MENUMENU

執筆者:有馬 純

avatar

国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院 教授

  • 2014/07/11

    英国と原子力(その2)

     前回は差額補填契約(CfD: Contract for Difference)の基本的枠組みについて触れた。CfDが他国の固定価格買取制度と決定的に違う点は、原子力も政策支援の対象としているということだ。 続きを読む

  • 2014/07/08

    英国と原子力(その1)

     数週間前、ケンブリッジで「原子力の将来」と題する少人数のディスカッションに参加した。参加者の中には英国の上院議員、英国政府関係者、原子力規制当局関係者、英国における原子力新設に関与している企業、ケンブリッジ大関係者等が含まれ、英国における原子力の位置づけを理解する上で有益な機会だった。 続きを読む

  • 2014/07/02

    「転向者」との会話

     「転向」という言葉を辞書でひくと「それまでの方向・方針・職業・好みなどを変えること」「政治的・思想的立場を変えること。特に共産主義者・社会主義者が弾圧によってその思想を放棄すること」とある。我が国で「転向」という言葉は、何となくネガティブな語感を持つことが多いが、それはこの2番目の意味があるからだろう。

     環境保護運動の世界でも「転向」は存在する。最も顕著な例は原子力に対する立場である。例えば環境NGOの代表的存在であるグリーンピースは反核運動に起源を発するせいか、その後、地球温暖化防止もアジェンダに含めるようになっても反原発というスローガンを貫いている。しかしグリーンピースの中にも、これまでの主張を変え、地球温暖化防止のためには原子力オプションが必要だと考えるに至る人々もいる。例えばグリーンピース創設メンバーの一人で、15年間も会長をつとめたパトリック・ムーアは、のちに団体と袂を分かち、別の団体「グリーンスピリット」を興して原子力発電に賛同する立場になっている。

     先日、環境保護運動の活動家で従来の反原発から原発支持に転じた2人の人物と相次いで話をする機会があった。2005年まで英国グリーンピース事務局長であり、現在はCentre for European Reform の研究員を務めるスティーフン・ティンダール、反原発主義者だったものの、原発推進派に転じた知識人たちの声を集めた米映画「パンドラの約束」の出演者の一人であるマーク・ライナースである。彼らを含め、英国で反原発から原発支持に転じた人々を取り上げたインディペンデント紙の記事を参考までに掲げよう。ちなみに「転向」に相当する英語としてU-turn やconvert という表現が使われている。本稿の表題を「転向者との会話」としたが、より正確には「反原発という環境NGOの教義から自己を解き放った」と言う意味で「棄教者との会話」とすべきなのかもしれない。

    http://www.independent.co.uk/environment/green-living/nuclear-power-yes-please-1629327.html

     彼らに共通するのは地球温暖化問題への強烈な危機感である。もちろん多くの環境NGOが主張するように省エネルギー、再生可能エネルギーを推進すべきとの点については彼らも全く異存はない。しかし彼らは省エネルギー、再生可能エネルギーだけで温暖化に対応することは不可能だと考える。太陽光発電や風力は天候に左右され、この問題に対応するためのエネルギー貯蔵技術は未だに非常に高コストである。彼らは環境NGOの主張する省エネ、再生可能エネルギーに立脚したエネルギー戦略は数十年後の絵姿としては良いが、そこに至るまでの道筋とコストについて責任ある処方箋を描いていないと論ずる。むしろ温暖化問題に対応するためには、シェールガスを含め、利用可能なオプションは全て使うべきであり、安定的な出力特性を有する原子力はそのための重要な手段であると考える。

    マーク・ライナースとスティーフン・ティンダール

  • 2014/06/24

    不思議の国のエネルギー論議

     先日、ロンドンの著名なシンクタンクが主催するハイレベルのフリーディスカッションに参加してきた。テーマはエネルギーを巡る4つの相克(Quadlilemma)である。4つの相克とはエネルギー安全保障、環境保全、国際競争力、エネルギーアクセスを指す。エネルギーの安定供給を図りながら、温室効果ガスも削減し、エネルギーコストを抑えて競争力を確保し、かつエネルギーアクセスを有していない人々(世界の人口の26%)へのエネルギー供給を確保していくことはミッション・インポッシブルに近い難題である。 続きを読む

