MENUMENU

花粉には強力な「公害対策」が必要だ


茨城大学講師


印刷用ページ

 花粉症は、世の中に重大な被害をもたらしている「公害」である。だが、政府はその対策を怠ってきた。政府は責任を持って発生源であるスギの人工林を速やかに伐採すべきだ。

花粉症による被害の実態

 日本人の3人に1人が患者とも言われる花粉症は、今や「国民病」と呼べる存在である。平成28年度に東京都が実施した花粉症患者の実態調査によると、都内のスギ花粉症有病率は約50%におよび、国民の多くが花粉症に悩まされている注1)。スギ花粉の表面に付着する微小粒子や花粉と一緒に飛び出す微小粒子は喘息や花粉症を悪化させる強い抗原性を持ち、気管支喘息を引き起こすと言われている注2)。これらの1ミクロンから数ミクロンの微小粒子は、環境基本法(前 公害対策基本法)に定義されている浮遊粒子状物質に分類されることから、公害の原因物質であるともいえる。花粉症の被害者数は、過去のいかなる大気汚染よりも、桁違いに多い。
 花粉症は、健康被害だけでなく甚大な経済的損失ももたらしている。2019年3月の第一生命経済研究所による試算によると、2019年1月から3月までのたった3ヶ月の間で外出を控えたことにより家計消費が5,691億円下がり、減速感漂う日本経済にダメージを与えた可能性は否定できないという注3)。これに加えて、医療費や労働効率の低下による経済的損失は2000年当時で約2,860億円と試算されており、当時よりも患者が増えていることを鑑みれば3,000億円を超えているといわれている注4)。さらには、目のかゆみ・鼻水・くしゃみや頭痛などの花粉症の諸症状が人間の集中力をそぎ、仕事の効率を下げ、結果的に経済損失につながっている。また花粉症が引き起こすアレルギーは、他のアレルギーを誘発する「アレルギーマーチ」のきっかけとなり、一生に亘って人々を苦しめている。

花粉症対策の実態

 いま日本にあるスギの大半は自然のものではない。人間の手で植えられた「木材生産工場」である。日本全国で花粉症が蔓延している原因は、1950年以降、戦後の住宅建材を供給することを目的とした「拡大造林」という国策である。政府の補助により全国の山林所有者が競ってスギに植え替え、建材の供給体制は整った。しかし、20~30年経つとスギの雄花から花粉が飛散し始め、1970 年以降には植林されたスギ人工林から大量の花粉が飛散し続けることになったのである。
 花粉症が問題になって長い年月が経っているのに、日本の花粉症対策の進展は極めて遅い。驚くべきことに、花粉への対策は政府主導ではなく、地方自治体によってボランタリーかつ極めて限定的に行われている注5)。今やスギ人工林は、同じく戦後に植樹されたヒノキ人工林と合わせると全国の森林面積の7割を占めている注6)。それらの花粉が県境関係なく縦横無尽に舞う中で(図1)、国全体での大規模な伐採を進めない限り、花粉症問題の根本的な解決はありえない。


図1 スギ花粉は極小なので風に乗って数十kmも舞い飛ぶ注7)

 このような状況に対して、政府の対応はどうだったか。当の林野庁は、「60年代にスギ花粉がアレルゲンとして認定されたが、拡大造林当時、大量のスギが花粉症を引き起こすという認識はなかった」と自らの責任を否定している注8)。環境省も、多くの人が苦しんでいるときに花粉を大気環境物質ではなく規制対象にもならないとしている注9)
 確かに、花粉アレルギーの発生メカニズムの全容はまだ明らかにされていない。例えば、人間の衛生状態が改善したせいでアレルギー反応を起こしやすくなったという衛生仮説注10)も否定できない。それでも、スギ花粉がアレルゲンであり、それによって花粉症が起きていることは確かである注2)。通常の公害問題ならば、この程度の因果関係があれば、排煙処理設備の義務付けや操業の停止など、政府が有無を言わさず厳しい排出規制を行うことは常識である。しかし、花粉に対しては今もこの常識が適用されていない。これは、行政の不作為である注11)
 政府は花粉症の有効な治療法や無花粉スギ等の花粉症対策品種の開発及び普及、花粉の少ない森林への転換の促進、スギ花粉の飛散防止技術の開発等の施策で対策を講じていると主張しているが注12)、この方法では100年かかっても花粉症はなくならないだろう。

