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水素で燃料輸出維持を図るオーストラリア

日本にとって水素輸出国との連携がより重要に


国際環境経済研究所所長、常葉大学経営学部教授


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(「月刊ビジネスアイ エネコ」2019年2月号からの転載)

 10年以上前のことだが、米国の環境活動家、レスター・ブラウン氏の講演を聞いたことがある。ブラウン氏は講演で、米アリゾナ州の砂漠地帯に太陽光、風力発電設備を設置すれば、再生可能エネルギーで米国の電力需要を賄うことができるという主旨の話をされた。
 あまりにバラ色の説明に疑問を持ち、質疑応答の際、「安定的な電力供給をどのように行うのか。それだけの再エネを受け入れる十分な能力が送電網にあるのか」と質問した。レスター氏は「再エネの発電量が余った場合は、水を電気分解し水素に変えておけばよい。水素の形で輸送すれば、送電線は不要」と回答した。
 この講演があった2000年代、米エネルギー省(DOE)が水素製造や燃料電池の技術開発などに力を入れ、最盛期を迎えていた。予算額は毎年伸び続け、08年度には水素・燃料電池関連予算が2億7200万ドル(約300億円)に達した。しかし、この年をピークに予算額は減少し続け、19年度の予算要求では前年度比43%減の5800万ドル(約64億円)まで落ち込んでいる。
 DOEの予算が減額される理由の1つは、水素の大きな需要をつくる燃料電池車(FCV)に対する米国市場の評価によるものだろう。例えば、電気自動車(EV)メーカー、米テスラ社のイーロン・マスクCEOはFCVをまったく評価しない。FCVの効率は水素の製造工程を考えると、EVの3分の1程度。燃料の水素を充填できる場所が限られるというデメリットがある。唯一の利点は充填時間が短いことだが、これもEVの電池性能の向上により大きなメリットではなくなるとの見方もある。
 EVメーカトップの発言なので多少割り引く必要はあるが、米国市場ではFCVを冷めた目で見ているようだ。
 米ナスダック市場に上場しているベンチャー企業フューエルセル・エナジーの株価は、2000年9月に577ドルを超えたが、10年後の10年9月には14.76ドルまで下落し、現在の株価はピーク時の1000分の1以下の50セントほどに過ぎない。同じナスダック市場に上場しているテスラ社の株価は295ドル(昨年12月24日)。投資家の期待の違いが表れている。
 米国とは対照的に、水素関連の技術開発と、水素の商業化・輸出に力をいれているのが豪州だ。豪州は石炭、天然ガスなどの化石燃料が豊富な国だが、気候変動問題への対応から化石燃料への風当たりは強まっている。化石燃料を中心とした資源輸出で稼ぐ国としては、将来に備え新たな輸出産業を創出する必要があるのだろう。

化石燃料から水素へ

 豪州の主な輸出品目は、鉄鉱石、石炭、天然ガスなどだが、アジア諸国の石炭需要の増加を受けて、石炭の輸出量の伸びが目立っている。17年の財の輸出額は表1の通りだが、石炭の輸出額は前年比35%増の565億豪州ドル(約4兆5000億円)と史上最高を記録した。これは財の輸出総額の約20%を占めている。鉄鋼製造用のコークスに使用される原料炭輸出が1億7200万トン(約357億豪州ドル)、発電用など燃料として使用される一般炭が2億トン(約208億豪州ドル)となっている。


※合計にはその他の品目を含む
出所:豪州外務省

 豪州は石炭の生産量で、中国、インド、米国に次ぐ世界第4位だが、輸出量は低品位の褐炭の輸出が多いインドネシアに次いで2位、輸出額では世界一だ。しかし、石炭輸出の今後の見通しは明るくない。気候変動問題への対応のため、先進国を中心に石炭火力発電への風当たりが強くなり、世界一の石炭消費国・輸入国の中国も大気汚染問題解決のため石炭火力を削減する動きをみせている。豪州の石炭輸出は17年がピークで、今後は減少傾向になるとの見方も同国内で出ている。
 石炭への逆風が強まる中、豪州政府が力を入れているのが水素の製造と輸出だ。国内に豊富に賦存する褐炭から水素を取り出すか、再エネ電力で水を電気分解し水素を製造する構想だ。ビクトリア州を中心に賦存する褐炭(豪州では通常、ブラウン・コールと呼ばれるが、他国ではリグナイトと呼ばれる)は、大量の水分を含むことから熱量当たりの輸送コストが高くなる。しかも、輸送途中で発熱する可能性が高く輸送が難しいため、炭鉱に隣接する発電所で利用されている。
 豪州でも温暖化対策のため、石炭火力から再エネ、天然ガス火力への切り替えが進んでおり、ビクトリア州でも褐炭火力発電所の閉鎖が続いている。5年前には同州の発電設備量の50%以上、650万kWを占めていた褐炭火力は現在、470万kWまで減っている。年産6000万トンの褐炭の生産量を維持するための構想の1つが、褐炭からの水素製造だ。
 Jパワー(電源開発)、川崎重工業などの日本の企業連合が、ビクトリア州の褐炭から水素を取り出して液化し、日本に輸出する事業の商業化を進めている。実証事業が19年から始まる予定だ。
 褐炭に加え、再エネ電力を利用して水素をつくる構想も進められている。

豪州の水素利用・輸出構想

 豪州の首都キャンベラにある職業訓練校「キャンベラ・インスティチュート・オブ・テクノロジー(CIT)」が昨年12月、エネルギー会社Evoenergyと共同で同国初の水素を取り扱う設備を同校敷地内に設置したと発表した。目的は、配管技術を学ぶ学生向けの教育や燃料小売事業者の訓練、既存設備への水素導入時の影響をみることにあるとされている。
 一方、豪州連邦政府の再生可能エネルギー庁(ARENA)は、再エネ電力で水を電気分解して取り出した水素を利用するプロジェクトを進めている。西豪州の太陽光発電設備の電力でつくった水素を天然ガスと混焼する実証事業に、150万豪州ドル補助することを昨年7月に発表している。豪州では再エネの導入拡大により、電力が供給過剰になるケースが出てきており、将来の太陽光、風力発電設備の導入拡大時の対策として、余剰電力で水素をつくることも視野に入れている。
 RENAは昨年8月、コンサルタント会社に作成を依頼した将来の水素輸出の可能性に関するレポートを公表した。それによると、日本が将来、世界最大の水素需要国になり、豪州から需要の20%程度を輸入すると予測されている(表2)。しかし、豪州の水素輸出額は、2025年で現在の石炭輸出額の1%程度、40年で10%程度と予想されており、化石燃料輸出を代替するまでには相当の時間がかかりそうだ。
 豪州の政府・企業が期待するような水素社会は実現するのだろうか。例えば自動車の世界なら、EV用とFCV用の2つのインフラが整備されることになるのだろうか。見通せない部分もあるが、水素社会では日本が果たす役割も大きくなると期待されるだけに、豪州など輸出国との連携がより重要になる。


※中位予測ケース。カッコ内は豪州からの輸入量。全世界には他国も含む
出所:ACIL Allenの資料をもとに筆者作成



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