IEA World Energy Outlook 2020とその変化(後編)


J-POWER 執行役員、京都大学経営管理大学院 特命教授

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 前編では、従来のWEOと比較したWEO2020の見た目の変化と、WEO2020本文中で強調されている記載内容を紹介した。そこからは、WEO2020は従来のWEOから大きく変化して「コロナ禍からの回復は低炭素化を加速させ、化石燃料の需要は減少し、再生可能エネルギーが躍進する」という新しいエネルギー展望を印象づけるIEAの強いメッセージが読み取れた。
 しかし、WEO2020に示された一部の展望に疑問を感じた筆者は、そのメッセージを素直に受け止められなかった。グラフ毎に記載されているインプリケーションには違和感があり、そもそもグラフの描き方に疑問を感じるものもあり、読み進むにつれて疑問符は増えていった。幸い、WEOには巻末のAnnex Aに各種エネルギー指標の展望が数字で示されている。この数字から違和感のあるグラフを描き直し、主要な指標について歴代のWEOと比較することが可能である。そこで、何がどのように変化したのか、または変化していないのか、分析を行った。本稿では、その「意外な」分析結果について述べる。

3.WEO2020展望の検証

(1)疑問を感じたグラフの検証
 前編の「1.2 WEO2020のメッセージ(記載内容の抜粋)」で記載したように、WEO2020第6章「電力の展望」では電力需要を国・地域別の、電力供給をエネルギー源別の成長率(2019年比)としてFigure 6.1(以下の図7、再掲)で示している。


図7 STEPSにおける2019~2030年の電力展望(WEO2020 Figure 6.1)再掲 [拡大表示]

 このように規格化して比較することは、単位やボリューム感の異なるものの成長率を見るには適しているが、合計値や構成がわからないため全容が掴めない。世界の電力需給については、合計値と国・電源別の構成を絶対値で示すのが最もわかりやすい一般的な手法であり、これまでのWEOでは電力需給の展望をそういったグラフで表示していた。しかし、今回のWEO2020には絶対値表示のグラフは掲載されていない。そこで、WEO2020のAnnex Aの数字を用いて電力需要と電力供給の展望を絶対値でグラフ化し、比較してみた。
 以下に図7の左側のグラフ(STEPSにおける電力需要の国・地域別の変化率の展望)を左に、STEPSにおける世界の電力需要の国・地域別構成(絶対値)の展望を右に、並べて示す。

図10 STEPSの電力需要の展望(左:国別成長率、右:世界合計の国別内訳) [拡大表示]

 左図のインプリケーションは「新興市場と発展途上国で電力需要が増加する」と記載されており、成長率のグラフからはインド、アフリカ、東南アジアの電力需要の成長率が中国を上回って大きいことが印象付けられる。しかし、国・地域別に2019年値で規格化されているために、電力需要全体量の変化や国・地域別のシェアは全くわからず、電力需要の展望としてはあまりにも情報が一面的である。一方で、絶対値で電力需要合計の国・地域別内訳を描いた右図では、電力需要が増加していく様も、国・地域別のシェアも明確で、何より中国が圧倒的なシェアを占めることが印象付けられる。
 何故、敢えてシンプルでわかりやすい絶対値の表示を避けて、情報量の少ない成長率のみを表示したかのだろうか?絶対値の右図では中国のシェアの大きさに目が行きがちで、インド、東南アジア、アフリカの増加はわかりにくい、ということから、前者を目立たせたくないがために、または、後者を強調するために、成長率のみを示す選択をしたことが推察される。

 次に、図7の右側のグラフ(STEPSにおけるエネルギー源別の電力需要の変化率)を左に、STEPSにおける世界の電力需要のエネルギー源別構成(絶対値)を右に、並べて示す。

図11 STEPSの電力供給の展望(左:電源別成長率、右:世界合計の電源構成) [拡大表示]

 WEO2020では左図のインプリケーションを「太陽光発電が普及し、電力部門のCO2排出量が危機前のレベルに戻ることはない。」と記載しており、成長率のグラフからは太陽光、風力の発電量が抜きん出て大きく増加することが印象付けられる。しかし、電源別に2019年値で規格化されているために、電力供給量の変化や電源別のシェアが不明であり、電力供給の展望を示すには情報が一面的である。一方で、絶対値で合計値とその電源構成を描いた右図では、発電電力量全体の増加の様子も、電源別のシェアも明確であり、2030年時点でも最大の電源は石炭で、化石燃料による発電は今後も減らずに供給の約半分を担うことが強く印象付けられる。よく観察すれば、再エネが増加しており太陽光の成長が著しいということ、それでも2030年まで最大の再エネ電源は水力である、ということなども読み取れる。
 何故、敢えてシンプルでわかりやすい絶対値の表示を避けて、成長率のみを示したのだろうか。絶対値表示の右図では、化石燃料による発電量の大きさに目が行き、太陽光と風力の発電量が目立たない、ということから、前者を目立たせたくないか、または後者を強調するために、成長率のみを示す選択をしたことが推察される。

