IEA 「Net Zero by 2050 Roadmap for the Global Energy Sector」 概要(その1)

-政策決定者向け要約から-


J-POWER 執行役員、京都大学経営管理大学院 特命教授

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 国際エネルギー機関(IEA)は5月18日に、” Net Zero by 2050 Roadmap for the Global Energy Sector”(以下「2050年ネットゼロ報告書」と呼ぶ)という報告書を公表した。COP議長からの要請に基づいて作成された同報告書は、「2050年ネットゼロ=世界全体でエネルギー利用及び産業プロセスからのCO2排出量をネットゼロにする」実現のための道筋を、技術別、分野別に短期の具体的目標(マイルストーン)を置いて示したものである。
 全体で200頁を超える報告書の概要を、①「政策決定者向け要約」から抜粋して、②報告書本文に示された技術別ロードマップを中心に、③分野別ロードマップを中心に、④ネットゼロシナリオ展望の数値の分析、と4回に分けて紹介したい。それぞれ、2050年ネットゼロ報告書の違った側面が見られるのではないかと思う。
 今回は、第一弾として、同報告書の冒頭に示されている政策決定者向け要約から、太字で強調されている部分を抜粋して紹介する(注書きは筆者の追記、それ以外は原文の翻訳)。

「政策決定者向け要約」

2050年ネットゼロは2030年までのクリーンエネルギーのかつてない猛プッシュにかかっている

ネットゼロへの道は狭く、その道を行くには全てのクリーンで効率的なエネルギー技術を直ちに大量に動員する必要がある
これまでになく安価な再生可能エネルギー技術により、ネットゼロへのレースにおいて電力が優位に立つ
優先すべき行動: 2020年代をクリーンエネルギー大幅拡大の10年間にする
2030年までに世界の排出量を大幅に削減するために必要なすべての技術(注:PV、風力、EVなど)はすでに存在しており、それらの展開を推進できる政策は既に明らかである。

2050年ネットゼロはクリーンエネルギー・イノベーションの大きな飛躍が必要

2050年までにネットゼロを達成するには、利用可能なテクノロジーをさらに迅速に展開し、今はまだ市場に出ていないテクノロジーを広く使用する必要がある
最大のイノベーションの機会は、高度なバッテリー、水素電解槽、および直接的な空気の捕捉と貯蔵関連である
優先すべき行動: イノベーション促進により次のフェーズに備える
政府がそのR&D、実証、展開をエネルギーおよび気候政策の中核に置くことにより、クリーンエネルギーのイノベーションは急速に加速されなければならない。

ネットゼロに向けたトランジションは市民のため、市民が関与するもの

ネットゼロの道筋が示す大規模で早い速度のトランジションは、市民の参加と継続的な支援なくしては達成し得ない
電気へのアクセスがない約7.85億人に電力を供給し、クリーンな調理方法を持たない26億人に解決策を提供することは、このネットゼロの道筋とは不可分である
クリーンエネルギーへの変革によってもたらされる変化のなかには、実施が難しいものがあるため、決定は透明性が高く、公正で費用効果が高いものでなくてはならない
優先すべき行動:クリーンエネルギーの仕事は力強く成長するが、幅広い普及が必要
エネルギー・トランジションは、個人とコミュニティへの社会的、経済的な影響を考慮して、人々を積極的な参加者として扱うべき。

エネルギー部門は再エネに支配される

ネットゼロ経路では、2050年の世界のエネルギー需要は現在よりも約8%小さくなるが、経済は2倍以上になり、人口は20億人増える
化石燃料の代わりに、エネルギー部門は再生可能エネルギーが太宗を占める
ネットゼロは化石燃料の利用の大幅な減少を意味する
電力は2050年の総エネルギー消費の約50%に相当する
産業、輸送、建物からの排出は削減に時間を要する。2050年までに産業部門の排出を95%低下させるには、新たなインフラの構築に大きな努力を要する
優先するべき行動:短期のマイルストーンを設定して長期のゴールへ向かう軌道に乗せる
政府は、投資家、産業、市民、他国との信頼を築きつつ、彼らのネットゼロ目標達成のための信頼できる段階的な計画を提供する必要がある

我々のネットゼロへの道筋において、新たな化石燃料供給への投資は不要

ネットゼロ経路には、2021年の時点ですでに決定されているプロジェクト以外に開発が承認される新しい油田やガス田はなく、新しい炭鉱や鉱山の拡張は必要ない
クリーンな発電、ネットワークのインフラ、およびエンドユース部門が、投資を増加させるべき重要な分野である
優先すべき行動:クリーンエネルギーへの投資の歴史的な急増を推進する
政策は、特に新興経済国では、新しいビジネスモデルを解き放ち、民間部門の支出を動員する市場シグナルを送信するように設計される必要がある。

比類のないクリーンエネルギーへの投資ブームが世界の経済成長を向上させる

 IMFとの共同分析に基づくと、年間の総エネルギー投資額は2030年までに5兆米ドルに急増し、世界の年間GDP成長率は(STEPSに比べて)更に0.4パーセントポイント高くなる
 政府は、投資主導の成長を可能にし、利益がすべての人に共有されることを保証する上で重要な役割を果たす

新たなエネルギーセキュリティに関する懸念が生じる一方で、従来の懸念も残る

石油と天然ガスの生産の縮小は、これらの燃料を生産するすべての国と企業に広範囲にわたる影響を及ぼす
エネルギー転換には相当量の重要な鉱物が必要であり、それらの供給は重要な成長分野となる
全部門で急速な電化が進むことで、電力は現在よりも世界中のエネルギー安全保障においてより重要になる
優先すべき行動:新たなエネルギーセキュリティ―のリスクに今すぐ取り組む
エネルギーとエネルギー関連商品の安価かつ供給途絶のない信頼できる供給を確保することは、ネットゼロに向かう中で重要性を増すばかりである。

国際協力は、2050年ゼロエミッションを実現するために極めて重要

ネットゼロの実現は、全ての政府が、政府間において互いに協力し、産業や投資家や市民と協力しながら、一つの揺るぎない目標に焦点を置くことにかかっている
これら全ての変化を支えるのは、政府による政策決定である
エネルギー消費の変化は、化石燃料税収の大幅減を招く
ネットゼロ経路は前例のない政府間の国際協力、特にイノベーションと投資、に依存している
優先すべき行動:国際協力を新たな高みへ
これは自国の排出をネットゼロにすることを目指している全ての政府の問題ではなく、協調的な行動による国際課題への取組みである。

出典:International Energy Agency “Net Zero by 2050 Roadmap for the Global Energy Sector

次回:「IEA 「Net Zero by 2050 Roadmap for the Global Energy Sector」 概要(その2)」へ続く