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CO2フリー燃料、水素エネルギーキャリアとしてのアンモニアの可能性(その1)

-SIP「エネルギーキャリア」の成果-


国際環境経済研究所主席研究員、元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター


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SIP「エネルギーキャリア」の成果の概要

1.はじめに

 アンモニア(NH3)には、CO2フリー燃料、水素エネルギーキャリアとして、「水素社会」の構築に大きな役割を果たす可能性があることが、世界共通の認識となってきました。
 このNH3の有用性については、IEA(国際エネルギー機関)の専門家による科学的、経済的分析でも確認され、今年6月に軽井沢で開かれたG20の閣僚会合にIEAが提出・公表した、水素エネルギーに関する包括的なレポート“The Future of Hydrogen”(2019.6)でも、そのことが明記されました注1)。こうしたこともあって、CO2フリーNH3の供給ポテンシャルをもつ国々では、世界が目指す脱炭素社会の構築においてCO2フリーNH3が大きな役割を担うことになるとの期待から、その開発、供給体制の構築に向けた企業や政府機関の活動が活発化しています。
 こうしたエネルギーシステムの大きなイノベーションにつながる可能性のあるNH3のポテンシャルは、わが国が取り組んできた研究開発の成果によって明らかにされ、世界で広く認識されるようになったものです。その成果は、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」(プログラム・ディレクター:村木 茂(東京ガス(株)アドバイザー)によって生み出されました。
 SIP「エネルギーキャリア」は、2014年にその活動を開始したのち、世界でも注目される大きな成果を挙げて、2018年3月末にその5年間の活動を終了しました。これまで数多くの政府主導の研究開発プロジェクトを近くで見てきた私から見ても、SIP「エネルギーキャリア」は、(自画自賛になるかもしれませんが)出色の成果を挙げたプロジェクトであったと思います。
 これまでも、このテーマについては、この国際環境経済研究所の紙面で何回か書かせていただきましたが、SIP「エネルギーキャリア」が終了したこの機会に、SIP「エネルギーキャリア」の成果と、それによって明らかにされたNH3のCO2フリー燃料、水素エネルギーキャリアとしての可能性等について、総括的な報告を連載の形で書かせていただきたいと思います。
 連載では、「エネルギーキャリア」に係る研究開発が、何故、重要なテーマとしてSIPで取り上げられることになったのか、SIP「エネルギーキャリア」は、何故、研究開発プロジェクトとして画期的な成果を挙げることができたのかなど、プロジェクトの内容だけにとどまることなく、関連するエネルギー政策、技術政策に関わる問題や論点についても、触れていきたいと考えています。

