経済成長を前提としたCO2排出削減の行動を求めている

IPCC 第5次評価報告書の大きな矛盾


東京工業大学名誉教授

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地球温暖化防止のための「いますぐ行動」が求められている

 昨年秋(2013年9月)のIPCCの第5次評価報告書の第一作業部会(科学的根拠)の報告書に続き、今春(2014年3月、4月)、第二作業部会(影響評価),第三作業部会(対策と緩和策)の報告書が発表され、今秋には総合報告書が発表される。この総合報告書では、朝日新聞(4/16夕刊)のインタービューに応えたIPCCのパチャウリ議長の「気候変動対策、いま行動を」の訴えをそのまま復唱している朝日新聞社説(4/15)の「地球温暖化、対策は待ったなしだ」に見られるように、地球温暖化の脅威を防ぐためのCO2排出量削減の早急な行動が求められている。
 しかし、先に、IPCCの第一作業部会の報告書の観測データを基に、地球気温の自然の周期変動を考慮して私が解析した結果から、もし温暖化が起こったとしても、何とかそれにつきあっていけるとされる地球地上気温上昇幅2 ℃以内を保つには、地球上の今世紀末まで(2012 ~2100年)のCO2排出総量を約4兆トン以下に抑えればよいことが判る。一方で、地球上の化石燃料の確認可採埋蔵量(2010年末)から計算されるCO2排出総量の値は3.31兆トンにしかならないから、IPCCの第二作業部会報告書にあるような地球上の生態系が不可逆的な変化を受けるとする気温上昇幅4 ℃を超えるような脅威は起ることはないと考えてよい(文献1、2、3 参照)。

温暖化の脅威より怖いのは地球上の化石燃料の枯渇である

 これに対し、地球上の化石燃料の賦存量は非常に大きいから、今後のCO2排出総量は、この確認可採埋蔵量からの計算値の何倍にも増加するはずだとの反論がある。もちろん、確認可採埋蔵量は、現在の経済的な条件で採掘可能な量である。将来、技術の進歩で、増加し得る量である。しかし、世界が、特に先進諸国が経済力にまかせて、この確認埋蔵量の2倍以上の7兆トンもの化石燃料を採掘すれば、採掘コストが、したがってその国際貿易価格が高騰して、いま、それを使いたくとも使えない国が出てくる。また、そのような化石燃料の無謀な採掘に伴って、エネルギー資源を奪い合う国際間紛争が誘発されかねない。すなわち、地球にとって、本当に怖いのは、世界各国の経済成長を競うための化石燃料の消費によって起こるかも知れない温暖化ではなくて、化石燃料の乱掘にともなって、現代文明社会を支えているエネルギー資源の枯渇が、今世紀中に確実にやってくることである。世界中が協力して、化石燃料消費を節減して大事に使って、少しでも長持ちさせることこそが、いま、求められなければならないはずである(文献4 参照)。

化石燃料消費削減のための国際協力の現実的な方策について考える

 世界各国の一人当たりの消費量を等しくするとの人類社会の公平の原則に従った化石燃料消費の削減を考える。ただし、ここでの便宜的な概略計算の方法として、化石燃料消費量の代わりにCO2の排出量をとる。この計算方法では、化石燃料のなかの石炭消費比率の大きい国では、化石燃料消費量が過大に評価されることになるが、ここでは、化石燃料節減目標の絶対値を問題にしていないので我慢して貰うことにする。IEA(国際エネルギー機関)のデータ(文献5 )から、現在(2010年)の世界のCO2排出量 30,441百万トンの値を、今世紀末までの90年(2011~2100年)の平均値として保つと仮定して、世界のCO2排出総量を求めると約2.7 兆トンと計算される。ところで、世界の人口増加が化石燃料消費の大幅な増加をもたらすとされているが、一人当たりの化石燃料消費の大きい先進諸国の人口は減少傾向にあり、途上国でも経済発展につれての人口増加の抑制が今世紀中にも起こることを期待して、今世紀中の世界人口が現在(2010年)と変わらないと仮定すると、世界の化石燃料の総消費量を表すCO2排出総量の概算値は、この2.7兆トンとなり、先に私が推定した温暖化が起こったとしても、私どもが何とか付き合っていけるCO2の総排出量4 兆トンより十分小さくできる。

 一方、2010年の世界平均の一人当たりのCO2の年間排出量は4.45 t /人で、先進国(OECD)の平均9.96 t/人に対し、途上国(非OECD)は3.02t/人とある(文献5 )から、大雑把に言って、先進諸国は、化石燃料消費を2010年比で、平均で約1/2に削減しなければならないが、途上国は平均で約1.5倍の増加が許されることになる。すなわち、途上国の化石燃料消費の増加量分が先進国の削減量でほぼキャンセルされて、地球の年間化石燃料消費量は増加しない。ただし、これらの目標数値は今すぐと言うのでなく、今世紀末までの90年間の平均値として達成すればよい。とは言っても、先進諸国にとっては厳しい数値目標になるが、現在、CO2排出削減のために用いられようとしている先進国と途上国の間のCO2排出権取引の方策に比べて、また、IPCCが、今回の第5次評価報告書第三作業部会が求めている「2050年までに、CO2の排出に対して、2010年比で最大70 %削減、世紀末にほぼゼロかマイナスに(朝日新聞4/15から)」との科学的根拠の不明な目標値に比べれば、はるかに筋の通った現実的な目標と言ってよいと考える。

