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コロナ危機と温暖化対策の行方(2)

EUが直面する課題~EUグリーンディールの行方


国際環境経済研究所主席研究員、JFEスチール 専門主監(地球環境)


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前回:コロナ危機と温暖化対策の行方(1)

EUグリーンディール政策の挑戦

 「コロナ危機と温暖化対策の行方」の第2部では、温暖化対策の世界を先導してきたEUが、コロナ危機でどのような影響を受けるかについて考察してみたい。コロナ危機で各国が都市封鎖など感染収束に向けて必死で取り組んでいる中、4月中旬にEU加盟13国の環境大臣らが「グリーンディールが収束後の経済政策の中心であるべきだ」とネット専門誌に寄稿した。さらに4月16日にはフォン・デア・ライエン欧州委員長がEU議会で経済再建に向けたEUの21~27年の中期予算につき数兆ユーロ規模の経済対策を考えることを示唆し、その中に環境関連対策費を盛り込んで、「再エネやクリーンな輸送、ビルの省エネ改修投資などを強化していく」と発言したと報道されている注1)

 そもそもコロナ危機勃発の前の昨年12月11日にフォン・デア・ライエン委員長は、EUとして2050年までに温室効果ガス排出のネットゼロを目指す「EUグリーンディール計画」を発表し、その中で気候変動対策に今後10年かけて少なくとも1兆ユーロ(約120兆円)の資金投入を行うとしている。財源はEU予算と関連機関の予算から捻出するという。化石燃料に依存するポーランドなどの東欧諸国の再生可能エネルギーへの転換の支援や、EU域内で影響を受ける業種の雇用転換の支援も行うとされ、そのため2021年から27年の7年間で1000億ユーロ(12兆円)の「公正な移行資金メカニズム(JTM)」を用意するとしていて、まずはEUが新たに75億ユーロを拠出して「公正な移行基金(A Just Transition Fund)」を創設し、それに欧州地域開発基金や欧州社会基金と加盟国からの拠出を加えて300億から500億ユーロ規模の基金とし、それは主に対象地域への助成金として使われるということになっていた。

 一方でEUが現在掲げている「2030年までに90年比40%の排出削減」という当面の目標を実現するためには、追加的に毎年2600億ユーロの資金が必要になるとの欧州委員会の試算もあり注2) 、そうした中でさらにEUは2030年の削減目標を50~55%に引き上げることを目指すとしている。実に「野心的な」政策といえるが、こうした気候変動政策を実施していくには莫大な資金を必要とすることは、計画にも示されているとおりである。コロナショックに見舞われる前でもこうした資金の手当てが大きな課題だったのであり、コロナ危機で経済が棄損し、第一部「コロナ危機は温暖化対策の光か影か?」に紹介したように欧州を含む各国の財政が、コロナ対策で急激に悪化し、巨額の財政赤字を抱え込むことになる中で、はたして計画通りに事を進められるかどうかが大きな課題となろう。

過剰債務下のグリーンディール

 具体的に少し見ていくと、まず第一部に書いたようにコロナ危機は、人の移動や接触を規制したために一気に消費活動が止まったことが引き起こした経済危機であり、戦争や災害と違って、企業の生産設備や交通、エネルギー、公共サービスといった国の基本的なインフラが破壊されたわけではない。需要が回復すればすぐにでも供給が再開できる資本財は維持されている。中国にサプライチェーンを依存してきた企業によるリスク分散のためのサプライチェーン見直し設備投資や、「withコロナ」の「新しい生活様式」を支えるための情報通信などの設備投資はある程度期待できるものの、発電設備や交通インフラ、オフィスや住宅建築物といった、フォン・デア・ライエン欧州委員長が指摘したような、エネルギーを大量に使う設備やインフラへの投資は、コロナ復興需要として必然的に出てくるものではなく、どうしても実施しようとすると、既存の(壊れていない)資本財を捨てて新たにグリーンな設備やインフラに入れ替えるという、政策的な後押しがあってはじめて需要が発生する類の投資案件である。コロナ危機による需要喪失で資金繰りや雇用維持のため債務を膨らませた民間企業や各国政府が、はたして償却の終わっていない(債務の返済も終わっていない)設備やインフラを廃棄してまで、グリーンな設備に入れ替えを加速的に行うことになるだろうか?少なくともその優先順位は、借金の返済による財務の健全化や雇用や配当の維持よりも低くならざるをえないのではないだろうか。

