジュニア
A Huge Retraction, the Usual Playbook, and Reason for Optimism
The Honest Broker  2025.12.4
https://rogerpielkejr.substack.com/p/a-huge-retraction-the-usual-playbook
を許可を得て邦訳したものである。

どちらか一方をえらんでください。

Kotzらによる研究論文の誤りが明らかになった後、予想通り、気候変動に関する議論において蔓延する偏向的解釈が展開されたが、その一方では、科学的な信頼性の確立へと向かう兆しも見え始めた。

『Nature』誌はついに、Kotz et al.:「気候変動の経済的コミットメント」(KLW24)(The Economic Commitment of Climate Change)の論文を撤回した。同誌がその論文に致命的な欠陥があることを初めて認識してから18カ月以上が経過しており、執筆者らも誤りが「あまりにも重大すぎるので」単なる訂正では対応できないと認めている。

撤回そのものが重要なのではない—それはとうの昔にすべきことだった—重要なのは撤回への反応である。気候変動に関する議論において旧来の手法が依然として影響力を保っている一方で、状況が好転しつつある可能性も示唆されている。

去る8月、私は論文KLW24をめぐる拡大する問題について論じた。これは致命的な欠陥のある論文であるのみならず、気候変動対策の提唱や政策に対して過大な影響を与えたのである。

Too Big to Fail
Roger Pielke JR. 2025.8.15
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例えば、気候変動の影響や政策に関する研究や分析を行っているシンクタンクCarbon Briefによれば、KLW24は2024年において、メディアに取り上げられた気候関連論文の中で2番目に注目された論文であった。

さらに重要なことに、KLW24は、将来の気候変動による壊滅的な影響の予測を正当化するために、また、気候変動対策における費用便益分析の根拠として、世界中の政策において広く利用されてきた。

利用してきた主な組織例としては以下のものが挙げられる:

特に重要なのは、主に世界各国の中央銀行で構成されるコンソーシアムである「金融システムのグリーン化ネットワーク(NGFS)」が、気候リスクに対する金融政策のストレステストにおいて銀行規制当局が使用する「被害関数」の基準として、KLW24を採用した点である。

したがって、KLW24がほぼすべての人に潜在的な財務的影響を与える、と主張することは決して誇張ではない。注目すべきことに、米国連邦準備制度理事会は2025年1月17日にNGFS(気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク)から脱退している

世界金融システムの規制において中心的な重要性を担うKLW24の撤回は、NGFSが欠陥のある被害関数を修正する行動にすぐに帰結するはずだ、と思われるかもしれない。しかし、そうはならなかった。

この件に関し、NGFSは、本日発表の撤回に対し、自らが推奨してきた被害関数を利用する関係者に対し、撤回に注意を払うよう要請する一方で、以下に示すように、従来通りの運用を継続することを求めている。

NGFSシナリオは予測ではなく、現実的な道筋を説明するため利用可能なツールである。利用者は、フェーズVの結果を解釈・適用する際に、Kotz et al. (2024)の論文の撤回に留意すべきである。

もちろん、KLW24の問題を考慮するならば、ここでの唯一の適切な対応は、NGFSフェーズVの結果を完全に除外することである。

撤回に対する一部の反応は、メディアや学界の気候変動活動家の間で常態化した、科学的な信頼性に対して「過ちを認めない、問題点を直視しない」という長年の姿勢を踏襲している。

その一例として、AP通信は読者に―誤って―この撤回は取るに足らないものだと伝え、さっさと忘れるよう、こう記している。

気候変動が世界経済に及ぼす潜在的影響を検証した研究の著者らは水曜日、データ誤りにより今後25年間の所得減少予測値をわずかに過大評価していたと発表した。

ドイツのポツダム気候影響研究所の研究者らは2024年に『Nature』誌で発表した論文で、2050年までに世界の所得が19%減少すると予測していたが、修正後の分析ではこの数値は17%に引き下げられた。

また、AP通信は、論文の欠点にもかかわらず、その結論は正しいと述べる経済学者の見解をこう伝えている。

コロンビア大学ビジネススクールの気候経済学者で、この研究には直接関与していないゲルノット・ワグナー氏は、ポツダム研究所の研究の主旨は「実際の数値が範囲のどの部分にあろうとも」変わらないと述べた。

対照的に、そして非常に嬉しい驚きとして、『New York Times』紙ははるかに質の良い報道を行っており、ジャーナリズムが気候変動報道のあるべき姿に戻りつつある可能性を期待させる。

『New York Times』紙はKLW24を批判する声の一部を引用している。

クリストフ・シェッツ(興味深いことに、ポツダム気候影響研究所でKLW24の著者たちの同僚である)は、KLW24について正確に捉えて、次のように遠慮なく率直に述べている。

本論文は、気候変動による経済的な損害についての新たな証拠を提供していない。また信頼できる将来予測の根拠ともなり得ない。

『New York Times』紙はまた、チューリッヒ工科大学(ETH)のエネルギー・気候経済学教授であるリント・バラージュ氏の重要な警告を引用している。これはKLW24の著者たちだけでなく、より広く気候研究コミュニティ全体に向けたものでもある。

時として、情報の受け手から、大げさな数値を見せることを期待されるように感じられることがあるかもしれない。だが気候変動の存在を主張すること自体が目的なら、あなたは科学者から活動家へと一線を越えたことになる。そんなあなたを、一般市民がどうして信頼できるだろうか?

よくぞ言った。

タイムズ紙は、またもや驚きの結末で締めくくっている:

本コラムの読者ならすぐに理解できるであろう見解—気候現実主義とエネルギー実用主義—への賛同を込めて以下に記載しよう。

一つの解決策として、研究者の中には、そもそも無理をしすぎないことを推奨する人もいる。バイデン政権下のホワイトハウスで働いていたコロンビア大学のCenter on Global Energy Policy(エネルギー政策に関する研究と提言を行うウェブ上のシンクタンク)の上級研究員ノア・カウフマン氏は、電気料金を手頃な水準に保ちながら脱炭素化を図る方法といった具体的な課題の研究が、数十年先のマクロ経済的影響を予測するよりも有用だと考えている。

カウフマン氏は「世界には、大きなリスクが存在することを認識しつつも、それに対する対応を最適化することができない、といった事例が数多く存在する」と指摘する。「我々は合理的な方法でそうしたリスクを回避しようと努めるだけだ」と氏は続ける。

残念ながら、私が目にしたどの報道も、Bank Policy Institute(アメリカの非党派の公共政策、研究、及びアドボカシー団体)のグレゴリー・ホッパー氏について言及していない。彼こそが、私が知る限りでは初めてKLW24の欠陥を指摘し、『Nature』誌の編集者や論文の著者たちに向けて注意を促した人物である

正直に検討すること(honest brokering)は集団の努力であって、良い結果が出た時に必ずしもそれが正当な個人の評価につながるわけではない。しかし本件については、グレゴリー・ホッパーこそが重要な仕事をした。

他の政策機関が、KLW24に大きく依存していたことを念頭に置きつつ、この撤回に対してどのように対応するか(あるいは対応しないか)を見守ろうではないか。同時に、気候の科学と政策がそれぞれ自己修正機能を持ち、今後はおそらくより効率的に進むよう、皆で取り組んでいこうではないか。