第5話「IAEA総会(上)」


在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使

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IAEA総会は世界の原子力関係者が集う祭典

 毎年9月、欧州で新学期が始まる頃、ウィーンにおける原子力外交も、一年で最大の行事を迎える。それが、国際原子力機関(IAEA)の総会(General Conference)である。
 今年のIAEA総会は、1957年の第1回会合から数えて第59回。9月14日から18日までウィーン国際センター(VIC: Vienna International Centre)で開催された。第1話でも触れたが、第1回総会はウィーン屈指の音楽ホールであるコンツェルトハウス、その後VICが出来るまでは、ホーフブルク(王宮)で開催されるのが通例であった。オーストリア国外で開催された例もあり、今からちょうど50年前の1965年の第9回総会は日本の東京プリンスホテルで開催されている。

1957年第1回IAEA総会
ホーフブルクで開かれていた頃のIAEA総会

コンツェルトハウスで開催された1957年第1回IAEA総会(左)と、
ホーフブルクで開かれていた頃のIAEA総会(右)(写真出典:IAEA)

 IAEAでは、35ヶ国の理事国で構成される理事会(Board of Governors)が大きな権限を持っている。理事会は年に数回の定例会合、また必要に応じて特別会合を行い、IAEAの活動に関する重要な意思決定を行う。それに比べ、全加盟国により年一回開催される総会は、やや儀礼的色彩が無いわけではない。
 それでも、IAEA総会には独特の重みがある。総会は、理事国の選任や、理事会が任命する事務局長の承認、予算案の承認などIAEAに関する重要事項の最終的な意思決定を行うほか、原子力安全や核セキュリティ、保障措置、技術協力、原子力技術の応用など、原子力関連の様々な政策分野における大きな方向性を、総会決議の採択という形で指し示す役割を果たしている。また、北朝鮮や中東など核がからむ地域問題についての総会決議の文言を巡る交渉は、ニューヨークにおける国連安保理決議を巡る交渉にも似て、その時々の国際社会の政治力学を映し出す鑑のような役割も果たしている。
 加えて、総会期間中は、世界各国から外交当局者のみならず、原子力規制やエネルギー政策担当の政府当局者や、原子力産業界関係者など、様々な形で原子力に関わる人々が集い、多くの催し物が行われる。さながら、世界の原子力関係者が集う祭典のような活況を呈するのが、このIAEA総会なのである。
 今回から複数回に分けて、今年のIAEA総会のハイライトを紹介していきたい。

天野之弥事務局長

第59回IAEA総会で冒頭演説を行う天野之弥事務局長(写真出典:IAEA)

原子力安全の強化

 今回のIAEA総会のハイライトの一つが原子力安全であったことは論をまたない。
 今次総会では、IAEAによる福島第一原子力発電所事故に関する報告書(IAEA福島報告書)が公表された。また、本年は、事故後に採択されたIAEA原子力安全行動計画の最終年にあたり、同計画の実施状況に関する最後の年次報告も提出された。
 IAEA福島報告書は、世界中の幅広い読者向けに作成された事務局長報告書(Director General Report)と、福島事故について「事故発生の事実関係」、「原子力安全の評価」、「緊急時の備えと対応」、「放射線の影響」、「事故後の復旧」の観点から、各分野の専門家を対象に詳細な記述を行った5巻の技術参考文書(Technical Volumes)からなる。全部で約千数百ページにのぼる大部な報告書である。
 事務局長報告の巻頭言において、天野之弥事務局長は、この報告書が「世界中の政府、規制当局及び原子力発電所事業者が、必要な教訓に基づいて行動をとれるようにするため、人的、組織的及び技術的要因を考慮し、何が、なぜ起こったのかについての理解を提供することを目指している」としている。また、福島事故と日本の対応については、「事故につながった大きな要因のひとつは、日本の原子力発電所は非常に安全であり、これほどの規模の事故は全く考えられないという、日本で広く受け入れられていた想定であった。」「(日本の規制枠組みについて)責任がいくつもの機関に分散しており、権限の所在が必ずしも明らかでなかった。」「発電所の設計、緊急時への備えと対応の制度、重大な事故への対策の計画等の点でも幾つかの弱点があった。」と指摘する一方、事故後に日本がとった取り組みにも言及し、「従来以上に国際基準に合致すべく規制制度を改革した。規制当局にはより明確な責任と大きな権限が付与された。緊急時の準備・対応の制度も強化された。」としている。そして、「原子力事故は国境を越えて影響を及ぼし得る。福島第一原発事故は、効果的な国際協力の重要性を強調することになった。」「いかなる国においても、原子力安全について自己満足に浸る理由はない。」「安全は常に最優先でなければならない。」として、福島事故の教訓を踏まえた原子力安全における更なる国際協力の重要性を訴えている。いずれも傾聴すべき重要な指摘といえよう。

