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温暖化対策はコロナの教訓に学び、予測モデルよりも観測データに基づくべし


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹


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 コロナ対策は、当初、不確かな数値モデルに翻弄されたが、今では、データの観測に基づいて、経済とのバランスが図られている。この温暖化対策への教訓は2つある。①不確かなモデルはパラメータ次第で極端な被害を予測してしまう。②モデルが不確かな場合、モデルを過信せず、データの観測に基づいて、経済とのバランスを探りながら行動すべきだ。 

1.コロナモデルと観測データ

 コロナ対策として、欧米ではロックダウンが、日本では自粛要請が実施された。経済活動が大きく制限されるに当たっては、感染者数と死亡者数を予測する数値モデルが大きな役割を果たした。
 特に有名になったモデルは、英国ロンドンスクールオブエコノミクス(LSE)のファーガソンと、北海道大学の西浦教授のものだった。その基本的な骨格は「SIRモデル」であり、簡単に要約すると以下のようになる(ここでは、やや正確さを犠牲にして分かり易くしてある。詳細は文献を参照注1) ):

コロナのSIRモデル

感染者は1人あたりR人と濃厚接触する。
濃厚接触すると、「獲得免疫」を持っていない限り、感染する。
感染すると、治癒して獲得免疫を持つようになるか、あるいは、死亡するかのどちらかになる。

 この定式化だと、獲得免疫が出来ない限りは感染が続くので、多くの人口が感染しないと、感染拡大は止まらない。西浦氏は、自粛をしない場合にはR=2.5であるとして、人口の60%が感染する、とした。そして、その一定割合は重症化し死亡する、とした。
 このような理論に基づき、Rを大幅に減らすべく、海外ではロックダウンが、日本では自粛が行われた。
 だが、その後の経過はどうだったか。ファーガソンのモデルは感染率・死亡率を大幅に過大評価していた、と批判されている注2,3)
 また、日本等のアジア諸国と、欧米を比較すると、死亡率に大きな差が出た。図1は、100万人あたりの死亡者数である。縦軸は対数軸になっているので、アジア諸国と欧米諸国で「桁違いに」違うことが分かる。なぜアジア諸国ではこんなに低いのか。この違いは、SIRモデルでは説明できなかった。


図 G20諸国のコロナ死亡率(札幌医科大学)
http://agora-web.jp/archives/2046069.html

 じつは獲得免疫が無くても「自然免疫」があることで感染が拡大しなかったようだ。自然免疫というのは、新型コロナウイルスに感染しなくても、これまでの人生でさまざまなウイルスに曝されていていたりして、新型コロナウイルスに抵抗力がついている状態を指す注4)

 自然免疫が効いているとなると、上記モデルの②は間違いだった、ということになる。つまり:

②(修正): 濃厚接触しても、獲得免疫あるいは自然免疫があれば感染しない。何れも存在しなければ感染する。

となる。この自然免疫の正体、由来、地域差等については盛んに議論がなされているが、まだ決着はついていないようだ。また、人口全体で一様に、全期間を通じてR=2.5と置くことの妥当性にも疑問が投げかけられている。

2.コロナの温暖化対策への教訓

 さて、コロナ対策から得られた教訓は2つある。

A
不確かなモデルは、前提やパラメータの設定次第で、極端に大きな災害を予測する。
B
モデルが不確かな場合、重要なことは、モデルを信じ続けることではなく、データを観測しながら、それに基づいて経済とのバランスをとりつつ行動することだ注5)

 自粛は経済に大きな悪影響を与える。このためいま日本は、感染者数や死亡者数の推移をモニタリングしつつ、経済活動を可能な限り再開しようとしている。もはやモデルには頼っていない。
 以上の教訓を踏まえると、温暖化対策はどうあるべきか、節を改めて述べる。

 先へ進む前に、経済的な影響について補足しておこう。コロナウイルスのリスクにもかかわらず日本が経済を再開しようとしているのは、自粛の経済的な悪影響があまりに甚大だからだが、経済的な悪影響が甚大になりうるのは、1.5℃目標や2℃目標といった極端な温暖化対策も同様である。
 数字で規模感を掴んでおこう。IEAの試算では、コロナにより2020年のCO2排出量は年率8%で減少するとしているが、これは、1.5℃シナリオや2℃シナリオで言われている排出量の削減率に近い。例えばIEAの2℃シナリオのCO2排出量の削減率は6.4%であり、UNEPの1.5℃シナリオでは削減率7.6%としている。つまり1.5℃シナリオや2℃シナリオは、コロナ対策級のCO2排出削減を十年、二十年と続ける、というものだ注6) 。温暖化には環境影響のリスクがあるが、他方で野心的な温暖化対策には経済影響のリスクが存在する。その規模はコロナ対策以上になりかねない。

