MENUMENU

コロナ危機と温暖化対策の行方(3)

コロナ危機の教訓


国際環境経済研究所主席研究員、JFEスチール 専門主監(地球環境)


印刷用ページ

前回:コロナ危機と温暖化対策の行方(2)

 コロナ危機によって世界の政治やメディアからあまり聞こえなくなった言葉がある。「気候変動問題」や「地球温暖化対策」である。今年1月のダボス会議では、ノーベル賞候補に名前があがるスェーデンの環境活動家の少女、グレタ・トゥーンベリさんがスピーチして注目を集めた。気候変動問題が人類文明の未来がかかった存亡の危機であることを訴え、「このダボス会議では、みなお金のことを話しています。お金と経済だけが大事な関心事のようです」「大人は皆、若い世代に希望を与えないといけないと言います。しかし私はあなたたちの希望などいりません。あなた方に希望を持ってほしくないのです。むしろパニックに陥ってもらいたいです。私が毎日感じている恐怖をあなた方にも感じてほしいのです」と、すべてのことに優先して温暖化対策に取り組むべきと主張した。ダボス会議の示す今年の世界の最重要課題は、気候変動問題になるはずであったのである。

 皮肉なことにその2か月後、世界はまさに彼女が訴えた通り「パニックに陥り、日々恐怖を感じる生活を送る」ことになったが、それは気候変動に対するものではなく、新型コロナウィルス感染症への恐怖だった。今や世界はコロナ感染対策で経済活動を封印して感染の拡大を防いでいるが、治療薬やワクチンの開発と普及には時間がかかるとされ、長期にわたる活動抑制と経済低迷を覚悟しなければならなくなっている。年末に英国で予定されていた国連の気候変動枠組み条約締約国会議COP26も、早々に21年11月に1年延期された。目前に広がる未知の感染症の前では、2050年までの気温上昇がもたらすであろうという気候変動の危機は、相対的に霞んでしまったように見える。
 
 そうした中でも環境派の人たちからは「コロナ危機にあっても、気候変動問題への対処は緩めたり先送りしたりするべきではない」とか、あるいは「コロナ危機の教訓は、起きてしまってから対策をとるのでは手遅れとなり、被害が甚大になるということだ。温暖化問題も手遅れになる前に早く対策を強化するべきだ」との声が聞こえる。しかし、現実にはコロナ危機のもたらす経済危機が温暖化対策の勢いを弱める可能性が高いことは、本シリーズの第1部「コロナ危機は温暖化対策の光か影か?」で論じたとおりである。それではコロナ危機が気候変動問題にもたらす真の教訓とはどういったものか。「コロナ危機と温暖化対策の行方」シリーズの第3部となる本稿ではこれについて考えていきたい。

コロナ危機の教訓

 先ず第一にコロナ感染症のパンデミックは、COVID19という未知のウィルスが世界に蔓延することによって引き起こされた、グローバルな問題である。気候変動問題が、主として温室効果ガス、とりわけCO2の排出による地球規模の温暖化の進行により、世界中で激甚災害や海面上昇等の災禍を引き起こすという点で両者は共通している。しかし、よく考えると両者には違いも大きい。先ずコロナウィルスは、人を介して感染が拡大するので、その対策の第一歩が、人の往来や接触を避けることになる。世界各国が事実上、国境をまたぐ人の往来を規制し、鎖国状態を続けているのは、まず自国の政策が関与できない、外からの入国者を介したウィルス侵入を止めた上で、自国民に対して外出規制や行動規制を求め、国内での感染拡大を収束に向かわせるという対策を採っているからである。各国が国内感染を抑え込んだら、感染が収束した国同士の国境から順次開放し、未収束の国からのすべての入国者に対して検査によるスクリーニングや行動規制をかける等の水際対策を講じることで、国内の感染再拡大を抑止することができる。

 ところが、温暖化対策の場合は残念ながらこうした国境を前提とした対策は機能しない。温室効果ガスであるCO2は、ウィルスと違って大気の中を自由に拡散するため、特定の国に由来するCO2だけをその国の中に隔離することは不可能である。ということはつまり、強い国内政策により、自国の中だけで地域限定的にCO2排出抑制に成功しても、周りの国で排出を増やせば元の木阿弥となり、努力をした自国民に削減メリットはもたらされなくなってしまうということである。すべての国が世界全体で同時に削減をすることで初めて、世界全体のメリット、すなわち地球温暖化の抑止効果を実感できるのである。

