福島の環境回復(1)-10年目を目前にー
除染の進捗
井上 正
一般財団法人 電力中央研究所名誉アドバイザー
東京電力(株)福島第一原子力発電所(以下、1F)事故から間もなく10年が経過しようとしている。この事故を受けて1F敷地外の環境汚染を修復するために「平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所により放出された放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法」が平成24年1月1日に施行された。それに伴い図1に示すように避難指示区域が設定された(事故直後に設定された避難指示区域、警戒区域が同法に基づいて見直された)。そこでは年間の推定被ばく線量をもとに、避難指示解除準備区域(年間被ばく線量20mSv以下)、居住制限区域(年間被ばく線量20mSv~50mSv)、帰還困難区域(年間被ばく線量50mSv超)に分類された。避難指示解除準備区域、居住制限区域では環境省による除染が精力的に行われ2017年4月までに大熊町を除いて両区域の避難指示が解除された。
また、大熊町においても、避難指示解除の要件である推定積算年間線量が20mSv以下であること、生活に必要なインフラが整備されていることの条件が満たされたとして行政部局とも協議したうえで、2019年4月1日に両区域の避難指示が解除された(図2参照)。現在は、浪江町、双葉町、富岡町、飯舘村など帰還困難区域を抱かえる町村で特定再生復興拠点を中心に除染が行われており、大熊町、双葉町、富岡町では先行的にその一部について2020年3月に避難指示が解除された。放射性セシウム(半減期約2年のセシウム-134、同約30年のセシウム-137)による汚染は避難指示区域外でも福島県を中心とした市町村に広がり、汚染状況重点調査地域とされた各市町村が除染を行った結果、山林地を除いて追加線量年間1mSvが達成されている。このように現在は1Fサイトの近くの町村の帰還困難区域を除いて面的除染は終了している。
筆者は事故後初期のころから行政施策(市町村の除染検証委員等)や日本原子力学会の活動としてサイト外の除染に関与しているが、この除染の推進にあたっては環境省や市町村行政が果たした役割は大きい。学会は2011年5月に面的な除染、モニタリングの一元化の必要性を提言した。それまでは各種ボランティアや大学教員等が、汚染地区に入り自主的に除染やモニタリングを行っていた。ある浜通りの地域の首長から「勝手に村に来て線量を測定し村や住民に話もなく公表している、また除染をした後の汚染廃棄物をその場に放置している。このようにそれぞれの専門家がバラバラに行っている、言っていることで住民に不安を招いている」という言葉が印象に残っている。一方、初期の段階で小・中学校のプールや運動場をNPOが除染にあたり父兄や市町村から感謝された事例もあったことは付け加えておきたい。
この後、政府は2011年8月に福島市に除染推進チームを設置[1]し、一元的な除染を開始した(避難指示区域は環境省直轄、汚染状況重点調査地域は市町村が実施)。これにより除染は効果的に進められるようになったが、このような未曾有な事故で経験のない広範囲にわたる環境汚染の除染の推進に際しては、関係者の不断の努力がなされたことも記憶しておく必要がある。降ってわいた災害に遭われた住民の方に対しては、これまではほぼ無縁であった放射線、放射能とは何か、除染はどのようにするのか、など一から説明が必要であった。
住民の帰還を進めるにはまず除染が必要であるが、その前に除染の説明、土地、建物の所有者の確認、所有物への立入り許可、所有物損害への補償など同意が必要であった。さらに除染を効率的に実施するには除染で発生する土壌、ガレキ、伐採木等の汚染物の保管場(仮置き場)の確保も不可欠であった。当時の環境省の職員が各市町村や行政区を頻度高く訪問し、その人たちの信頼を得てきたという努力も除染の推進に大きく貢献したとの印象を筆者は持っている。また、ある首長から「除染の推進、住民の帰村に向けて平成24年には年間300回及ぶ住民との協議、対話集会に行きました」と聞いたのは印象的で、住民の信頼を得るにはこのような努力が必要であるという示唆に富む事例である。
次に森林の除染について触れる。環境省は住居敷地境界から20mの範囲で山林を除染しているが、住民には、線量がまだ高いところがある、山の汚染が移動してくるのではないか、という不安も多い。これらのところでは住居の山側の隅に比較的線量が高いホットスポットが見られることもあり、各市町村が設置している検証委員会等が線量やその影響を調査し、必要に応じて行政側で対応することも住民の安心につながると考えられる。また、山林の放射性セシウムはそのほとんどがその域中で循環していることがこれまでの調査で分かっているが、住民の不安に対応するためにも定点で時々線量を測定してみることも必要であろう。
- <参考文献>
- [1]
- 東京電力福島第一原子力発電所事故により放出された放射性物質汚染の除染事業誌」 環境省、除染事業誌編集委員会 平成30年3月