PM2.5連載企画 スペシャルインタビュー
京都大学 名誉教授 内山 巌雄氏

「PM2.5問題の今」を聞く~PM2.5による健康影響と今後の対策


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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欧米化していくと、PM2.5の感受性が高くなる可能性も

――基準値以下の値であれば健康に問題はないのでしょうか?

内山:リスクの考え方として、影響に閾値のあるものとないものがあります。影響に閾値があると考えられる物質に関しては、その閾値を求めて、更に普通は1/10~1/100くらいの安全域をとって環境基準を決めていました。SPMも閾値がある物質として基準を決めましたが、PM2.5は肺がんの可能性があるとすると閾値がない可能性があります。ただしPM2.5は混合物ということもあり、今までの疫学調査は、PM2.5は閾値があるのかないのかをはっきり決めることができないというのが結論です。

 日本ではだいたい年平均値が25~30μg/m3を超えると肺がんの死亡が増えてきました(図3)。ぜんそくの方はもう少し数値が低い所でも影響があるかもしれない。循環系では、日本では影響があるというデータは、まだ得られていません。欧米人と日本人では動脈硬化の程度や心筋梗塞でなくなる方の数も圧倒的に違うので、疫学調査に出ない可能性があります。しかし、だいたい日本は欧米の10~20年遅れて欧米化しているので、将来的には日本人も欧米のように感受性が高くなってくるかもしれません。

図3 肺がん死亡に関する疫学知見のまとめ
上図:研究対象地域のPM2.5の濃度範囲の中央値(若しくは平均値)に対する
リスク比(PM2.5濃度10μg/m3当たり)とその95%信頼区間
下図:研究対象地域のPM2.5濃度範囲とその中央値(若しくは平均値)

今後の日本のPM2.5対策は?

――これから日本では、どのような対策を取るのでしょうか?

内山:これは本当に難しく、環境基準を作るのに2~3年かかってしまいました。現在も委員会を開き、環境基準の検証をしたり、新たな文献を集めています。ベンゼンなど有害大気汚染物質のように閾値のない発がん物質として考えることも検討しましたが、PM2.5はまず閾値があるかどうかもわかりませんし、欧米のデータと日本のデータも違うわけです。また日本のデータはまだそれほど蓄積されていない面もあります。現在の環境基準は科学的根拠をもとに5年毎位に見直す予定で、いろいろな研究・調査を続けています。

 日本の環境基準は、維持することが望ましい値ということになっているので、それ自体に罰則規定はありません。しかし、その環境基準を担保するための排出基準が作られます。その排出基準には罰則規定があります。例えば自動車メーカーも排出基準を満たさなければ車は販売できませんので、環境基準を作れば必ずそれを守る努力がなされます。

 環境省は、その基準を設定した理由を各業界に説明しなければなりません。日本では、環境基準が決められているSPMについては、少なくとも死亡率に関係し、短期影響があるような濃度ではないと思われていましたが、PM2.5という微小粒子で見ると健康影響が出ることがわかってきたことは、反省すべき点でもあります。PM2.5は、長期的な視野で対策をしていかなければならないと考えています。

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