COP20 参戦記(その3 最終)

-COP20で何が決まったのか-


国際環境経済研究所理事・主席研究員

印刷用ページ

 COP20開催地のリマのホテルを出てから約35時間かけ、12月14日日曜深夜に帰宅した。【動画・番外編】COP20 会場のご案内でもご紹介した通り、COPの正式日程は2週間目の金曜日、今回で言えば12月12日の18時までとされる。しかし少なくともここ数年、COPが期間中に終了したことはない。今年も当然延長されることが予想されたが、これ以上出張日数を延ばすこともできず現地時間金曜深夜(土曜早朝)に帰路につくスケジュールとした。

 COP期間中は多くの会合が行われるが、議論の中心となるのは2011年のCOP17 で設立が決まった「Ad Hoc Working Group on the Durban Platform for Enhanced Action(略称:ADP、正式訳:強化された行動のためのダーバン・プラットフォーム特別作業部会)」という、正式名称を覚えるだけでも一苦労な会議体である。2012年5月から始まったこの作業部会には2つのテーマが与えられている。ひとつは2020年以降の法的枠組みについて、もうひとつは2020年までの削減目標の強化である。前者はワーキングストリーム1と呼ばれ、2015年までに合意に達するため、合意文書の要素と各国の約束草案に盛り込まれるべき情報の特定が議論された。後者はワーキングストリーム2と呼ばれ、各国が掲げた2020年までの目標が産業革命前と比して世界の平均気温の上昇を2℃あるいは1.5℃以内に抑えるのに必要と考えられるレベルの削減とのギャップを埋める、あるいは小さくすることを目的としている。しかし、関係者の意識・関心の多くは2020年のその先にあり、すなわちワーキングストリーム1の議論が中心であることは、COP20参戦記のその1で述べたとおりである。
 ADPという作業部会で議論された内容は、条約締約国会議であるCOPの場で採択され、正式な会議の成果となる。しかし、木曜日の18時の時点で、ADP共同議長は、進展が無く、ADPで合意された文書をCOPに提出できる状態ではないことをCOP議長であるペルー環境大臣のプルガル・ヴィダル氏に報告。これに対してCOP議長は、特に途上国の関心が高い資金の問題について合意が得られていないが残された時間は短く、全ての参加国に対して協力を求めるという内容の大演説を行った注1)。こうした議長の叱咤激励(懇願?)を受けて作業が進められ、その後22:30にはADPのCOP決定テキスト案注2)がリリースされた。それまで各国の主張を全て受け止め、さまざまな論点ごとにオプションだらけになっていた文書がそれなりに整理されたものになっていた。
 この文書を議論のたたき台として、会期最終日の金曜日は始まった。しかし、午前午後と断続的にADPの会議が行われるもののまとまる気配はない。予定の飛行機にのるため夕方には会場を離れ空港へ。中国を含めた途上国が、2020年以降の枠組みにおいてもいわゆる「CBDR」、すなわち先進国と途上国の責任には差異があるという概念を埋め込むことを主張し議論が平行線をたどっている、という情報を最後にペルーの地を離れた。「いまさらのCBDR、いつまでもCBDR・・」という言葉がため息とともに口をついてでる。
 そして経由地のロサンゼルスで得た情報は、現地時間13日(土)午後3時前、ADPのClosing Plenaryが、最終合意文書への合意を得られないまま解散した、というものだった。正式な会期終了からほぼ丸一日過ぎた土曜日午後3時にブレークするとは穏やかでない。2015年のパリ合意に向けて重要なマイルストーンとされたリマで何らのアウトプットがでないという事態にはまさかならないであろうが、あの程度のぼんやりとした文書で合意できないのかという驚きとともに、日本への乗り継ぎ便に搭乗した。
 衆議院選挙の速報が飛び交う日曜深夜に羽田に降り立った私が最初に触れたニュースは、現地時間の日曜1:30頃合意文書の採択に至り、3時過ぎ散会したというものだった。最後はあっけない幕切れだったようだ。難産の末産まれた合意文書「Lima Call for Climate Action(気候行動のためのリマ声明)」注3) は何を決定したのであろうか。
 脚注3のリンク先に掲載されている合意文書を見ると、まず、5ページ目以降は「Annex」となっている。「Elements for a draft negotiating text」、すなわち、新枠組みの交渉文書に含めたいと各国が考える要素を並べたものであり、合意文書には含まれない。2020年以降の枠組みに対して各国が何を約束するかという重要な論点はこのAnnexにあるのであり、各国の主張を全て受け止めたことで議論の対立構造が整理できるようにはなったが、しかし、この文書の位置づけははっきりしていない。合意文書の5条に、annexについて「Acknowledges」(認識する)とされているのみだ。ということは、今回の「成果物」といえるのはわずか4ページの文書ということになる。
 では、合意文書の本文の4ページには何が書かれていて、何が決まったのか。この簡単な問いに応えることは実は難しい。
 まず、各国が提出を求められている約束草案の対象は、削減に関するものだけか、気候変動に脆弱な国の適応策や資金支援に関する活動も含まれるのか。合意文書の9条は、「気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させること」という気候変動枠組み条約2条に定められた目的を達するために、各国が約束草案を出すことを求めるという書き方なので、削減目標だけを対象としているようにも読める。しかし12条によれば、適応に関する取り組みについても記述することが認められるのであり、結局は各国の判断に委ねられている。