 加えてコロナ対策と比較したとき、気候変動問題の対応を難しくしているのは、対策とその効果の間の時定数が非常に長いという気候システムの特性である。コロナウィルスの場合、よく言われているように都市封鎖や外出自粛をかけて、社会全体で人々の接触機会を減らせば、約2週間後には新たな感染者の発生数減少という効果が目に見えて現れてくる。政府や政治家は、国民や市民に対して1か月余りの間、我慢を求めても、その間に「皆さんの我慢と協力のおかげで効果が見えてきています。あともう少し頑張ってください」といったメッセージを出して、市民の士気を鼓舞、維持していくことができている(それでも欧米では封鎖が1か月を超えると、反発して封鎖に従わなくなる人たちが出てきて社会問題となった)。ところが気候変動問題の場合、仮に世界が厳しい削減対策を打って、温室効果ガス排出の大幅削減に今年から成功したとしても、その成果が気温上昇の停止や減速、そして温暖化によってもたらされたはずの激甚災害の頻度低下という、目に見える成果となって表れるのは、10年かそれ以上も先になる。採った対策自体は、温室効果ガスの大気中濃度抑制による温室効果低減という即効性が期待できるのに対し、目的としている地球の気温上昇抑制は、太陽輻射による地球への入熱、大気や海洋の熱容量や伝熱速度、そのほか様々な気候システムの要因がからんだ複雑かつ長期間の応答プロセスを経て、時間をかけて徐々に発現するものであり、世界が仮に今すぐ排出を止めたとしても10年以上は温暖化の勢いが継続するとの見方もある注1) 。さらにそうした緩慢に進む気温上昇の抑制効果が、台風や豪雨、海面上昇といった災害の発生頻度や強度に対して、目に見える影響をもたらすには、更に長い数十年年以上の期間が必要となるだろう。つまり気候変動問題は、とった対策のメリットが短期的には社会の実感として感じられにくいのである。

 この気候変動問題が持つ2つの特性、つまり自国の対策だけでは成果が享受できないという「グローバル性」と、対策の効果が年単位で待たないと顕在化せず、対策のメリットは10年以上待たないと実感できないという「遅効性」は、国や地域単位で効果やメリットが即効性をもって実感できるコロナ対策とは本質的に問題の構造が異なっている。気候変動問題の場合、政治指導者たちがコロナ危機対策のように国民に我慢や自粛を訴えても、その効果は当面の間は目に見えず、災害抑止といった成果が出てくるとしても、それは政治指導者が何世代も交代してから後のことになる。もし温暖化対策が国民に我慢や活動の自粛、抑制、追加的な出費を強いるものであるとすると、短期間で成果や達成感が得られない中で、そうした負担の大きな対策を長期にわたって続けるのは非常に難しいというのが、コロナ対策からの教訓ではないだろうか。世界がコロナ危機に突入してから数か月たった今、自粛や経済封鎖を長期に続けることはできず、リスクと向かい合いながらも経済活動を再開し、感染と経済のバランスを図っていくというフェーズに入りつつある。経済にダメージを与える対策は、先の見える短期緊急対策ならともかく、長期にわたって施行することは難しいというのがコロナ危機の教訓であるが、こうした対策と経済の相克の構図が、より大きなタイムスケールで気候変動対策でもおきてきてもおかしくない。

 現状では、気候変動対策に突出して前のめりなのがEUであり、新興国、途上国等は国づくりや貧困対策としての経済発展を優先していて、世界の気候変動対策の足並みはそろっていないのが現実である注2)。しかし一方で、今後の世界のエネルギー需要とCO2排出増加の太宗は、こうした新興国、途上国に由来するというのが、専門家の共通認識である。EUではこうした積極的な気候変動対策の裏で、EU域内の消費者は既にエネルギーコスト(電気代)の高騰という影響を被っており(ドイツの家庭用、産業用の電力料金は2000年から2019年の20年間でそれぞれ2倍以上、3倍以上に高騰している注3))、また本シリーズの第2部「EUが直面する課題~EUグリーンディールの行方」で紹介したように、EUグリーンディールでは、今後のエネルギー転換政策の結果生じる域内の化石燃料関連、特に石炭関連の雇用喪失への大規模な対策費用を盛り込んでいるが、EUがそうした社会の痛みを伴う政策を強化する中で、世界全体がEUと同様の対策を足並みを揃えて実施しなければ、当分の間、気温上昇は抑制できず、災害も減らない・・つまりEU市民はその政策の目に見える恩恵を当分の間受けられず、痛みだけを感じることになる。そうした事態が長期に続けば、コロナ危機と同様に市民の反発を生み、政治的には環境のリスクを負っても経済を優先せざるを得ないといった事態を招くことになる注4)。巨額のコストをかけて実施されるEUグリーンディールの成否は、それが温室効果ガスを削減できるかどうかではなく、EU域内の経済成長や雇用の拡大に本当に寄与するかどうかという点と、その成果が比較的早く域内市民に実感できるものとして返ってくるかどうかにかかっているのである。EUグリーンディール政策は、EU域外の国々の政策如何にかかわらず、経済的にも域内雇用面でもEU社会にメリットがもたらされ、市民が成果を享受できるような政策であってはじめて、持続可能な政策となり得るのではないだろうか。そしてそれがゼロ排出、グリーン成長を基調にしたものであることによって、結果として気候変動対策としての効果ももたらすことになる。