速やかな伐採を

 将来の健康と国力の維持のために早急にしなければならないことは、政府主導で全国の樹齢30年以上のスギ人工林の伐採を進めることだ。
 スギ人工林には、木材生産を始めとして、二酸化炭素固定や水源涵養・防災など多面的な機能があり、伐採によってこれらが失われる懸念はある。だが、これらの機能は他の樹木(例えば、成長の早い広葉樹)の植林を行うことで十分に代替できる注2)。特に、大規模皆伐のメリットは大きい。例えば、宮崎県では伐採業者の間で「適切な皆伐こそが環境保全に繋がる」という共通認識をもって、大型機械を導入し伐採や搬出のコストを下げ、短期間に広大なスギ人工林の皆伐が進められている注11)。数ヘクタールのスギ林を皆伐し再植林する事業はこれまでも営利目的で広く行われてきているのだから注11)、花粉症対策で皆伐ができないということはない。もしも地理的に皆伐がふさわしくない場所であれば、枝打ちや間伐など他の方法を検討すればよい。
 また、花粉の主な発生源は花粉濃度の観測や大気拡散シミュレーション(花粉予報)注13)によって特定できている。つまり、どの地域のスギが最も重要な公害をもたらしているのかはすでにわかっている。日本のスギを全て伐採する必要はなく、社会に甚大な被害をもたらしているスギ人工林を重点的かつ速やかに伐採すべきだ。
 多大なる経済損失と健康被害が毎年のように起きている現状を見過ごしてはいけない。被害者は声を上げるべきだ。政府の生ぬるくコストも時間がかかる花粉症対策が抜本的に改善されない限り、これから生まれる子供たちも花粉症に苦しむことになるだろう。

注1)
東京都福祉保健局(2017)花粉症患者実態調査報告書
http://www.metro.tokyo.jp/tosei/hodohappyo/press/2017/12/18/14.html
注2)
奥野修司(2007)花粉症は環境問題である, 文春新書.
注3)
第一生命経済研究所(2019)花粉の大量飛散が日本経済に及ぼす影響
http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/pdf/macro/2018/naga20190305kahun.pdf
注4)
衆議院質問本文情報(2016)花粉症対策に関する質問主意書
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a190306.htm
注5)
大沼あゆみ研究会(2008)効率的な花粉症対策のあり方―都市と地方に注目して―
http://www.f.waseda.jp/akao/InSemi08/K-E-HayFever.pdf
注6)
スギ・ヒノキ林に関するデータ(林野庁)
注7)
田中淳夫(2018)無花粉スギに未来はあるか?
https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakaatsuo/20180309-00082512/
注8)
Wedge Report(2013)花粉症に苦しむ人はなぜ減らないのか
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/2741
注9)
Wedge Report(2013)環境省にとって他人事の花粉症
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/2753
注10)
斎藤博久(2006)衛生仮説, 呼吸, 25, 373-377.
http://nrichd.ncchd.go.jp/imal/Publication/0604SaitoHygiene_Kokyu.pdf
注11)
Wedge Special Report(2013)花粉症は「公害」だ 行政の不作為を問う, Wedge, 25, 42-46.
注12)
衆議院答弁本文情報(2016)衆議院議員本村賢太郎君提出花粉症対策に関する質問に対する答弁書
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b190306.htm
注13)
COMZINE Archives(2011)独自のシミュレーションで飛散量を予測!
https://www.nttcom.co.jp/comzine/archive/newdragnet/newdragnet58/index.html