2.SIP「エネルギーキャリア」がもたらした成果の概要

 SIP「エネルギーキャリア」とは、何を目指したプロジェクトで、その成果はどのような新たな可能性を切り開いたのか。まずは、その概要をご紹介することにしましょう。

 日本は、「2050年までに80%の温室効果ガスの排出削減という長期目標を掲げ注2)」ていますが、その目標の達成には、水素エネルギーが重要な役割を果たすと考えられています注3)。水素は、地球に大量に降り注いでいる太陽のエネルギーと水から作ることができる、ほぼ無尽蔵のクリーンなエネルギー資源です。ただ、水素自体は常温常圧では気体であり、また、体積当たりのエネルギー密度がとても小さい注4)こと、着火しやすく爆発的に燃える物質であることから、その輸送や貯蔵は容易ではありません。このため、水素を長距離輸送する場合には、水素をエネルギー密度が高く、かつ、輸送、貯蔵が容易な状態や物質に変えて取り扱う必要があります。こうした輸送、貯蔵が容易な状態や物質に変えたものを「エネルギーキャリア」と呼んでいます。
 SIP「エネルギーキャリア」では、エネルギーキャリアとして液化水素(LH2)、アンモニア(NH3)、メチルシクロヘキサン(MCH)の3つを取り上げ、その製造、輸送、利用技術の開発を行いました。(その個々のエネルギーキャリアについての説明は、本サイトの別の記事注5)を参照ください。)そして、これらの研究開発を進める中で、NH3の直接利用技術に大きな進展があり、NH3が注目されることになったのです。
 ここで「直接利用技術」とは、NH3を直接、燃料として利用する技術のことです。これまで、それぞれのエネルギーキャリアは、水素からLH2(この場合は液化)、NH3、MCHを製造し、輸送の後、利用する際にそれらから再び水素を取り出す(LH2の場合は気化、NH3の場合はクラッキング(分解)、MCHの場合はMCHからの脱水素)というプロセスを必要としていました。こんな一見、無駄に見えるようなことをするのは、水素エネルギーを長距離運ぶ場合には、気体水素のまま運ぶよりも、エネルギーキャリアの形で運んだ方が容易で、コスト的にも安価だからです注6)
 直接利用が可能ということは、NH3のままでNH3のもつ水素のエネルギーが利用可能ということであり、それは、水素をキャリアから取り出すためのプロセスもコストも不要ということを意味します。また、NH3の直接利用に必要となる技術の実装(燃焼機器等の改造等)には、それほど大きなコストを要しないことも、SIP「エネルギーキャリア」の研究開発及び調査分析結果から明らかになりました。
 NH3の直接利用が可能ということと、以下のNH3という物質が有する特性から、NH3の利用によって、日本への水素エネルギーの導入に伴う技術的、経済的なハードルが大きく下がることが明らかとなったのです。そのNH3の特性についてIEAの“The Future of Hydrogen”は、次のように述べています:

 「NH3は水素と空気中の窒素で合成でき、燃焼してもCO2を発生しないこと、NH3は容易に液化が可能で、液化NH3の体積当たりの水素密度は液化水素よりも50%大きいこと、NH3は既に冷媒、肥料原料、爆薬の原料として長年、大量に使用されていること、そして、現に、大量のNH3が海を越えてタンカーで輸送・貯蔵されているという実態がある注7)

 コスト面でもNH3をキャリアとして水素エネルギーを運ぶことの優位性が、SIP「エネルギーキャリア」で行った分析調査から明らかとなりました。同様の結論が、先のIEAの”The Future of Hydrogen”の別の分析でも得られています注8)
 加えて、SIP「エネルギーキャリア」では、CO2フリーNH3のサプライチェーンに関するコスト分析を行うことにより、わが国においてNH3をCO2フリー燃料や水素キャリアとして利用することの経済的可能性も明らかにされました。NH3の製造コスト、輸送コストは、先述のとおり、NH3が大量に生産され、国際間で取引きされているという実態があることから、容易に推計可能です。このコスト分析では、具体的に場所を特定して、資源や立地環境に恵まれている国々や地域で安価なCO2フリーNH3を製造し、ケミカルタンカーにより日本に運び、日本の発電所で荷揚げし、発電設備に供給するという、具体的なサプライチェーンを想定したコスト計算を行いました。そして、NH3をCO2フリーの燃料として日本の発電所で用いることは、経済的にも十分に成立する可能性があることを明らかにしたのです注9)
 こうした成果がベースとなって、SIP「エネルギーキャリア」の終了後、その成果を社会実装することを目的とした民間団体、(一社)グリーンアンモニアコンソーシアムが、約70の内外の資源エネルギー企業、電力会社、商社、エンジニアリング企業等と約10の内外の国や自治体の関係機関、研究機関等の参加を得て、2019年4月に設立され、活動を開始しています。そうした活動と並行して、商業ベースでもCO2フリーNH3のバリューチェーンを構築するための複数の具体的な取り組みが、内外の企業グループによって実際に始まっています。
 NH3の直接利用技術は、さまざまな分野での化石燃料の利用によるCO2排出低減に寄与しますが、当面は、火力発電からのCO2排出の大幅な低減に寄与するものとして期待されています。これについて、先のIEAの”The Future of Hydrogen”は、この技術を既存の石炭火力発電のCO2排出削減の重要かつ有力な手段として積極的に評価し、位置付けました。今後、徐々にその役割を減じていくと考えられるものの、石炭火力発電は、現在、世界の発電の主力を担っているだけでなく、設備寿命から見て、少なくともあと20年前後は世界の発電量の相当部分を担い続けるとの現実認識に立っての評価です。
 また、NH3はLNGと混焼することにより、LNG火力発電の低炭素化にも寄与します。LNG火力からのCO2排出は石炭火力ほど多くはなく、LNGに水素を混焼するなど、他のCO2排出削減のための手段もあり得るので、石炭とNH3との混焼発電ほどには注目されていませんが、ガスタービン発電でのNH3の利用も、脱炭素化社会の実現に大きな役割を果たす可能性をもっています。NH3の輸送、貯蔵は水素よりもはるかに容易なので、このガスタービン発電の分野におけるNH3の役割も見逃すことはできません。
 ガスタービン発電の分野では、すでに小型ガスタービンの分野でNH3専焼(=すなわち、CO2を排出しないガスタービン発電)のガスタービン発電機が商業化されていますし、数MWクラスのガスタービンでは、NH3混焼ガスタービン発電機が開発、実証されています。さらに、数百MWクラスのコンバインドサイクル・ガスタービン(CCGT)のNH3混焼技術の開発も進んでいます。
 今後、発電に占める太陽や風力エネルギー等の再エネ利用の割合が増加するにしたがって、火力発電は電力系統の調整力の確保手段としての重要性を高めていくことになりますが、これらのNH3の混焼ガスタービン発電技術は、調整電源としてのガスタービン火力発電の低炭素化の手段としても重要なものになると、IEAも注目しています。