経済成長を抑えることこそが、人類社会とともに日本の生き残る途でなければならない

 IPCCは、その第三作業部会の報告書のなかで、温暖化の脅威を防止するCO2排出削減のためには、化石燃料の燃焼排ガス中のCO2を抽出・分離・埋立てるCCS技術の適用が必要だとした上で、石炭火力発電所の排気ガスに、その適用を義務付けるべきだと提案している。このCCS技術は、人為起源のCO2による地球温暖化が問題とされるようになってすぐから、その開発が進められており、大幅なCO2の排出削減の方策としては、現状で最も経済的な方法だとされている。
 しかし、このCCS技術は、現状の経済成長を前提にした化石燃料の大量消費を容認した上でのCO2排出削減の方策である。IPCCは、このCCS技術を使っても、「将来見込まれる経済成長の伸び率が1 % 押し下げられる程度で済む」としているが、経済成長にはエネルギーが必要である。したがって、CCS技術を使っての経済成長の継続では、経済力があり、化石燃料資源を持つ国と、それを持たない国との間に、エネルギー消費量の配分に大きな格差が生じ、それが、エネルギー資源の奪い合いの国際紛争に発展しかねない。エネルギー資源をもたない日本経済にとっては、高騰する化石燃料を輸入した上で、CCSにお金を使う余裕はどこにも見当たらない。
 先進諸国が率先して経済成長を抑制することで、地球上に残された化石燃料を、できるだけ公平に大事に使う「脱化石燃料社会」を創る(文献6参照)ための平和的な共存を世界に訴えることこそが、世界、人類に求められるべき途でなければならない。 それは、また、国内においては、貿易赤字と財政赤字の二重苦にある日本経済を救う途でもある。

補遺;今世紀末までのCO2排出総量と年間CO2排出量

 IPCCが深刻な地球温暖化の脅威が起こるとしている2012~2100年の間の累積CO2排出量 7 兆トンをもたらすとした場合(以下、排出総量7兆トンの場合と略記)の世界の年間CO2排出量の値を推定・概算した2055年および2100年の値を、IEAにより公表されている(文献5 )1971~ 2011年の実績値と結んで図A1に示してみた。ただし、計算を簡略化するため、年間CO2排出量は、2012年から今世紀末まで直線的に増加すると仮定した。図A1には、また、もしCO2の排出に起因する温暖化が起こったとしても、地球上の平均地上気温上昇幅を、本稿のはじめに記したように、私どもが何とかつき合っていける2 ℃以内に抑えることのできるとされるCO2排出総量4兆トンとした場合(以下4兆トンの場合と略記)の、上記と同様に計算した2055年および2100年の年間CO2排出量の値も示した。
 この図A1に見られるように、総排出量 7 兆トンの場合は、年間CO2排出量実績値での、2000年代に入ってからの主として発展途上国の急速な経済成長に伴う化石燃料消費の増加がそのまま継続するとして、化石燃料資源量の制約を一切考慮せずに、2000年初期の実績値の延長線上で、その消費が起こるとした場合のCO2排出量の値と見ることができる。一方、総排出量4兆トンの場合の年間CO2排出量の予測値は、前世紀後半のCO2排出増加の延長のようにも見えるが、今後、まだ多少のCO2排出量増加が継続してもIPCCが訴える温暖化の脅威を与えるような値には程遠いことを示していて、いま、化石燃料の枯渇が言われるなかで、世界が協力して経済成長を抑制して化石燃料消費の節減に努力すれば、CO2総排出量4兆トンの目標は、十分、実現可能であることを示しているとみてよい。

CO2排出量の実績値と推定値

図A1 世界のCO2排出量の実績値(1971 ~ 20111 年)と今世紀末までの総排出量を
想定した場合の排出量の推定値(IEAデータ1-1)の実績値を基に作成)

<引用文献>

1.
久保田 宏:IPCC第5次評価報告書批判――「科学的根拠を疑う」(その1)地球上に住む人類にとっての脅威は、温暖化ではなく、化石燃料の枯渇である、ieei 2014/01/15
2.
久保田 宏:IPCC第5次評価報告書批判――「科学的根拠を疑う」(その2)地球温暖化のCO2原因説に科学的根拠を見出すことはできない、ieei 2014/01/21
3.
久保田 宏:温暖化よりも怖いのはエネルギー資源の枯渇だ、ieei 2014/03/14
4.
久保田宏:地球温暖化対策の不要が、「脱化石燃料社会」への途を開く―ポスト京都議定書の国際協議に向けて、ieei 2014/05/07
5.
日本エネルギー経済研究所編:「EDMC/エネルギー・経済統計要覧2013年版」、省エネルギーセンター、2013年
6.
久保田 宏:脱化石燃料社会、「低炭素社会へ」からの変換が地球を救い日本を救う、化学工業日報社、2011年

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