  • 2014/06/18

    欧州環境エネルギー補助金ガイドライン見直しをめぐって

     ブラッセルのシンクタンク Friends of Europe の主催するワークショップ 「Energy Subsidies: To be or not to be 」 に参加してきた。こうしたワークショップが開催されるには背景がある。 続きを読む

  • 2014/06/10

    久しぶりのボン(その2)
    -省エネ専門家会合に出席-

     2日間の議論を踏まえ、14日午後のADP全体会合でソコナ・再エネ専門家会合ファシリテーターと共に結果報告を行った。私の報告の骨子は以下のとおりである。なお、UNFCCCのサイトでその時のサマリー全文及びウェブキャストで私の報告の模様が掲載されている。 続きを読む

  • 2014/06/05

    久しぶりのボン(その1)
    -省エネ専門家会合に出席-

     2014年2月半ば頃、UNFCCC(気候変動枠組み条約)事務局の旧知の友人から一通のメールが届いた。3月半ばに開催されるADP(ダーバンプラットフォーム特別作業部会)において省エネと再生可能エネルギーの専門家会合を開催するが、そのファシリテーターになってくれないかという依頼である。 続きを読む

  • 2014/05/30

    私的京都議定書始末記(最終回)
    -エピローグ-

     冒頭から言い訳めいた話になってしまうが、私がこれまで書き綴ってきた始末記は、決して日本の温暖化交渉の全貌を語ったものではない。温暖化交渉戦線は京都議定書第二約束期間を含む枠組み論だけではなく、先進国・途上国の緩和目標/緩和行動のレビューの方法、市場メカニズム、資金援助、技術協力、キャパシティビルディング、適応、森林保全等々、非常に広範囲にわたる。 続きを読む

  • 2014/05/21

    私的京都議定書始末記(その44)
    -カンクン以後-

    Under Any Condition or Circumstances

     カンクンからの帰国後、2011年の年明けにかけて、COP16の結果に関する国内各方面への報告に追われた。最後まで筋を曲げなかった日本の交渉姿勢については、国内では概ね高い評価を受けた。 続きを読む

  • 2014/05/14

    私的京都議定書始末記(その43)
    -COP16を終えて-

     2週間に及ぶカンクンでの交渉を終え、日本に帰る機上で、いろいろな思いが浮かんできた。それから3年が過ぎた今、カンクンを振り返って思うところをいくつか書いて見たい。

    見事だったメキシコの議長ぶり

     まず何より、COP16を合意に導いたメキシコの外交手腕の見事さである。 続きを読む

  • 2014/05/08

    私的京都議定書始末記(その42)
    -最後の「二押し」とカンクン合意の採択-

    脚注の挿入

     COP決定、CMP決定における先進国の削減目標のアンカリングについては、同一のSB文書を両決定で言及するということで収斂したが、日本、ロシアにとって、京都議定書第二約束期間に前向きなEUと並んで自国の目標がCMP決定でテークノートされることは気持ちが悪い。何らかの形で日本、ロシアが第二約束期間に入るつもりがないことを、間接的にせよ文字に残しておきたかった。 続きを読む

  • 2014/04/21

    私的京都議定書始末記(その41)
    -土壇場の調整-

    東京との連絡

     交渉2週目に入り、争点も明確化してきたことは前回記した通りである。1週目は初日のステートメントにより、日本が「悪役」としてクローズアップされたが、2週目にはそれも落ち着きをみせていた。むしろカンクンでどのようなディールをするのか、更に言えば法的形式やアンカリングについて皆が受け入れられるような表現は何か、というプラグマティックな論点が焦点になっていた。 続きを読む

