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IPCCの「ベースラインシナリオ」の排出量は過大評価である


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹


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 事実上ベースライン(=なりゆき)シナリオとして用いられているIPCCの「RCP8.5シナリオ」は過大評価であり、現実的な排出量であれば、「地球温暖化による温度上昇はなりゆきでも今後2℃程度(産業革命前からだと3℃程度)に留まるのではないか」という指摘がいま学界でなされている。このことは政策分析に重大な意味がある: A)環境影響評価は、これまでのような現実味の無いシナリオではなく、現実に起きそうな、より低排出なシナリオの下で行うべきである。B)排出削減戦略は、イノベーションの成果が既に現れていることを認識すべきである――このことは、更なるイノベーションの加速の重要性を示唆する。

IPCCの最大排出量シナリオは排出が多すぎる

 地球温暖化の予測については、「温暖化対策なかりせばの場合」の「なりゆき」ないし「ベースライン」排出量として、IPCCのRCP8.5シナリオがよく用いられる。例えばそれは図1の環境省資料のように扱われている。そこでは、RCP8.5(赤)が「温暖化対策なかりせばの場合」を、RCP2.6(青)が「温暖化対策をした場合」として取り扱われている。


図1 IPCCによる温暖化予測を紹介する環境省資料注1)

 しかしこの「最大4.8度上昇」と書いてある「RCP8.5シナリオ」というのは、まずありえないぐらい高い排出量のシナリオであり、実際にはなりゆきで起きることは、それほど極端な排出量の増加ではない、と米国ブレークスルー研究所のZeke Hausfatherは述べる注2)
 その理由を見てみよう。まず図2のように、最近の国際エネルギー機関(IEA)のシナリオでは、「現状の政策の延長(Current Policies)」、および、「現在アナウンスされている政策が実施される(Stated Policies)シナリオ」のいずれにおいても、RCP8.5よりもはるかに低い排出シナリオになっていることを挙げている.


図2 IEAとIPCCのシナリオの比較。IEAのシナリオは2040年までで、2つある(Current Policies=現状の政策およびStated Policies=政府が言明した政策)。IPCCの4つのシナリオと比較している)注3)

 そして、IEAはこの排出シナリオを21世紀前半までしか示していないが、Zeke は、これを2100年まで外挿したシナリオを、図3のように推計した:


図3 2100年まで延長されたIEAシナリオ注4)

 このときの温度上昇は、中央値で2.7~2.9℃、下限で1.9~2℃、上限で3.5~3.8℃程度となる(図4のIEA STAPS (STAted Policy Sceanario およびIEA Current Policy Scenario CPS)


図4 温度上昇の推計値注5)

 IEAシナリオやその外挿シナリオの排出量がIPCCシナリオよりも低くなる理由は何であろうか。
 まず過去については、2005年から現在までのIPCCシナリオを観測値と比較したコロラド大学のMatthew G. Burgess.らは、やはりIPCCシナリオの排出量が現実よりも高く推移したとした上で、その要因としては、経済成長率の設定が、現実に起きたものよりもかなり高くなっていたことが最も寄与していた、とした。それに次いで、一次エネルギー消費量あたりのCO2排出量も、IPCCシナリオは現実よりも高かった、としている注6)
 次いで、将来のIPCCシナリオの排出量が高くなっている理由として、Zeke Hausfatherは、IPCCのシナリオは2005年や2010年頃の情報に基づいて作成されているため、情報が古いことを指摘している。
 実際、IPCCのRCP8.5シナリオは、世界の石炭消費量が今後5倍になるというシナリオである。しかし、現実には、そこまで石炭消費が増えるとは思えない。その重要な理由として、多くの技術進歩がすでにあったことが挙げられる。近年あったものを幾つか挙げると、シェールガス革命が起きて天然ガスが安くなった。また太陽光発電や風力発電が拡大した。またLED照明の普及を筆頭に、省エネルギー技術も進歩した。今後もこのような技術進歩は続くだろう。
 よくよく考えると、RCP8.5シナリオとは、奇妙なシナリオである。非常に高い経済成長率でありながら、技術が殆ど進歩しない。そして人々は、所得水準が高くなったにも拘わらず、他のエネルギー資源ではなく、世界の石炭消費量を今日の5倍になるまで増やし続ける、というシナリオだ。
 Zeke Hausfather は、RCP8.5シナリオはベースラインとして考えるには不適切であって、ベースラインの温度上昇は約3℃とすべき、と結論している。これは100年前からの上昇幅なので、現時点からだと、約2℃の上昇、となる。ただし気候の科学に不確実性があり、それを勘案するとベースラインの温度上昇はこれにプラスマイナス約1℃、となる。
 もともとRCP8.5シナリオは、予言するために作られたのではなく、「考えられ得る限り高い排出のシナリオを研究する」という目的で作られた。しかしその後、環境影響評価の際にもっともよく用いられるようになって、すっかり「温暖化対策なかりせばの場合」としてのベースラインとしての役割が定着してしまった。だが、政策を分析するためには、実現可能性が乏しいシナリオを用いることは適切ではない。環境影響評価は、もっと実現可能性の高いシナリオのもとで分析した結果を示し、政策決定者に示すべきであろう。
 なりゆきでの温度上昇があと2℃に留まるということであれば、排出削減戦略の在り方も変わってくる。いま世界では「2050年ゼロエミッション」といった非現実的な目標の宣言を競うといった「美人コンテスト」が流行っている。だがそうではなく、シェールガス、再エネ、省エネについてのイノベーションの成果がすでに現れていることをまずきちんと認識すべきである。そして、そのような認識に立てば、さらなるイノベーションに注力することこそが、真に排出削減を進めるための現実的な解決策になる、という理解も深まるであろう。

注1)
https://www.jccca.org/
注2)
https://thebreakthrough.org/issues/energy/3c-world
なお同主旨の小論がNature にも発表されている
https://www.nature.com/articles/d41586-020-00177-3
RCP8.5シナリオについての詳しい解説は:
https://www.carbonbrief.org/explainer-the-high-emissions-rcp8-5-global-warming-scenario
注3)
https://thebreakthrough.org/issues/energy/3c-world
注4)
https://thebreakthrough.org/issues/energy/3c-world
注5)
https://thebreakthrough.org/issues/energy/3c-world
注6)
https://osf.io/preprints/socarxiv/ahsxw


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