World Energy Outlook 2022 概要と分析(その3)

ー 日本とインド ー


J-POWER 執行役員、京都大学経営管理大学院 特命教授

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前回:World Energy Outlook 2022 概要と分析(その2)

 今回は、WEO2022の有料データに示された国・地域別のエネルギー関連指標の数値から、STEPSとAPSの2つのシナリオを比較・分析を示していきたい。具体的には日本とインドである。WEO2022のシナリオをおさらいすると以下の通りであり、NZEは有料データにも世界合計値しか記載されていない。

NZE :
2100年における世界の平均気温の上昇が、産業革命前の水準から1.5 °Cで安定するように、2050年に世界のエネルギー起源CO2および産業プロセスCO2がネットゼロを達成する規範的なシナリオ
APS :
各国政府が長期のネットゼロ目標やNDCでの誓約を含め、発表した気候関連の約束を全て達成するシナリオ
STEPS:
米国IRAなど、政府が設定した目標と目的を達成するために実際に行っていることと整合したシナリオ

日本の将来シナリオ

 APSでは日本は2050年にカーボンニュートラルを達成している、という前提である。まずは、WEO2021からWEO2022にかけて日本の一次エネルギー需要と最終エネルギー消費がどのように変化しているか確認したところ、WEO2022ではSTEPSとAPSの双方ともWEO2021から低下していることが確認された。


図1 日本のTPES、TFCのWEO2021とWEO2022の比較

 他のエネルギー関連・CO2排出指標についても変化の有無を調べたところ、最も大きな変化が確認されたのはCO2回収量、除去量であった。除去量とは、BECCS(バイオエネルギーCCS)およびDACCS(直接空気回収CCS)によるネガティブエミッションを意味する。日本のAPSにおけるCO2回収量、除去量についてWEO2021とWEO2022を比較して図2に示す。


図2 WEO2021とWEO2022の日本のAPSのCO2回収量・除去量

 2050年におけるCO2回収量はWEO2021の2.4億トンからWEO2022では1.65億トンへと(率にして30%)低下している。除去量はWEO2021の8500万トンから3900万トンへと(率にして55%)低下している。これは、NZEにおけるWEO2021からWEO2022への世界のCO2回収量(率にして19%低下)、除去量(率にして26%低下)の低下傾向と比較しても大きな低下率である。昨年5月に中間とりまとめが提示されたCCS長期ロードマップでは、2050年のCCS貯留量を1.2~2.4億トンとしている。WEO2022ではIEAが日本のCCS長期ロードマップを尊重して、上限値の2.4億トンからほぼ中央値(やや低目ではあるが)の1.65億トンに変更した、という見方もできる(世界のAPSの回収量、貯留量は、カーボンニュートラル宣言国がWEO2021から大幅に増えたことから、同様の比較はできない)。
 なお、WEO2022の本文中(第3章のSPOTLIGHT)で、「IPCCの第6次評価報告書が扱った同様の(2050年エネルギー部門のCO2排出をネットゼロとする)シナリオ16本のCCUSの利用量の中央値が17Gtなのに対して、NZEでは6.2Gtである」と説明しているように、IEAとしてはCCUS利用を極力制限したいという意向が伺える。この意向により、WEO2022のAPSのCO2回収量・除去量がWEO2021から低下した可能性もある。

 次に、日本のSTEPSとAPSにおける電源構成の変化を図3に示す。STEPSでは化石燃料が減少していくが2050年にも約13%残るのに対して、APSでは2050年にはゼロになっている。APSでは、火力発電においてCCUS付き化石燃料と水素・アンモニアが増加している。風力+太陽光はSTEPSとAPSの双方で39%と変わらない。


図3 日本のSTEPSとAPSの電源構成変化

 図4にAPSの2050年における日本、EU、米国の電源構成を示す。APSでは、連載第1回で図3に示したように日本、EU、米国は2050年にカーボンニュートラルを達成しており、この3つの国・地域の2050年の電力CO2排出係数(右軸)はいずれもマイナスである。


図4 2050年APSの日本、EU、米国の電源構成

 この図からは、日本には以下のような特徴があることが読み取れる。

太陽光+風力の割合が約40%で、EU、米国の同割合70%前後と比べて少ない
原子力の割合が21%で、EU、米国の12%に比べて大きい
水素・アンモニアの割合が10%、CCUSつき火力が9%で、EU(合計で2%)、米国(同4%)と比べて大きい

 このような日本の電源構成の特徴は、日本の電力系統が大陸のようなメッシュ状ではなく串形であるため脆弱であること、そのため風力、太陽光の導入量に限界があること、同じ理由で風力、太陽光の導入コストがEU、米国ほど安価でないこと、などが考慮されていることが考えられるが、WEO本文には特にAPSの特定の国・地域の電源構成に関する記載はない。

APSのインドの姿は?

 インドが2070年カーボンニュートラルを宣言したことから、WEO2022ではAPSにおいて、インドはその目標を達成すると想定されている。連載初回の図3で示した通り、WEOのAPSではインドのCO2排出量低減が、世界の排出量減少に大きく貢献している。同国のAPSがどのように想定されているのか、その姿を確認すべく有料データのインドのエネルギー関連指標を分析した。
 インドの部門別TFCについてSTEPSとAPSを比較したところ、興味深いことを発見した。産業、運輸のエネルギー消費は、STEPSにおいてもAPSにおいても増加傾向(増加率はAPS<STEPS)にあることが見てとれるが、民生部門のAPSでは2030年に向けてエネルギー消費が減っている。世界最大の人口が今後も増加するインド(2050年の人口想定は16.4億人)、GDPも増加が見込まれるインド(2021~2050年の年平均GDP成長率想定は5.2%)、そして豊かになるにつれて冷房需要増加は必然のインドにおいて、APSで民生のエネルギー消費が減るのは何故なのだろうか。


図5 インドのSTEPSとAPSのTPESとTFC

 民生のAPSのTFCの内訳(利用エネルギー別)を図6に示す。これによれば、現状半分を占める「その他固形燃料」が2021年から2030年にかけて大幅に減ることでTFC合計が低下している。2030年までにtraditional biomass利用がゼロとなるNZE同様に、APSでも大幅なtraditional biomassの削減が想定されていることを示している。同時期に電気、液体燃料が増加しているが、STEPSと同等であることから「最大限の省エネ」と「最高効率の電気・灯油による非効率なtraditional biomass代替」を想定していると考えられる。ただし、traditional biomassは地方の貧困地域で利用されていることから、APSの達成にはインドがあと7年で地方の貧困をほぼ全て解決することが条件となる。


図6 インドの民生部門のSTEPSとAPSのTFC(利用エネルギー別)

 連載初回第2回はWEO2022の無料データに記載されているSTEPS、APS、NZEの世界合計値について、WEO2021との比較を含めてシナリオの変化や特徴などの分析結果を示した。今回は、WEO2022の有料データに記載されているAPS、STEPSの主要な国・地域別データから、日本とインドに注目してシナリオ別の姿を示し、その示唆するところを考察した。次回は、WEO2022本文の記載を紹介し、IEAの伝えたいメッセージを読み取ってみたい。