3.温暖化モデルと観測データ

 地球温暖化の研究では、シミュレーションモデルが多用されている。大別すると、モデルは以下の3つの段階からなっている。

温暖化モデル

CO2排出モデル: 経済活動に伴ってCO2排出が増える
温度上昇モデル: CO2排出に伴って温度が上がる
環境影響モデル: 温度上昇に伴って自然災害などの環境影響が増える

 何れもSIRモデルよりも相当に複雑ではあるけれども、抱えている問題点は全く同じである。何が問題点か、詳しくは既報注7,8) 、 を参照されたいが、ここでは簡潔にまとめる:
 「CO2排出モデル」について、「温暖化対策なかりせば」の場合とされるIPCCシナリオは、非現実的なまでに排出量が多い。「温度上昇モデル」も、科学的不確実性が大きく、CO2濃度が産業革命前の2倍になったときの温度上昇は1.5℃と4.5℃の間、しかもその間に入らないかもしれない、とIPCCも報告している等、かなり不確かである。だがこの不確かなモデル2つの結果をつなぎ合わせて「最悪の場合4.8℃上昇」と環境省もメディアも報じる。「環境影響モデル」についても、例えば世界の降水量について、温度上昇1℃あたり「4%増える」というものから「全く増えない」というものまで、答えはばらついて、とてもはっきりしたことが言える状態ではない。台風については、関連の深いエルニーニョ現象なども含めて、そもそも現状の再現も満足に出来ておらず、将来について確たることを予測出来る状況ではない、とIPCCもまとめている。
 なお筆者はモデルの研究者を責めているわけではない。大半の研究者は真剣にモデルを作り、科学の最先端で活躍している。だが、真剣で最先端だということと、モデルに予測能力があるかは、全く別のことである。科学的知見や計算能力に不足があれば予測能力は無い。
 さてモデルがこれだけ不確かな以上、観測されたデータこそ重視すべきであろう。では観測事実はどうだったかと言うと、これも既報注9) で詳述したが、①台風は強くなっていない。②豪雨は過去の自然変動範囲よりも強くなっているとは言えない上に、地球温暖化の影響ははっきりしない。③猛暑への地球温暖化への寄与はごく僅かであった。
 かかる観測事実を踏まえ、またコロナ対策の教訓に照らすならば、不確かなモデルに振り回されて、経済影響が甚大になる温暖化対策を実施することは誤りである。為すべきことは、観測データをモニタリングしつつ、経済とのバランスをとり、対策を講じてゆくことだ。それは低コストな範囲でのCO2削減策の実施と、それを長期的に可能にする技術開発、ということになる。
 さてその際、コロナと温暖化ではタイムスパンが違うが、これはどう考えればよいか。
 コロナモデルの場合、間違っていれば、それは1,2カ月で分かり、自粛要請は解除され、モデルを信じ続けるのではなく、感染者数等のデータのモニタリングをしつつ経済を再開する、という方針に切り替えることが出来た。
 温暖化の場合は、コロナと異なり、もっと時間がかかる。だが温暖化についても、1980年以降、観測網はどんどん強化されてきた。その結果、おどろおどろしい予測は大抵外れてきた。日本について言えば、台風は強くなっておらず、豪雨は増えていない。平均気温は上昇しているが、ゆるやかなものであり、猛暑への寄与は僅かだ。温暖化の場合、コロナウイルスのようにすぐにモデルの予測を検証できる訳では無いが、十年、二十年と時間をかけて、過去についてどうであったかは観測データが積み重なってきたので、重大な異変があったかどうか、検証できるようになってきた。今や、このような過去の観測データこそを重視すべきである。
 なおタイムスパンの違いにはもう1つの側面がある。温暖化がコロナと異なるのは、CO2はゆっくりと大気中に蓄積されるものであって、それがパンデミックのように数か月で突然に破局的な被害をもたらすという性質のものではないことだ。今後、仮に、温度上昇が加速したり、あるいは極端な気象が明白に増大するにしても、それが破局的な段階に達するまでには何十年もかかるだろう。もしも経済に深刻な影響が出るような極端な排出削減策を講じる必要が生じるとすれば、深刻な悪影響がはっきりと観測されるようになってからにすべきだ。今の所、そのような観測事実は無い。

注1)
より詳しくは 、例えば
https://ja.wikipedia.org/wiki/SIR%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB
https://www.rieti.go.jp/jp/columns/a01_0545.html
注2)
https://www.telegraph.co.uk/technology/2020/05/16/coding-led-lockdown-totally-unreliable-buggy-mess-say-experts/
注3)
http://www.rationaloptimist.com/blog/lockdown-and-mathematical-guesswork/
注4)
https://news.yahoo.co.jp/byline/kimuramasato/20200516-00178807/
http://agora-web.jp/archives/2046128.html
注5)
http://www.rationaloptimist.com/blog/we-know-everything-and-nothing/
注6)
http://ieei.or.jp/2020/05/expl200522/
注7)
http://ieei.or.jp/2020/03/sugiyama200331/
注8)
http://ieei.or.jp/2020/07/sugiyama200702/
注9)
http://ieei.or.jp/2020/07/sugiyama200702/


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