東電を反社会的企業と決めつける、
働く人たちへの視点を欠く経営者

吉原 毅 著 「原発ゼロで日本経済は再生する」 


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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電力業界が「たかり集団」であれば、鉄道会社も公共放送も「たかり集団」か?

 さらに、電力業界は日本に残された最大の「たかり集団」との指摘も吉原は行っている。「株式会社でありながら競争原理の適用外になったことで、視線は政治家と経済産業省そして株主にのみ向けられていく」と書き「費用の削減努力を謳いながら実施はことごとく先送りされ、経営の効率化はいっこうに図られない。顧客は常にないがしろにされる」と主張している。
 経済学の理論で、独占が認められる産業は電力以外にもある。無駄な二重投資を避けるためだ。鉄道もガスも公共放送も「たかり集団」というのだろうか。私は20年以上に亘り電力業界向けに燃料供給を行っていたが、1円、1セントに拘るタフな交渉相手との印象は持っていても経営の効率化はいっこうに図られない企業との印象は全くない。吉原はどういう事実と体験に基づきこういう主張を行うのだろうか。
 東京電力、電力業界では多くの従業員が安定的な電力供給のために働いている。海外で生活すれば日本の停電率の低さを実感するが、それは多くの人達の努力の賜物だ。「反社会的」あるいは「たかり」という根拠のない中傷に近い言葉が、働く人をどれだけ傷つけるのか、経営者として思い至らないのだろうか。

「貿易赤字は経済再生のチャンス」という誤解だらけの主張

 また、経済に関する説明にも首を捻ることが多い。原発が停止し、化石燃料の購入が増えても問題ではないとの説明が登場し「貿易赤字は日本経済再生のチャンス」と吉原は主張する。その理由は次のようなことだ。「貿易黒字と経常収支黒字を続けてきた結果、産業は空洞化し、失業が増え、デフレ不況が深刻化した」「原発停止によって貿易赤字に転換したことで為替が円安になりデフレ不況が解消しつつある」。
 「貿易収支黒字と経常収支黒字が産業の空洞化を招いた」というのが間違いというのは、例えば、小泉政権時代に一時的に日本経済が好況になったのは、輸出増によるものだったという事実を指摘すれば十分だろう。貿易黒字を作り出す輸出増により景気が悪化し、失業が増えることがあるのだろうか。
 さらに、貿易赤字により為替が円安になったのだろうか。東日本大震災以降、貿易は赤字基調になったが、11年後半から12年年初にかけ80円を切るほど円高が進んだことを吉原はどう説明するのか。13年になってから、急速に円安が進んだのは、日本の予想インフレ率が日銀の政策によりプラスになったからだ。岩田規久男は、為替は金利差と予想インフレ率の差で動くとし、対米ドルの円相場が過去そのように動いたことを実証的に示している。貿易赤字がデフレ不況を解消しているわけがない。