注1)
http://unfccc6.meta-fusion.com/cop20/events/2014-12-11-18-00-president-s-informal-stocktaking-plenary
注2)
http://unfccc.int/files/meetings/lima_dec_2014/in-session/application/pdf/adp2-7_i3_11dec14t2230_dt.pdf
注3)
http://newsroom.unfccc.int/media/167536/auv_cop20_lima_call_for_climate_action.pdf

 また、約束草案に含める情報については、「clarity, transparency and understanding(明白で、透明性があり、把握できること)」であるべきという先進国が求めてきた表現は含まれているが、参照ポイント(適切な場合には基準年を含む)に関する定量化可能な情報、実施のタイムフレームや期限、スコープと対象範囲など、さまざまな情報を「may include」という弱い言い方になっている。結局、約束草案に含めるべき情報の決定権限は各国にあることを確認して、やっと妥協ができたということのようだ。
 目標を出す時期についても結局COP19で決まったことから全く踏み出していない。昨年から言われている「COP21に十分先立って」という文言と「準備ができた国は2015年の第一四半期に」という文言がそのまま今回の合意文書13条に残っている。10月1日までに各国が提出した約束草案のaggregate effect(全体効果。すなわち、各国の目標値を積み上げ全体の削減量がどの程度に達するかを確認する意図)に関する統合レポートを、11月1日までに事務局が作成することとなっている(16条b項)が、しかし11月30日にはCOP21が始まるのだ。各国の目標に対する「事前コンサルテーション」は、中国やインドを中心とする新興国などの強い反対によって今回の合意文書では何ら言及されていないが、11月1日に統合レポートができるというスケジュールでは実質的に事前コンサルテーションなどやりようがない。
 このように、さまざまな論点について、「Nationally determined」であることが確認され、その前提のもとにやっと合意がとれたということなのだろう。
 では、今回の合意は、日本にとってはなにか影響があるだろうか。結論から言えば、目標提出時期についての表現も従前どおりであり、特に考えられそうな影響は無い。米中がCOP直前に共同で目標を発表したことで、日本が出遅れていると書き立てる報道が多くあったが、しかし実は米国・EUは第一四半期に提出することを明言し、中国が第一四半期に提出する努力をするとしていること、豪州が「来年の中頃」という表現を使った以外は、提出時期について明らかにしている国はない。日本政府も「できるだけ早期に提出することを目指す」としか表現していないが、年明けからエネルギーミックスに関する議論を加速させること、6月に開催されるG7やADP会合、あるいは遅くとも9月の国連気候変動サミットが目処であることなどに変りは無いだろう。
 資金支援についても、既に安倍首相が11月のG20 で発表したとおりだ(国会の承認が得られれば最大15億ドルを拠出)。
 要は、今回の合意文書には勝者も敗者も無い。それこそがボトムアップ・アプローチに転換した意義なのであろうが、温暖化対策としての実効性から考えると国連交渉による対応の限界が明らかになったとも言える。産官学の連携による技術開発やビジネスの世界で省エネ・高効率技術が普及する仕組みを多層的に構築する必要性を強く感じた。
 2015年にはADP会合が追加的に3〜4回開催されるというが、国連交渉の場を増やすことで果たして解决するのであろうか。これまで費やされた膨大な時間と体力とコストを考えると暗然たる思いにとらわれる。パリでのCOP21の正式な会期は11月30日から12月11日だ。しかし、ホテルはいつまで抑えるべきか。帰りの飛行機は何日の何時頃出発のものを予約すべきか。まずはそれが問題だ。

演説する望月環境大臣
演説する望月環境大臣
会場のレストハウスで供されるペルー料理「セビーチェ」(レモンの酸味がきいた魚介のマリネ)。さっぱりしていて大人気。
会場のレストハウスで供されるペルー料理「セビーチェ」
(レモンの酸味がきいた魚介のマリネ)。さっぱりしていて大人気。
会場の片隅で温暖化対策を訴えるしろくま君と。
会場の片隅で温暖化対策を訴えるしろくま君と。