レッドパームオイルは問いかける
二項対立を超えていくための目配り術
赤嶺 淳
一橋大学 大学院社会学研究科 教授
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
夏目漱石の『草枕』(1906)冒頭の、有名な一節である。
環境問題にも、似たところがある。「こっちをとれば、あっちが。あっちをとれば、今度はこっちが」というように、環境問題とは複数の問題が絡まりあった存在だからである。
そうした事情を考慮して近刊『油脂で語る近現代——クジラとオランウータンをつなぐ糸』(平凡社新書1105)では、「食と環境をつなぐ目配り術(リテラシー)」という戦略を提案した。断片的な情報に流されるのではなく、みずからの行動を選択していこう、という主張である。
拙著では、かつてマーガリンの主要原料であった鯨油が1960年代以降に大豆油やパーム油に変化していった結果、東南アジアにおけるアブラヤシプランテーションの大開発によってオランウータンの生息地が破壊され、今度はオランウータンが絶滅の危機にあるという通時的関係性を説いた。
クジラもまもりたいし、オランウータンもまもりたい。でも、マーガリンも必要だ・・・・・・ここで必要となるのは、「クジラかオランウータンか」、「開発か保全か」といった二者択一ではなく、複雑な問題群を俯瞰しながら、行動していくための目配りである。
アブラヤシ(oil palm)から搾油されるパーム油(palm oil)が重宝されるのには、いくつかの理由がある。単位面積あたりの収量が抜群であるし、大豆や菜種といった単年性の植物と異なり、樹木であるため、天候不順にも耐性がある。
食様式(foodways)の変化とも無関係ではない。搾油業界の関係者によれば、加工食品業界はパーム油の利用を前提として成立しているという。中食(なかしょく)と称される惣菜類、なかでも揚げ物の、からっとした食感を持続させるためにパーム油は不可欠である。デパ地下やスーパーの惣菜、さらにはエビフライのような冷凍食品への依存が深まったのは、ここ数十年のことである。だからといって、いまさら後戻りなど、できるわけはない。
わたしが関心を寄せるマーガリンも同様である。マーガリンに必要な「口溶け」を担保するためには一定程度の固体脂肪(飽和脂肪酸)が必要となる。ラード(豚脂)やタロー(牛脂)も飽和脂肪酸が豊富であるが、近年、動物性脂肪は忌避される傾向がある。かぎられた選択肢のなかで、圧倒的に優位なのがパーム油なのである。
常温で液体の油(不飽和脂肪酸)を固まりやすい油脂に変換できたとしたら・・・・・・19世紀末、固形石鹸とマーガリンの需要が高まったヨーロッパでは、こうした技術の開発が目指された。水素を添加することで、不飽和脂肪酸の二重結合を減らし、その分だけ飽和脂肪酸の割合を増やす技術の開発に成功したのはドイツであった。1902年のことである。
この技術によって鯨油はマーガリンの原料となり、英国とノルウェーによる南氷洋捕鯨がはじまった。しかし、そんな夢の技術であったが、マーガリンには固有の、解決すべき課題ものこされていた。マーガリンは28℃〜32℃で溶けなくてはならないが、完全に硬化すると融点が高くなりすぎて、溶けなかったからである。そのため、鯨油は原料の3割程度が上限とされた。
この問題を解決するため、硬化途中で反応を停止する「部分水素添加」という手法が採用された。1929年には、理論上は鯨油100パーセントのマーガリンの製造も可能となった(日本が南氷洋捕鯨に参入したのは1934〔昭和9〕年のことで、生産した鯨油の全量がヨーロッパに輸出された)。しかし、そんな鯨油の世界市場は、1960年代なかばに崩壊してしまった。
かわって台頭したのが大豆油やパーム油などの植物性油脂であった。これらの油脂も部分水素添加して利用されていた。ところが、近年、この部分水素添加の副反応によって、心疾患などのリスクを高めるとされるトランス脂肪酸が生成されることが判明した。メーカー各社がトランス脂肪酸の含有量を減らしていった結果、現在、日本で販売されているマーガリンにふくまれるトランス脂肪酸は10グラムあたり0.09グラム前後となっている(わたしの実験ではトースト1枚に塗ったマーガリンは4.2グラムであった)。
それでもマーガリンらしい口溶けを保持するためには、トランス脂肪酸が担っていた固体脂肪分を別の物質で確保する必要がある。このことは、オレイン酸やリノール酸といった不飽和脂肪酸が8割ちかくを占め、もともと固体脂肪分の少ない大豆油には不利であった。他方、パーム油の強みは、パームステアリンという常温でも固まりやすい油脂成分にある。
