PM2.5連載企画 スペシャルインタビュー
京都大学 名誉教授 内山 巌雄氏

「PM2.5問題の今」を聞く~PM2.5による健康影響と今後の対策


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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欧米で指摘される循環器系や動脈硬化への影響が、日本でも当てはまるとは限らない

――いろんな発生源があることからPM2.5は対策が難しいですね。

内山:一つ問題としてあるのは、欧米で言われるほど、日本で疫学調査をやってみてもはっきりとした健康影響の結果が出ないということです。特に循環器系に対する影響はアメリカほどはっきり出ていません。アメリカの微小粒子と日本とでは発生源も多少違うので、PM2.5の微小粒子の成分が違うから影響が違うのか、それとも欧米人と日本人では、特に循環器系の動脈硬化の度合いが大きく違っているからなのかわかりません。

 動脈硬化を起こしている人がPM2.5を身体に取り込んだ場合、さらにダメージが加わって影響が出るとも考えられます。圧倒的に欧米は心筋梗塞の死亡率やコレステロールが高いなど、動脈硬化の度合いが高い。死亡構造や疾病構造が違うのです。日本は死因の一番は癌で、2位が心疾患、3位は脳血管疾患でしたが、最近は肺炎が3位になっています。しかも心筋梗塞で亡くなる方の割合は、欧米に比べるとぐっと低い。コレステロールの血中濃度の値を比較しても、欧米人は非常に高いが、日本人は低い(図2)。だから、更にそこに何か加わっても影響がはっきり出ないのではないか等いろいろな説があり、健康影響についてはっきり言うことは難しい状況です。

図2 日米男性の年齢別血清総コレステロール値の推移 (上島ら)

――欧米ではPM2.5と健康影響は、科学的な根拠があるのでしょうか?

内山:アメリカが基準を出して、それに日本が倣ったわけですが、さらに2012年にアメリカでは基準を厳しくしています。今まで年平均値15だったのを12μg/m3にして、さらに2012年末にカナダで、12μg/m3より低い濃度でも影響が出ているというレポートが出されました。先日WHO(世界保健機関)の専門家とも間接的に話しましたが、WHOも現在のガイドラインは10μg/m3ですが、それを見直す可能性があるようです。

 日本は現在15μg/m3で3割しか達成していませんので、基準を10μg/m3にしたら、達成するのはかなり困難になります。10μg/m3以下の基準を達成するには、よほど山間部のきれいなところでなければ無理ですから。日本ではまだ循環器疾患の健康影響との関連性がはっきりしない中で、今後対策をどうするかという問題があります。

――日本よりもアメリカなど海外で先に問題になっていたわけですね。

内山:欧米、特にアメリカで最初に注目され、いち早く環境基準を作りました。次いでEUも出し、WHOが国ごとに参考になるガイドラインを出し、日本はそれに比べれば10年遅れて環境基準を作りました。アメリカは2012年にレポートを出した時に、このまま何もしなくても2020年にはほぼ12㎍/m3を達成できるだろうと書いています。現在、アメリカの平均が7㎍/m3くらいですが、12㎍/m3を超える都市も基準を厳しくしたことで、PM2.5の濃度は減ってきており、2020~2030年には全部達成できると見られます。

 日本は何も対策をしなければ減るかというと減らないでしょう。特に中国大陸から来るものを上乗せすると、西日本では厳しいものがあります。

――国内の排出もありますが、中国から飛来してくる分も考えると、日本はPM2.5が今後増えるか減るかという予測は難しいでしょうか?

内山:徐々に減っていることは減っているのですが、どこで頭打ちになってしまうのか、さらにもう少しは減っていくのか予測が難しい。特に二次生成粒子というのはSOxやNOxのガス状物質からできますので、ガス状の物質は少しずつは減ってくる可能性はあります。しかし、ディーゼル排ガスや工場からの排出物は寄与率としてはかなり小さくなっていますので、そこを厳しくしても直ぐには減ってくれません。

タバコと放射線と比べた場合、PM2.5の健康リスクは?

――健康影響についてお聞きしたいのですが、仮にたばこや放射線と比べて危険度を図ることはできますか?

内山:たばこと比べますと圧倒的に濃度が違いますが、少なくとも喫煙している方の肺がんの70%はたばこが原因だと言われ、受動喫煙でも肺がんが増えるということは、疫学的にわかっていますのでたばこに比べると、PM2.5の現状のリスクはそれほど大きくないでしょう。

 喫煙はボランタリーなリスク(自発的なリスク)ですので、自分で止めることや避けることができます。大気汚染や空気中の化学物質は、インボランタリーリスク(受動的なリスク)ですから自分では避けることのできないリスクです。リスク論で言うと、受動的なリスクは自発的なリスクの許容度に比べて、1/100~1/1000 と言われていて、たばこの害を1としたらPM2.5の環境基準は1/1000より下でないといけない。今や都市型公害と言って国民にも責任があるというのは環境基本法にも書いてあります。車や廃棄物などには国民にも責任があります。

 放射線については、現状の福島のことを言っているのか、一般のバックグラウンドにある放射線を言っているのかによりますが、バックグラウンドにある放射線に比べればPM2.5の方が疫学としてリスクはあります。

――では、NO2などの他の大気汚染物質と比べて、PM2.5のリスクはどうでしょうか?

内山:発がん物質が入っており、循環器系に影響を及ぼし、急性的な致命的なものもあるという観点から見ると、PM2.5の方がリスクは高いと言えるでしょう。しかしNO2から生成される硝酸塩がPM2.5の二次生成粒子になっていると考えると、大気汚染全体として捉えますので、どちらが危険かというと視点によって違ってきます。