 もちろんEUないしは各加盟国政府が、そうした設備やインフラの更新をサポートする補助金その他の促進政策を強化すれば、それなりに民間投資が進む可能性はある。しかしその資金をどこから手当てするかが大きな課題となる。EU自身には徴税権がないので、基本的には加盟各国の財政拠出によって賄われることになるが、各国の財政自体が既にコロナ危機で疲弊している。温暖化対策以前に、瀕死の状態に陥るイタリアやスペインの財政をいかに支援するかが焦眉の急になるだろう。仮に報道されているように独仏が合意したEU共通債の発行で5000億ユーロを超える復興資金を調達し、経済、財政が深刻な南欧の国々に無償供与するという案が実行されれば、EU加盟国政府は将来それだけの債務を返済していかなければならなくなる。その財源はどこから持ってくるのだろうか。EUグリーンディールに向けた財政出動は、仮に実行しようとするとこうしたコロナ対策のために膨張する債務の上にのしかかってくることになる。

 EUグリーンディールが計画する「公正な移行基金」では今後7年間で1000億ユーロを投じるとしているが、これは基本的にグリーンディール下の脱石炭・化石燃料政策によってこれから「人為的に」引き起こす関連雇用喪失(石炭依存の大きなポーランドなど東欧諸国が対象となる)への対策資金であり、今は先ずイタリアやスペインといったコロナ危機で経済や雇用に壊滅的な打撃を受けた国々の支援資金が焦眉の急である。はたしてEUはすでに起きてしまっている経済・雇用危機に巨額の資金支援しながら、更に新たな資金を用意して脱炭素化のために新たな雇用喪失を引き起こすというような政策を敢行できるのだろうか。

EU-ETSの行方

 実はEUグリーンディール計画の主要な財源として期待されていたのが、欧州排出権取引制度(EU-ETS)におけるオークション収入であった。EU-ETSでは対象となっている事業所(工場)に対して、排出上限(Cap)を設定し、その上限を超えて排出する工場は市場から排出権を買って補填しなければならない仕組みが導入されている。さらに、現状では企業の国際競争力に配慮する形で、各工場はEUの定めたベンチマークに基づき、Capとして認められた排出枠分までの排出権を無償で配布され、ベンチマークに達しない非効率な生産量に充てるための排出権については政府のオークションで有償購入しなければならないことになっている(国際競争にさらされていない発電事業は排出枠の全量をオークションで調達)。このオークション収入が、EU各国政府の気候変動対策の重要な財源となっており、2013~15年実績によるとオークション収入は総額118億ユーロとなっており、このオークション収入から79億ユーロが気候変動対策に、そのうち41億ユーロが再生可能エネルギー普及促進のための補助金として拠出されている。この時期の排出権価格はリーマンショック後のユーロ危機の影響で余剰排出権が大量に発生していたため5~7€/tCO2に低迷しており、その後排出権価格を人為的に上げるための複雑な施策が導入され、19年夏には30€前後まで持ち直していた。ETSのオークション対象事業所の拡大やCapの強化と相まって、少なくとも15年の4~5倍、200億ユーロを上回る財源が毎年期待されていたのである。これがEUグリーンディール政策推進のための重要な財源と見込まれていたのは言うまでもない。

 ところがコロナショックが発生し、EUの排出権価格は今年3月25日には16€まで約40%も下落、5月初めの排出権価格はやや持ち直したものの依然として20€を切っている。30%以上の値下がりである。これだけでも今後のEUのオークション収入は大きく減ってしまう計算になるのだが、実は今後何よりも問題となるのが、余剰排出権の発生である。リーマンショックが襲った2008年以降、企業活動が低迷し、対象事業所が排出枠を余らせるようになったため、EU-ETSの排出権市場には20億トン以上もの余剰排出権が溢れることになった。これが12~13年の5€/tCO2以下という排出権価格の暴落をもたらしたのであるが、コロナショックはリーマンショックを上回る経済危機になることは間違いない。ただ、EUはリーマンショックによる余剰排出権問題に対処するために、14~16年に予定していたオークションによる9億トンの排出権発行を棚上げ(バックローディング)し、また19年1月からは市場安定化リザーブ(MSR)という制度を導入して、市場に一定量(8.33億トン)以上の余剰排出権が発生した場合、毎年のオークションへの排出権の供給を、市場にある余剰排出権の12%相当量(19年以降は24%)だけ延期(リザーブ)し、将来余剰が解消したら再び市場に戻す(ただし年間1億トンずつ)という自動調整対策を導入している。MSRに排出権を棚上げするということは、政府にとってはいわば排出権発行によるオークション収入を将来に先送りした形である。そして一旦バックローディングやリザーブされて棚上げされた排出権は、2023年以降、前年のオークション量を上限としてそれを超える量は無効とする、つまり価値ゼロにするというルールになっている。