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 総会第4日目の9月17日には、このIAEA福島報告書に関する事務局主催のサイドイベントも開催された。
 IAEA福島報告書と、IAEA原子力行動計画の下での最後の実施報告が公表されたことにより、IAEAにおける原子力安全を巡る議論も一つの大きな区切りを迎えた。事故発生以来、毎年のIAEA総会では、福島第一原発における廃炉作業や汚染水問題への対応など、もっぱら日本側の個別対応に大きな国際的関心が寄せられてきた。福島事故が内外に与えた影響に鑑みれば、それも当然であったといえよう。一方、本年のIAEA総会では、世界中で発電・非発電の様々な分野での原子力技術の利用が拡がる中、原子力安全の強化を如何に進めていくかという、より未来志向の観点からの議論が多かった。総会で採択された原子力安全に関する決議でも、IAEA福島報告書で示された事故の教訓や、原子力安全行動計画のこれまでの実施状況を踏まえて、各国に対して原子力安全の強化に取り組むことを促す内容となっている。

IAEA福島報告書
同報告書に関するサイドイベント

総会会場で配布されたIAEA福島報告書(左)と、9月17日に開かれた同報告書に関するサイドイベント(右)
(写真左:筆者撮影、写真右:IAEA)

日本の対外発信

 福島事故の当事国である日本にとって、本年のIAEA総会の場において、原子力安全の分野で如何なるメッセージを発信するかは、例年以上に大きな課題であった。
 本年のIAEA総会において日本政府代表を務めた岡芳明原子力委員会委員長は、一般討論演説において、福島第一原発の廃炉・汚染水対策の進捗について詳細に紹介し、日本が今後ともIAEAとも連携しながら、地元や国際社会への積極的な情報発信に努め、国際社会に開かれた形で対策を進めていくことを表明した。内外に丁寧な情報発信をしながら事故処理を進めることが日本の責務であるとの姿勢を改めて明確にしたものである。
 また、国際社会の日本に対する関心は、福島事故への対応にとどまらない。原子力大国である日本が今後どのような原子力政策を進めていくかも大きな関心事である。この観点から、岡政府代表は、福島事故後に日本がとってきた原子力安全規制枠組みの抜本的強化や、IAEAとの様々な協力(本年6月の東京電力柏崎刈羽原発における運転安全調査団(OSART)ミッションの受け入れや、来年1月の総合規制評価サービス(IRRS)ミッションの受入準備など)に触れつつ、強化された新規制基準を満たした原発は重要なベースロード電源として再稼働させていくとの日本政府の方針を明確に述べた。そして、その方針の下での最新の動きとして、新規制基準の下での2年以上にわたる厳格な審査を経て、9月10日に川内原発第一号機が再稼働したことを紹介したのである。