(2)歴代WEOとの比較によるWEO2020の変化の検証
 最初にこれまで中心シナリオと位置付けられていたSTEPS(WEO2018まではNPS)、そして2℃シナリオであるSDS(WEO2016までは450S)の2つのシナリオのWEO2010~WEO2020における2030年展望、およびWEO2014注1)~WEO2020における2040年展望が、それぞれどのように変化したのか比較したグラフを示す。

図12 WEO2010-2020の一次エネルギー需要とその燃料別構成の展望 [拡大表示]

 上図は、世界一次エネルギー需要・燃料構成のシナリオ別展望の比較である。一番右側のWEO2020に注目すると、中心シナリオ(上の2つのグラフ)においては僅かな減少が見られるが、2℃シナリオ(下の2つのグラフ)においては従来の減少直線に乗っており、WEO2020での大きな変化は見られない。燃料構成においては、全てのグラフで石炭(オレンジ)が一貫して減少していることが示されているが、歴代のWEOと比較してWEO2020で劇的に変化しているものは見当たらない。


図13 WEO2010-2020の最終エネルギー消費とその部門別構成の展望 [拡大表示]

 上図は、世界最終エネルギー消費・部門構成のシナリオ別展望の比較である。一番右側のWEO2020に注目すると、中心シナリオ(上の2つのグラフ)においては僅かな減少が見られるが、2℃シナリオ(下の2つのグラフ)においては従来の減少直線に乗っており、WEO2020での大きな変化は見られない。部門構成においては、2℃シナリオではどちらの展望でも民生・業務(青緑色のBuildings)が一貫して減少していることが示されているが、歴代のWEOと比較してWEO2020で劇的に変化しているものは見当たらない。


図14 WEO2010-2020の発電電力量とその電源別構成の展望 [拡大表示]

 上図は、世界発電電力量・タイプ別構成のシナリオ別展望の比較である。一番右側のWEO2020に注目すると、中心シナリオ(上の2つのグラフ)においては僅かな減少が見られるが、2℃シナリオ(下の2つのグラフ)においては大きな変化は見られない。部門構成においては、2℃シナリオでは全ての展望において石炭(オレンジ)が一貫して減少、風力(黄緑)、太陽光(黄色)が一貫して増加していることが示されているが、歴代のWEOと比較してWEO2020で劇的に変化しているものは見当たらない。

(3)WEO2020は変化したのか?
 電力需要と電力供給の展望について、合計と構成要素を絶対値で示すという一般的なグラフは掲載せず、国別、電源別の成長率のみのグラフを示していたが、筆者が描いた絶対値表示のグラフの方が読者により多くの情報が提供する一方で、IEAが強調したいメッセージは伝わりにくいことがわかった。特別なメッセージを強調したいのであれば、両方のグラフを掲載すればいいだけのことである。敢えて絶対値のグラフを掲載しなかったことは、穿った見方をすれば、都合の悪い情報を目立たせたくないという意図が疑われる。
 また、歴代WEOのAnnex Aに示された主要なエネルギー指標の将来展望の数値と比較した結果、WEO2020の各種展望が従来のWEOの展望から著しく変化した、ということは確認できなかった。あれだけ変化を強調しているにも関わらず、大きな変化は見られなかった。
 将来展望の数字に大きな変化はない一方で、WEO2020の本文では2℃シナリオとネットゼロシナリオを強調したり、ナラティブな項目建てで主観に訴えたりしていることは、大きく変化したような印象を与えようという意図がある可能性も考えらえる。
 つまりは、変化したのはWEOではなく、IEAのスタンスではないか。IEAは、これまで客観的なエネルギー展望であったWEOを、エネルギー低炭素化のガイドブックに仕立て直そうとしている可能性も示唆されるが、もちろん、筆者はこれが杞憂であることを切に願うものである。

注1)
2040年展望が示されたのはWEO2014以降であり、2040年展望についてはその範囲で比較を行った。