  • 2014/04/14

    私的京都議定書始末記(その40)
    -進まない非公式協議-

    カンクン交渉の「キモ」

     交渉2週目に入り、交渉のキモが明確になってきた。途上国は「カンクンで第二約束期間を設定せよ」と大合唱しているが、現実にはそれが不可能であることは誰の目にも明らかだった。 続きを読む

  • 2014/04/08

    私的京都議定書始末記(その39)
    -高まる日本への圧力-

    英国、EUとの応酬、カナダ、ロシアとの連携

     11月30日には英国、EUと相次いでバイ会談を行った。ここでも京都第二約束期間がメインの話題になった。日本も彼らもコペンハーゲン合意をベースにカンクンで良い成果を得たいとの点については究極の目的は共有している。しかしそこに向けての戦略は異なる。彼らの議論は要約すれば「途上国をAWG-LCAで譲歩させるためには、AWG-KPで第二約束期間に色をつけてやらねばならない。妥協が必要だ」というものであった。 続きを読む

  • 2014/04/01

    私的京都議定書始末記(その38)
    -初日のステートメントとその波紋-

    初日のステートメント

     今、私の目の前にAWG-KP初日行ったステートメントの原稿がある。ここにその全文を掲載したい。

    Thank you, Mr.Chairman,

    We are tackling global warming issues. Global issues need global solution. We should recognize that we are not living in the year 1997. When the Kyoto Protocol was crafted in 1997, it was supposed to cover 56% of global CO2 emissions under obligation. 続きを読む

  • 2014/03/25

    私的京都議定書始末記(その37)
    -COP16初日-

    COP16初日

     29日のCOP16初日は、カルデロン大統領が出席する開会セレモニーで始まった。午前中は開会式とCOP、CMPのプレナリーが、午後にはAWG-LCAとAWG-KPのプレナリーが行われる。 続きを読む

  • 2014/03/17

    私的京都議定書始末記(その36)
    -天津、豪・NZ、ワシントンそしてカンクンへ-

    天津AWG

     2010年に4回開催されたAWGのうち、ボン以外で開催されたのが10月の天津である。カンクンのCOP16に向けた最後のAWGであり、中国の主催という点でも色々な意味で注目を集めたAWGであった。
     
     北京には何度も出張で行った事があるが、天津は初めてである。天津はエコタウンにされており、環境汚染が深刻化している中国のモデル都市とされていた。 続きを読む

  • 2014/03/05

    私的京都議定書始末記(その35)
    -混迷する交渉とEUの変節-

    混迷するAWG-LCA交渉

     2010年を通じ、メキシコ主催非公式会合やMEF等の少人数会合では雰囲気が和らいできたものの、AWGにおける交渉自体は相変わらずであった。先進国は「コペンハーゲン合意の中身を実施可能なものにし(operationalize という表現がよく使われた)、カンクンでCOP決定として正式採択すべき」と主張した。 続きを読む

  • 2014/02/21

    私的京都議定書始末記(その34)
    -カンクンへの道のり-

    Meeting after Meeting

     1-2月の主要国歴訪を終え、3月から交渉が本格化してきた。例年のように3月初めには日本とブラジルの共同議長による日伯対話が皮切りとなり、3月末にはメキシコ主催非公式会合が、4月初めにはコペンハーゲン後、最初の特別作業部会(AWG)が、4月下旬には米国主催の主要経済国会合(MEF)が、5月初にはドイツ・南ア主催のペータースブルク閣僚会合がそれこそ矢継ぎ早に開催された。 続きを読む

  • 2014/02/14

    私的京都議定書始末記(その33)
    -メキシコ登場-

    コペンハーゲン後の各国行脚

     2010年の年が明けた。前年に引き続き、靖国神社に参拝しながら、2010年に待ち受ける国際交渉に向けて思いをめぐらせていた。

     コペンハーゲン合意の採択失敗により、国連プロセスに対する信認は地に堕ちていた。その中で2010年の交渉がどのような経過をたどるのか?2000年末のCOP6で合意に失敗し、2001年6月のCOP6再開会合で合意が得られたという故事に倣い、一時、「2010年半ばにCOP15再開会合?」という噂も流れた。 続きを読む