IEA 「Net Zero by 2050 Roadmap for the Global Energy Sector」 概要(その3)
-部門別ロードマップを中心に-
中山 寿美枝
J-POWER 執行役員、京都大学経営管理大学院 特命教授
前回:IEA 「Net Zero by 2050 Roadmap for the Global Energy Sector」 概要(その2)
国際エネルギー機関(IEA)が5月18日に公表した” Net Zero by 2050 Roadmap for the Global Energy Sector”(以下「2050年ネットゼロ報告書」と呼ぶ)の概要を、①「政策決定者向け要約」から抜粋して、②報告書本文に示された技術別ロードマップを中心に、③部門別ロードマップを中心に、④ネットゼロシナリオ展望の数値の分析、と4回に分けて紹介するシリーズで、今回はその第3弾である。
本稿では、第3章(NZEシナリオの部門別ロードマップ)と第4章(NZEシナリオのインプリケーション)について、NZEの部門別ロードマップを中心に、概要を説明する。
1. 部門部ロードマップ
第3章には、低排出燃料、電力、産業、輸送、民生・業務の5つの部門別のNZE達成のための達成期限とマイルストーンを表形式にしたロードマップが示されている。NZEの2050年のマイルストーンの主なものは、以下の通りである。
低排出燃料・電力部門
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- 世界の全発電量は71,200TWh(現状の約3倍)
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- 水素生産のための電力需要は14,500TWh(=全発電電力量の20%、現状1TWh)
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- PVと風力の占める割合は68%(現状9%)
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- CCUS付きの火力発電の発電量は1330TWh(現状4TWh)
産業部門
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- 産業部門の電化率は46%(現状21%)CO2回収量は2800Mt(現状3Mt)
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- 化学製品における回収プラスチック再利用率54%(現状17%)
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- 鉄鋼生産の直接水素還元の割合29%(現状ゼロ)
運輸部門
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- 石油製品(燃料)におけるバイオ燃料ブレンド割合は41%(現状5%)
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- 航空燃料に占める水素ベース合成燃料の割合は33%(現状ゼロ)バイオ燃料は45%(現状ゼロ)
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- 船舶燃料のアンモニア割合は46%(現状ゼロ)水素ベース燃料は17%(現状ゼロ)
業務・家庭部門
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- 既存の建物の85%以上はゼロ排出対応にリフォーム(現状1%未満)
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- ヒートポンプ導入台数18億台(現状の10倍)
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- 業務・家庭部門における分散型PVによる発電量7500TWh(現状の約20倍)
以下に、5つの部門別ロードマップを示す。
この電力部門の変革には電力ネットワークへの投資が不可欠である。電力需要の増加と老朽設備の更新と再エネ電源の系統連系のため、2040年までに世界の送電線の総延長は現状の2倍に、投資は2030年までに現状の3倍に増加する(下図)。
2. NZEのインプリケーション
経済へのインプリケーション
NZEでは、政府と民間のクリーンエネルギーへの投資急増がエンジニアリング業、製造業、建設業の出荷額を刺激し、2020年代後半には世界のGDPに対しSTEPSと比較して年率+0.5%の影響を与える(下図)としている。
世界全体では上図のようであるが、マクロ経済に与える影響は地域間で大きな差異があり、産油・産ガス国では化石燃料の需要と価格の低下により、収入が激減する(下図)。
雇用
NZEでは2030年までに、クリーンエネルギー部門に新たな雇用が1400万人生まれ、化石燃料・発電部門の500万人の雇用減少を上回り、エネルギー部門での雇用は900万人増加する。また、クリーンエネルギーによる雇用増加に加えて、住宅改修、省エネ家電、EV製造などによる1,600万人の雇用増もあり、2030年までにクリーンエネルギー部門では約3000万人の新規労働者が必要で、その3分の2は高度な熟練を要し、大多数は職業訓練を必要とする職である(下右図)。
電力コスト
NZEの電力システムコスト(下左図、棒グラフ)は2050年には現状比で3倍となるが、発電電力量も約3倍に増加するため、電力量当たりの供給コスト(下左図、黄色いマーク)の上昇は緩やかである。再エネの大量増加、それに伴う燃料費(下図の水色)の減少により、電力産業はより資本(下図の黄緑色)集約的になる。
エネルギー・セキュリティ
NZEでは、石油・ガスの需要が低下していく中で、石油と天然ガスの供給確保の重要性は現在よりも定量的に低下するが、安定的、信頼できる電力システムを維持する点において、さらにクリーン技術への原料供給増に伴うリスクは残る。一方で、石油、天然ガスの供給量は減少するものの、石油においてはOPECと国営石油会社への依存度が増加し、天然ガスにおいても競争力のある供給者に集中する(下図)。石油・ガスによる収入低下に苦しむ国への依存度が高まることから、突然の価格上昇、供給減が、消費国への安定供給にリスクをもたらす可能性が依然としてある。
出典:International Energy Agency “Net Zero by 2050 Roadmap for the Global Energy Sector”
次回:「IEA 「Net Zero by 2050 Roadmap for the Global Energy Sector」 概要(その4)」へ続く