2003年、国連機関(WHOとFAO)は、トランス脂肪酸の摂取量を総エネルギー摂取量の1パーセント未満に抑えるべきだと勧告した。この基準を日本の平均的な食生活にあてはめれば、2グラムとなる。日本の平均的なトランス脂肪酸摂取量は0.7〜1.3グラムとされ、WHO基準を下回っている。そうしたことから、トランス脂肪酸よりも、むしろ食塩のとりすぎを問題視する識者もいる。
わたしたちの食と健康の関係性は、単線的なものではない。「百薬の長」とされてきたお酒でさえ、近年では飲酒そのもののリスクが指摘されるようになっている。運動不足や睡眠不足も健康を阻害しかねない。
「〇〇が健康によい」と聞けば試してみたくなるし、「△△が健康によろしくない」と聞けば避けたくもなる。しかし、食をふくむ生活様式は、それぞれである。楽しむつもりで、少しだけ異なる角度から眺めてみてはどうだろう。
考えてみれば、アブラヤシという植物が悪いのではない。むしろ、さまざまに優れているからこそ、パーム油が世界の油脂市場で大きな地位を占めているのだ。中食やマーガリンのように、わたしたちがパーム油を必要とするからこそ、アブラヤシとのつきあい方を意識的に再考してみる価値がある。
この難問に対して、まだ確たる展望が開けているわけではない。しかし、アブラヤシの故地たる西アフリカのアブラヤシ事情にヒントがあるように感じている。
ギニア湾に沿った西アフリカ諸国にはアブラヤシが自生している。19世紀初頭、奴隷貿易を禁止した英国が奴隷のかわりにパーム油を輸出しようとしても、森や畑の脇に点在するアブラヤシからパーム油をあつめることは困難であった。それは、西アフリカの人びとが、油だけではなく、酒をつくったり、建材として利用したりと、多様に利用していたからである。20世紀初頭にプランテーションという形式で東南アジアにアブラヤシが導入されたのは、そうした事情によっている。
2025年9月、そんな西アフリカ(カメルーン)を訪問する機会を得た。目的は、レッドパームオイルと呼ばれる、自家製造されたパーム油を味わうことであった。首都ヤウンデの市場でも、簡単に見つけることができた。容器の底に沈殿した濃いオレンジ色の物質——体内でビタミンAに変換されるカロテン——にも食欲をそそられた。ラベンダーに似た、清涼感ある香りもいい。
帰国後、成分を調べてもらった。面白いことに、沈殿部分と液体部分では、脂肪酸組成に大きな差異はなかった。脂肪酸自体は無味無臭である。そんな脂肪酸のあつまりである油脂の風味を決めるのは、不鹸化物と称される脂肪酸以外の成分である。たとえばオリーブ油の香りは、精製過程で意図的に残した不鹸化物によっている。色も同様である。レッドパームオイルたる所以である。
カメルーンの人びとは、レッドパームオイルを「ナチュレ」(自然)だと評価する。しかも、ナチュレなのは油だけではない。市場ではアブラヤシの実も売られていたし、そうした実は食材となる。パーム油の製造工程を観察させてもらった際、加熱中の鍋から取りだした実を「食べてみろ」と促されたことがあった。かじってみると、どこか柿に似た味がした。カメルーンには生息していないものの、ギニアで研究する友人によれば、里に出てきたチンパンジーがアブラヤシの実を失敬することもあるらしい。
他方、東南アジアではプランテーションがいたるところにあるものの、アブラヤシは人びとの生活から「切れた」存在である。農薬が噴霧されていることを知っているからか、あるいはまったく無関心だからなのか、東南アジアでは実を口にすることはない。実は、あくまでも工場で絞るためのものである。
それぞれのあり方——アフリカ的な社会的存在としてのアブラヤシと東南アジア的な工業的存在としてのアブラヤシ——を二項対立で捉えるのではなく、そのあいだに存在する多様性に注目してアブラヤシとの関係性を再構築できないものか?
たとえば、である。アフリカまで行かずとも瓶入りのレッドパームオイルならばインターネットで入手可能である。南米のエクアドル産だという、その商品は「小農がエコフレンドリーに生産した」ものだという。小農支援と環境に配慮された農業を同時に推進しようとするものだ。しかもカロテンは残しつつ匂いだけを除去するという、工夫が凝らされている。さらには加熱時の変質をふせぐため、「低温圧搾」という念の入れようである。
問題は、アブラヤシやパーム油がどのような生産・消費の関係に置かれているかにある。まずは、その関係性に関心をいだき、想像をめぐらしてみることからはじめよう。わかりやすい正解が存在しないからこそ、「食と健康」、「健康と環境」をつなぐための目配り術を獲得し、自分なりの解答を見出していく必要がある。