オールジャパンでの取り組み

 IAEA総会の場では、政府関係者のみならず、民間企業を含む日本の原子力関係者による対外発信も重要である。ウィーン国際センターのロトゥンダ(円形のオープンスペース)では、総会期間中、原子力分野での発信に力を入れている国々の展示ブースが設けられる。日本ブースは、“Life, Safety and Prosperity : From Fukushima, to the World and for Next Generation”の統一テーマの下、日本原子力産業協会、日本原子力研究開発機構(JAEA)、放射線医学総合研究所の三団体及び民間企業等が連携して、ブースの設置、運営に取り組んだ。5日間の総会期間中で日本ブースへの来訪者は延べ約1100人に及んだという。

日本の展示ブース
岡原子力委員会委員長

日本の展示ブース(写真左)と、同ブースを訪れた岡原子力委員会委員長(右写真の左端)
(写真出典:左は筆者撮影。右は日本原子力産業協会HP)

 本年のIAEA総会において、日本側が初めて試みたのが、レセプション形式による被災地復興の紹介、とりわけ風評被害に悩む被災地食品のアピールである。
 冒頭でも述べたように、IAEA総会は世界の原子力関係者が集う祭典ともいえる機会である。ここで発信された情報は、良きにつけ悪しきにつけ、各国参加者を通じて全世界に広がっていく。世界の原子力関係者に、安全性が確認された被災地の食品を味わってもらいながら、福島第一原発の処理作業の現状、そして東北・福島の復興の今を世界の人々に伝える上で、IAEA総会はまたとない絶好の機会であった。対外発信の乗数効果が高い、マルチの国際会議ならではの特色である。

 日本主催イベントは、初日9月14日の昼、総会会場内で行われたが、各国政府代表や大使、IAEA及び原子力放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)のスタッフ、ウィーン在住の日本人国際機関職員、メディア関係者など約250人が参加して大盛況となった。イベントの模様は日本のメディアでも取り上げられた。
 イベント会場では、被災地復興、食品規制対策、福島第一原発対策に関するパネル展示やDVD放映が行われた。また、いまや日本外交の強力な武器といっても過言ではない寿司に加え、日本貿易振興機構(JETRO)の協力を得て、被災地三県(福島、宮城、岩手)から輸入した7種類の和菓子、6種類の日本酒がふるまわれた。特に被災地の和菓子は大人気で、当日午後は、お土産に持ち帰った菓子袋を嬉しそうに手にした各国関係者を会場のあちこちで見かけた位である。

岡原子力委員会委員長とイベントの模様

政府代表主催イベントで挨拶する岡原子力委員会委員長(左上)とイベントの模様。
(写真出典:在ウィーン国際機関日本政府代表部及びJETROウィーン事務所)

“Japan is back, step by step.”

 今回のIAEA総会は、福島第一原発事故の当事国である日本にとって、一つの区切りとなる総会であったことは間違いない。
 もとより、福島第一原発の廃炉作業、汚染水対策などは息の長いプロセスである。新規制基準の下での原子力発電所の再稼働も同様である。東北・福島の復興も未だ道半ばであり、被災地食品の風評被害対策は各国との関係でも取り組むべき課題は多い。
 それでも、原子力大国である日本は、一つ一つ課題を克服しながら、国際場裡で主要プレーヤーとして戻ってきつつある。“Japan is back, step by step.”とのメッセージをオールジャパンで出すことができた、そんなIAEA総会だったと言えよう。

(※本文中意見に係る部分は執筆者の個人的見解である。)

【参考資料】

第59回国際原子力機関(IAEA)総会(結果)(外務省HP)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/n_s_ne/page3_001389.html
第59回IAEA総会日本政府代表演説(外務省HP)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000101525.pdf
第59回IAEA総会における日本政府代表主催レセプション及び被災地復興展示会の開催(在ウィーン国際機関日本政府代表部HP)
http://www.vie-mission.emb-japan.go.jp/itpr_ja/Reception14_09_2015_JP.html
第59回IAEA総会への参加(日本原子力産業協会HP)
http://www.jaif.or.jp/59th-iaea-ga_report/

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