 この制度がコロナショック後のEUで引き続きそのままの形で実行されていくとすると、コロナ危機で事業活動が低迷する企業の排出権需要は激減することから、余剰排出権は20億トンをはるかに超えて膨んでいき、その結果オークションに供給される排出権は大きく減少し、それが価格低迷と相まって、見込んでいた政府のオークション収入は激減することになる。さらにコロナ不況の長期化は不可避とされており、2023年までに余剰が回復する見込みはないことから、EU政府は発行を棚上げしてきた莫大な量の排出権を無効化せざるを得ないことになる。つまり、先送りされていたオークション収入が消えてしまうわけである。仮にこの失効する排出権が30億トンとして1トン20ユーロで計算しても600億ユーロ(6兆円)の財源が消失することになる。加えて、ETS対象企業は、コロナショック前に必要と見込んでいた事業活動に必要な排出権を、コロナショックによる生産停止(低迷)により大量に余らせることになる、しばらくは追加購入の必要性はなくなり、オークション参加を控えることが考えられ、従って発行量を抑えたオークションにおいても需要も価格も低迷することになるだろう。EUはコロナショックで機能不全になるリスクの出てきたこのETSの制度を再び見直さざるを得なくなると思われるが、経済危機の下で行われる制度見直しは紆余曲折が予想され、どのような見直しが行われるか見通しがつかない。

 2010年以降のユーロ危機に端を発するETS排出権の余剰は、排出権価格の長期低迷をもたらし、その間に政府が予定していた研究開発補助金が大きく削減され、当時本格的に検討されていたCCUの実証試験などが雲散霧消してしまった。また排出権価格低迷の結果、ドイツをはじめEU各国の発電事業者は、この時期に安い排出権を買ってCO2排出可能枠を増やした上で、石炭火力発電の拡大を進めた。ドイツでは自国産の褐炭やロシアから輸入した石炭を使った発電の比率が大きかったが、最近ではシェールガス革命により安価な天然ガスとの競争に負け、余剰となった安価な米国産の石炭をドイツは大量に輸入して(15年のドイツの石炭輸入量は5450万トン)、安い排出権でCO2排出を相殺して低コストで発電を行ったため、再エネ導入の拡大にもかかわらず、コロナ危機前のドイツは2014年以降17年まで温室効果ガス排出はほぼ横ばいにとどまり注3) 、その結果17年のCOP23の場でメルケル首相は「2020年に90年比20%排出削減」という京都議定書の目標達成は不可能と宣言せざるを得なかった注4) 。つまりコロナ危機のもたらしている排出権価格の低迷は、EU域内の化石エネルギーの相対的な価格競争力を高めることに繋がり、温暖化対策の遅滞を招くことになりかねないのである。これが長引けば、影響はさらに深刻化していくことになる。

それでも環境優先か・・・

 以上のように財源不足が深刻化することが予想される中でも、フォン・デア・ライエン委員長率いる欧州委員会は、コロナ危機を乗り越えた後の経済再建政策では、グリーン投資の拡大を奨励し、また景気刺激のための財政政策にあたっては、脱炭素化に資する投資という条件をつけ、化石燃料の使用拡大を伴う投資は禁ずるなどのグリーン投資誘導を行うべきとしている。航空産業の支援には、バイオ燃料の活用による排出削減を義務付けるべきといった声も聞こえる。しかし現実には欧州最大の航空会社であるルフトハンザですら、政府支援がなければ経営破綻を免れない経営危機に直面している。本稿執筆時点の5月下旬には、ドイツ政府は同社に対して90億ユーロ(1兆円超)の出資による救済を交渉しているというが、救済条件をめぐって交渉が続けられており、政府は出資金への配当による資金回収を求めているという注5) 。今後の政府やEUとの交渉の行方がどうなるかは予断を許さないが、そうした返済資金を自己調達できるようになるためには、経営はありとあらゆる収益拡大策を講じる必要があり、果たしてコスト高を招くようなバイオ燃料によるCO2排出削減に取り組む余裕などあるかどうかは、はなはだ疑問ではないだろうか。コロナ危機の経済影響の深刻さが次第に顕在化していく中で、果たしてEU各国がこうしたコロナ復興とグリーンディールを抱き合わせた「環境条件付き」の景気対策を行っていくような余裕が残るかどうか、今後注視していく必要があろう。

注1)
News Forecast「経済再生、環境政策を軸に」日本経済新聞 2020年4月19日
注2)
https://www.europarl.europa.eu/RegData/etudes/BRIE/2020/649371/EPRS_BRI(2020)649371_EN.pdf
注3)
Clean Energy Wire, UBA 2018 Preliminary Data
注4)
皮肉なことに今回のコロナ危機のおかげでドイツは2020年の温室効果ガス削減目標をひょっとしたら達成できるかもしれない。
注5)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59600140W0A520C2SHA100/?n_cid=SPTMG002