3.今後の連載に向けて

 次回以降では、個々の研究開発成果、成果の実用化に係る経済性評価の結果、そしてプロジェクト終了後も続いている成果の社会実装に向けた活動の状況等について、より詳しくご紹介します。加えて、上記の概要説明では立ち入らなかった水素エネルギーの重要性等、より基本的な説明とともに、水素エネルギー、エネルギーキャリアに関連して提起されることの多い議論等についても触れていきたいと思います。

注1)
このレポートの概要については、「IEAの水素レポート”The Future of Hydrogen”」(2019年7月24日掲載の本サイトの解説記事)をご参照ください。
注2)
「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」 2019年6月11日 閣議決定。
注3)
「水素エネルギーが重要な役割を果たす」ことの説明は、連載の第2回目で説明します。
注4)
ガソリン1リッターと同じ熱量をもつ水素の体積は、常温常圧では3.000リッターにもなります。輸送、貯蔵においては、体積当たり、どれほどのエネルギー量をもっているか(体積エネルギー密度)が重要です。
注5)
それぞれのエネルギーキャリアについての説明については、本サイトの解説記事「水素社会を拓くエネルギーキャリア」(8)~(11)をご覧ください。
http://ieei.or.jp/2015/02/expl150206/
http://ieei.or.jp/2015/02/expl150218/
http://ieei.or.jp/2015/03/expl150317/
http://ieei.or.jp/2015/03/expl150330/
注6)
水素を長距離運ぶ必要がなければ、こんな手間をかける必要はありません。IEAの“The Future of Hydrogen”(2019年6月)は、水素の輸送距離が1,500km以下では水素ガスをパイプラインで、それ以上の距離では水素をNH3またはLOHC(Liquid Organic Hydrogen Carrier:MCHはその中の一つ)の形にして、船で輸送するのが安価であることを分析により示しています。(注1に記した解説記事をご参照ください。)
注7)
NH3は、世界で年間1憶8,000万トンが生産され、1,800万トンが国際間で取引きされています。
注8)
このIEAによる分析結果については、注1に記した解説記事をご参照ください。
注9)
SIP「エネルギーキャリア」の一環で行われた「CCS・EOR技術を軸としたCO2フリーアンモニアの事業性評価」 (2019.1、(一財)日本エネルギー経済研究所)を参照。