 コロナ危機が気候変動対策にもたらした今一つの教訓は、感染症対策も温暖化対策も、経済と両立できる持続可能な解決策は、結局、新しい科学技術によってもたらされるということである。新型コロナウィルスが世界から消えてなくなることがなく、人類はこのウィルスと共存するしかないとすると、この感染症と共存して社会活動を再開し、再び人々が行き来し、交流し、集団活動を行っていくためには、有効なワクチンと治療薬、治療方法を一刻も早く開発して世界に普及させるしか根本的な解決策はない。自粛や都市封鎖、鎖国といった対策は、あまりにも経済的、社会的影響が大きく、長期にわたって耐えられるものではないことを世界は今回のコロナ危機で実感した。人との親しい付き合いや移動の自由、嗜好に合った消費活動といったものは、近代人が手に入れた価値であり、それらを安心して享受することは、社会や個人の精神の健全性を保ち、繁栄を続けるための重要な尊厳の一部になっている。

 これは気候変動問題でも同様である。70億人を超えて増え続ける人類が、必要十分な水や食料を得、快適で安全な住居を持ち、それぞれの嗜好に合った消費活動を行って、安全で快適な社会生活を送るためには、そうした活動を支えるのに必要となる莫大なエネルギーを使いつづけていく必要がある。エネルギーこそが人類の近代社会を支える基本的な投入物なのである。2018年の世界は、その必要としたエネルギーの実に81%を石油、石炭、ガスといった化石燃料に依存して社会を運営している注5)(水力と原子力を加えると一次エネルギー供給の実に87%が、依然として20世紀の発展を支えた従来型のエネルギーで賄われている)。パリ協定の求める気温上昇を2℃以内に抑えるという目標は、この約8割を占める莫大な化石資源からのエネルギー供給を、今世紀半ばまでにCO2排出のないクリーンなエネルギー源に代替し、あるいは排出されるCO2を無害化することを求めているのだが、その規模を考えるとその実現は極めて大きなチャレンジである。そして何よりも大きな課題は、そうした移行過程の中で、近代社会を支えているエネルギーの供給に量的制約やコスト的制約が課されてしまうようになると、エネルギーアクセスから取り残される人々が拡大し、そうした人々の尊厳が維持できなくなる恐れが出てしまうことである。従って、気候変動問題への究極的なアプローチは、現在低コストで潤沢に供給がなされている化石燃料に代わり、温室効果ガスを発生させない、クリーンでかつ莫大な量を化石燃料並みのコストで安定的に供給できる一次エネルギー源を開発し、一刻も早く普及させることである。コロナ感染症のワクチンや治療薬と同様に、安価、安定で大量のクリーンエネルギー供給技術を確立することこそが、気候変動問題の究極的な解決策をもたらすのである注6)

 その文脈で見たとき、現在進行中のコロナ危機はかえって温暖化対策の勢いをそぐ懸念がある。航空燃料やガソリンなど、人の移動に伴うエネルギー需要が瞬く間に蒸発し、経済活動も急ブレーキがかかっている中、石油は供給過剰状態に陥り、原油価格は歴史的な暴落を経験している(米国では原油先物価格に一時的にマイナス価格が付いた)。それに連動して天然ガスや石炭の価格も低迷していて、世界的に化石エネルギーの需給は極端な供給過剰状態に陥っている。これはとりもなおさず、そうした化石燃料をCO2排出のない太陽光や風力といった再生可能エネルギーに代替していく際の投資採算性が悪化することを意味する。太陽光や風力は、近年コスト低下が著しく、一部の地域ではkWhあたりのコストがガス火力や石炭火力よりも安くなっているといわれているが、コロナ危機が長引き、化石燃料の価格低迷が続けば、再びコストは逆転して、再エネのコスト競争力注7)が失われる可能性もある。エネルギー転換に必要とされる莫大な投資にとって、コロナ危機は大きな妨げとなって立ちふさがる懸念がある。

注1)
https://science.sciencemag.org/content/307/5716/1769
注2)
国連気候変動枠組条約、ならびにその実行枠組みであるパリ協定では、先進国と途上国の温暖化対策について「共通だが差異ある責任原則(CBDR)」が規定されていて、先進国と中国を含む途上国の対策の足並みや強度について、差別化が織り込まれている。
注3)
ドイツ・エネルギー・水道事業連盟(BDEW)、「2019年7月電力料金分析-家庭用および産業用」(2019年7月23日)
注4)
あるいはEU並みの対策をとらない諸外国に対して報復措置をとることで国際対立を招く結果となるかもしれない。コロナ危機が深刻な米中対立を生んでいる状況を見ると、国際政治の現実はこの可能性を否定できない。
注5)
IEA World Energy Outlook 2019
注6)
“The Vital Spark” ; Innovating Clean and Affordable Energy for All” (Tezuka et al.), The MacKinder Program, London School of Economics, July 2013
注7)
太陽光や風力といった変動制の自然エネルギーは、必要な時に実用なだけ電力を供給するという、化石燃料発電の持つ社会的な価値を満たしておらず、発電kWh当たりのコスト比較だけでは正確な価値の比較にならない。世界の8割のエネルギーを供給している化石燃料を代替していくためには、蓄電設備や出力制御など、需給を安定化させるエネルギー供給システムとしてのコストの低下が大きな課題である。