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オピニオン一覧

  • 2011/03/10

    あなたは情報発信しているか?

     日本からの情報やアイデアの発信の必要性が叫ばれてから久しい。しかし、状況は思ったほどには改善していない。例年2月に開催されるダボス会議(世界経済フォーラム)には、今でこそ、日本の首相も日帰りに近い形ででも出席するようになった。だが、単にそこで話してくるという以上の積極的な意味は見いだせない。そもそも1年で替わる首相の話など、誰も真面目に聞かないだろう。

     1980年代初頭の日本の絶頂期であれば、どんなに下手な英語で話をしても、相手は日本の言うことを聞きもらすまいと一生懸命だった。それは、背後に経済大国日本に対する尊敬と脅威があったからである。世界に対する日本の影響力、あるいは日本に対する世界の関心が目に見えて低下しているなかで、日本からの発信は、よほど内容が充実していないと誰も聞いてくれない。まず、こうした状況認識の共有が必要だ。

     これに関連して筆者が残念に思っているのは、未だに残る欧米信仰である。たとえば政府の審議会での議論で常に出るのは、「EUでは排出権取引(ETS)を導入しているのに日本はなぜやらないのか」とか、「スペインやドイツで再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度を導入して『成功』しているのに、なぜ日本は追従しないのか」という議論である。

     この発想を引きずっているのが日本から海外への調査団である。同じようなテーマについて、顔ぶれを変えながら欧米に大規模な調査団を送る。このなかには、英語ができずに議論に加われない人もいる。ときには日本大使館員も動員されて、ご苦労なことである。情報発信どころか受信専用である。

     相手から見れば、毎回同じような質問を受けるだけで見返りはない。もし筆者が相手の立場であれば、時間の無駄であるので真面目な対応をしないだろう。真面目にやるのは、たとえば日本にEU-ETSを採用させる意図があるような場合だけである。

  • 2011/02/09

    第一線の企業人こそ環境メッセージを発信すべきだ

     以前、中国に駐在していた時、帰国するたびに感じたのは、日本の美しさ、環境の素晴らしさだった。日本を訪ねる中国人も同じ印象を持っているようだ。 続きを読む

  • 2010/12/22

    日本がリードするプラントの効率算定方法標準化

     製鉄所をはじめとしたプラントの効率を測ることは、そのこと自体は単純なものである。システムバウンダリー(システム境界)を決めて、その境界を出入りするエネルギーや物質の量を計上し、それぞれの物質に見合った換算係数をかける。そこで得られた数値を足せば総量であり、総量を生産量などで割れば原単位となる。

     しかし、システムバウンダリーの決め方や換算方法が異なれば、まったく同じプラントを対象にしても、無数の「効率値」が得られることになってしまう。そして実際には、各国ごとだけでなく、同じ国のなかでも、プラントの効率を測るための複数の算定方法が存在している。

     鉄鋼業の場合、より広い範囲でお互いの効率を比較することによって自らの位置付けを知ることが効率改善に有効である。そこで、日本の鉄鋼業界がリードして、共通の効率算定方法の構築を進めてきた。クリーン開発と気候に関するアジア太平洋パートナーシップ(APP)での成功を基に世界鉄鋼協会(ワールドスチールアソシエーション)でも算定方法を確立し、データ収集を行ってきた。そして日本が提案者となって、世界鉄鋼協会の効率算定方法をISO規格化する作業がスタートしている。

     APPや世界鉄鋼協会のときもそうであったが、ISO規格化にあたっては各国・地域の事情がより色濃く出てくるため、なかなかタフな仕事となる。特にEU ETS(欧州連合域内排出量取引制度)を抱えている欧州とは、今後もハードな交渉が続くことは避けがたい状況である。しかし、生産技術・製品特性とともに、技術に裏付けされた日本の効率算定方法は、世界に貢献できることは間違いない。もちろん、国際化のなかでカラー道着が採用された柔道のように、日本の効率算定方法もある程度の修正が必要になるかもしれないが。

    記事全文(PDF)

  • 2010/12/10

    3つの視点から気候変動問題を巡る国際交渉を考える

     気候変動問題についていろいろと考えるときに、どうしても頭から離れないいくつかのことがある。問題が深いと言わざるを得ない。列挙してみたい。

    【身勝手】
     数年前に、ブラジルが「歴史的責任(Historical Responsibility)」を気候変動に関する国際連合枠組み条約(UNFCCC)の場で主張したことは記憶に新しい。過去も同様の考え方が主張され、「差異あるが共通の責任(Common but Differentiated)」という概念で共有化されている。

     しかし、国民1人当たり3万ドルを超える豊かさを享受している日米欧が、いまだその3分の1にも達しない中印に対して、気候変動問題に厳しく対応しろと要求している。これは、いかに気候変動問題が深刻な問題であるとしても、やはり、先進国の身勝手な要求と言わざるを得ないのではなかろうか。さんざん化石エネルギーを活用して豊かになってきた国々が、過去自分たちの辿った道に思いを馳せもせず、これから豊かになろうとする国々に、化石燃料を利用するなと言っているのだ。

    【植民地】
     国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)の場では、アフリカや中南米の人たちが見事な英語やフランス語を駆使して多様な意見を主張している。なかには、自らの足元を忘れたかのようにして、欧州の人たちと同じ意見を述べる人もいる。これはどうしたことなのだろう。ここで気がつくのは、かつての植民地と宗主国の関わりである。かつての宗主国は、教育と文化を通じて、いまだにかつての植民地国のリーダーの一部に彼我一体ともいえる影響を及ぼしているのだ。欧州の巧みなかつての統治は、今、こんな形で、現れている。