パーム油生産国の将来に影を落とす気候変動とEU政策

先進国の対策が途上国の発展を妨げる可能性も


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

印刷用ページ

(「月刊ビジネスアイ エネコ」2018年12月号からの転載)

 気候変動問題により厳しく対処しようとする動きが欧州で顕著になってきた。その1つが、再生可能エネルギーの利用拡大を図る動きだ。欧州連合(EU)加盟国の政府と欧州議会は今年6月、4年前に合意された2030年の再エネ導入目標(全電源の27%)の引き上げ交渉を行い、徹夜で話し合った結果、目標を32%に引き上げることで合意した。
 この交渉で目立ったのは、ドイツ政府の頑なな引き上げ反対姿勢だ。合意前のエネルギー相会合で、フランス、イタリアなどが35%を主張したのに対し、ドイツのアルトマイヤー経済・エネルギー相は「ドイツの再エネ比率は現在15%で、国民負担は年間250億ユーロ(約3兆2000億円)に達している。35%には対処できない」として強く反対した。
 結局、ドイツ政府の32%以上の数字は受け入れられないとの主張を認めざるを得ず、32%で決着した。
 最近では、EUの2030年温室効果ガス排出削減目標(1990年比40%削減)を引き上げる話し合いがEU内部で非公式に行われたが、やはりドイツが反対したと報道された。同国が消極的な姿勢を見せるのは、再エネ導入拡大によってエネルギー価格の上昇とエネルギー供給の不安定化を招き、それが経済に悪影響を及ぼすのではないかと懸念しているからだ。同国が、2022年の原子力発電所廃止と現在発電量の40%を占める石炭火力の削減を進めれば、電力の安定供給に問題が生じる。
 再エネの導入比率引き上げには消極的姿勢を示したドイツだが、同時に議論された2030年からの輸送用途パーム油のEUへの輸入禁止には賛成したようだ。
 EUでは、自動車の燃料用に生物資源由来のバイオエタノール、バイオディーゼルが使用されている。バイオエタノールの原料は主にトウモロコシとサトウキビ、バイオディーゼルの原料は菜種油やパーム油、ひまわり油などだが、食べ物との競合が生じることから、EUでは食べ物と競合しない植物から製造されるバイオ燃料を使用する方針が示されている。
 パーム油については、生産にあたり一部で森林破壊などが行われていると指摘されており、EUは厳しい姿勢を示している。これに猛反発しているのが、パーム油の生産国であるインドネシア、マレーシアなどだが、禁輸の影響はアフリカの生産国にも及ぶことになりそうだ。先進国による環境問題への取り組み姿勢強化は、東南アジア、アフリカといった途上国の経済と雇用に影響を与えることになる。こうした影響はどこまで許されるのだろうか。

EUがパーム油に厳しい姿勢

 今年6月、フランスの多国籍エネルギー企業トタルの製油所などが営農者に取り囲まれ、石油の搬入が阻止される事件が発生した。営農者が憤ったのは、仏政府がその前月、トタルに対し、バイオディーゼルの原料として使用されるパーム油30万トンの輸入を認可したことだった。この輸入量は、EUでバイオディーゼルの原料として使用されるパーム油の約10%に相当する。バイオディーゼルの原料としてもっとも価格競争力があるとされるパーム油が大量に輸入されると、国内産の菜種油の需要が落ち込んでしまうと懸念し、営農者が抗議活動に出た。
 EUがパーム油に厳しい姿勢をみせるなか、仏政府が輸入を認めた背景には、運輸部門の温室効果ガス排出削減のため、バイオ燃料の使用を増やしたいという考えがある。EU28カ国の温室効果ガス排出量44億4100万トン(2016年)のうち、国際海運を含めた運輸部門は12億2600万トンと約3割を占める。
 欧州委員会は、運輸部門の排出量を削減するため、輸送用燃料にバイオ燃料の使用を推進することを決めた。バイオ燃料も燃焼するとCO2を排出するが、そのCO2は植物が成長する過程で大気中から吸収したものであり、トータルで大気中のCO2量は変わらないと考えられている。2020年の輸送用燃料消費に占めるバイオ燃料の目標値は10%とされた。EU主要国の輸送部門での化石燃料とバイオ燃料の使用量(2016年)は表1の通りだ。


表1 欧州主要国の運輸部門の燃料消費内訳
※ 2016 年度実績 出所:EU統計

 バイオ燃料の使用拡大に動き出したEUだが、近年、食料となる原料から燃料を製造することが問題視され始めている。さらに、生産に至る過程で森林破壊が指摘されるような原料は、森林によるCO2吸収が失われ、バイオ燃料を使用してもCO2が減少しないとの指摘もある。そのやり玉に挙がっているのが、パーム油である。
 欧州では、輸送用バイオ燃料の原料となるパーム油の使用量が2008年の83万トンから2017年には390万トンにまで増加している。食用、発電用など他用途をすべて合わせた量をしのぐほどになり、全使用量の51%に達している。
 輸送用燃料の原料として使うパーム油を2030年にゼロにするための具体策については、来年2月に決定される予定だが、こうした動きに反発しているのが、パーム油を生産しているインドネシア、マレーシアなどの国だ。マレーシアは報復措置として、欧州からの戦闘機輸入の見送りを検討するとも報道された。

パーム油禁輸は途上国を疲弊させる

 パーム油の生産量は急拡大している。世界生産量は、1995年に1520万トンだったものが、2015年には約4倍の6260万トンにまで拡大した。このうち、インドネシアが3340万トン、マレーシアが2000万トンを占め、両国で世界生産量の約85%を占めている。
 マレーシアの業界団体によると、同国のパーム油の事業所数は65万、関連雇用は320万人とのことだ。インドネシアの雇用数は約300万人とされている。今後は、2030年に向けてEUのパーム油輸入量が減少することから、両国の雇用に大きな影響が生じることになる。
 両国に増して影響を受けるのは、ナイジェリアに代表される西アフリカのパーム油生産国だろう。西アフリカの生産量は239万トンとなっている。東南アジア諸国と西アフリカ諸国の違いは、産業の発展段階が異なることだ。1人あたりの国内総生産(GDP)は無論のこと、産業構造も、働く人の分野も大きく異なる(表2)。


表2 パーム油生産国の経済と雇用
※ GDPは購買力平価、雇用は推測値
出所: CIA ワールド・ファクトブック

 東南アジア諸国では、GDPと雇用に占める農業部門の比率は10〜30%台だが、アフリカでは雇用に占める比率は70~80%台に達する。農業部門は、気候変動で大きな影響を受けるとみられているが、EUのパーム油禁輸により、一層影響が拡大することになる。気候変動問題の解決のためパーム油の禁輸措置に踏み切ることが、気候変動の影響を受けるアフリカの農業部門に影響を与えるのは皮肉というしかない。
 気候変動は重要な問題に違いないが、その解決を考える政策が途上国の持続可能な発展を妨げる可能性があることを、先進国はよく考える必要がある。