第13話「核セキュリティ」


在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使

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ウィーンの秋、そして冬

 9月のIAEA総会が終わると、10月は比較的穏やかな秋の日が続くが、サマータイムが終わる10月最後の日曜日が過ぎ、11月に入ると、ウィーンは日がぐっと短く、そして寒くなる。オペラ、コンサート、バル(舞踏会)が開かれる、冬のシーズン到来である。
 11月、国際原子力機関(IAEA)では、3月、6月、9月、11月と年4回開かれる定例理事会の一年で最後の理事会が開かれる。例年、11月理事会は直前に開かれる技術協力委員会で議論されたIAEA技術協力プログラム予算のアップデートの承認や、イラン核合意(JCPOA: Joint Comprehensive Plan of Action)の実施状況に関する事務局の定期報告を受けた議論などが中心であり、議題は多くない。今回も11月17~18日の1日半で淡々と終了した。もっとも、今回の理事会は、11月8日のアメリカ大統領選挙において、イラン核合意を厳しく批判してきたトランプ次期大統領が当選を決めた直後ということもあり、来年以降の合意の行方に対する各国外交団の静かな緊張感が感じられる理事会でもあった。

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11月IAEA理事会に臨む天野事務局長(左)とセオコロ理事会議長(中央)(写真出典:IAEA)

 今回の理事会ではまた、2018-2023年の6年間を見通したIAEAの中期戦略(Medium Term Strategy 2018-2023)が策定された。本年始めより、ハサンス・ラトビア代表部大使を議長とする作業部会において加盟国、事務局の間で議論が重ねられてきたものである。
 IAEAの活動を規定する基本文書としては、IAEA憲章のほか、理事会・総会での決議・決定がある。また、IAEA予算は2年毎に作成される。これに対し、この中期戦略は、IAEAを取り巻く環境変化、最近のトレンドを踏まえ、今後数年間を見通した中期ビジョンを加盟国、事務局の間で共有するものである。IAEAの活動にガイダンスを与え、2年サイクルの予算関連作業を円滑なものとする上で一定の意義がある。
 今回作成された中期戦略では、今後のIAEAの活動の主な柱として、福島第一原発事故を受けた原子力安全の強化や、今後長期にわたるイラン核合意の実施の監視・検証、国連の持続可能な開発目標(SDGs)を受けた開発課題に対する原子力技術の一層の活用、そして今回取り上げる核セキュリティ対策の強化などが挙げられている。もちろん、厳しい各国の財政事情の中、IAEAの活動全般における効率性の一層の向上や、他のプレーヤーとのパートナーシップ強化の重要性も謳っている。来年始めには、この中期戦略を踏まえた最初のIAEA予算として2018-2019年の2カ年予算案が事務局から提出され、加盟国の間で協議が進められることになる。

核セキュリティ:ポスト冷戦期における原子力外交の課題

(核セキュリティとは?)
 核セキュリティ(Nuclear Security)は、原子力安全や保障措置、原子力の平和的利用などに比べると、原子力外交では比較的歴史の浅い分野である。また、セキュリティという言葉の多義性故に、「核セキュリティ」が具体的に何を指すのか、イメージしづらい面もある。後述する、2010年から2016年まで4回にわたり開催された米国主導の核セキュリティ・サミット(Nuclear Security Summit)について、日本の報道では各メディアによって「核セキュリティ・サミット」、「核安全保障サミット」、「核保安サミット」など様々な表現で紹介されていたのは、核セキュリティが意味するところが何なのかが、十分な共通認識になっていないことの現れと言えよう。ちなみに日本政府は、「核セキュリティ・サミット」という表現を用いている。
 核セキュリティとは、「核物質、その他の放射性物質、その関連施設及びその輸送を含む関連活動を対象にした犯罪行為又は故意の違反行為の防止、探知及び対応」(平成23年9月原子力委員会報告書「核セキュリティの確保に対する基本的考え方」)を指すとされる。具体的には,テロリスト等による核物質や放射線源の悪用が想定される以下の4つの脅威が現実のものとならないよう取られる措置のことをいう。

核兵器の盗取
盗取された核物質を用いた核爆発装置の製造
放射性物質の発散装置(いわゆる「ダーティー・ボム」)の製造
原子力施設や放射性物質の輸送等に対する妨害破壊行為

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核セキュリティの確保において想定される4つの脅威(外務省ウェブサイト)

 伝統的な「核軍縮・不拡散」の世界では、核兵器の保有(ないしその制限)や核物質・関連施設の管理の主体はあくまで主権国家が前提である。核兵器不拡散条約(NPT)やIAEAの査察(保障措置)などの国際的な枠組みは、この前提に基づいている。これに対し、「核セキュリティ」の世界では、テロリスト等の非国家主体が原子力の領域に足を踏み入れてくる事を想定している点で大きな違いがある。
 1960年代後半には既に、国際テロ対策強化の流れの中で、米国において核物質防護の強化の動きが見られた。もっとも、核セキュリティがより大きな国際的関心事となった契機としては、冷戦終了後のソ連崩壊により旧ソ連管理下の核物質の防護が重要課題となったこと、さらには2001年9月11日の米国同時多発テロの発生により、核テロリズムの危険性が強く認識されるようになったことが挙げられる。また、原子力の平和的利用の拡大に伴い、より広範な国々が核物質及びその他の放射性物質へのアクセスを得るに至ったことも、核セキュリティ対策の国際協力の必要性を高めることとなった。
 幸いにして、これまでのところ、上述の4つの脅威が現実のものとはなっていない。しかしながら、実際に起こった事件からそのあり得べきインパクトを想像することは出来る。筆者は1995年3月の地下鉄サリン事件、2001年の9・11同時多発テロをそれぞれ日本と米国で経験したが、「東京の地下鉄でサリンではなく核物質や他の放射性物質がばらまかれたとしたら?」、あるいは「ハイジャックされた航空機が高層ビルではなく、原子力発電所に突っ込んだとしたら?」と想像を巡らせたらどうであろうか。実際、海外では、医療用放射線源が一時紛失して問題になったケースや、原子力発電所に対するサイバー攻撃と思われる事象が起きたケースもある。核セキュリティが単なる机上の問題ではない、現実の脅威に対処するためのものであることが理解できよう。
 核セキュリティは、グローバル化が進み、非国家主体の役割が増大してきたポスト冷戦期、とりわけ21世紀に入ってからクローズアップされてきた、原子力外交の課題といえる。

(核セキュリティにおける国際的な法的枠組み)
 核セキュリティにおける国際的な法的枠組みの中核をなすのが、「核によるテロリズムの行為の防止に関する国際条約(International Convention for the Suppression of Acts of Nuclear Terrorism)」(以下「核テロ防止条約」)、及び「核物質の防護に関する条約(CPPNM: Convention on Physical Protection of Nuclear Material)」(以下「核物質防護条約」)である。
 核テロ防止条約は、放射性物質又は核爆発装置等を所持し、使用する行為等を犯罪とし、その犯人の処罰、引渡し等について定めたものであり、2005年4月に採択された(発効は2007年7月)。日本は2007年8月に締結している。
 核物質防護条約については、当初の条約が採択されたのは1979年10月である(発効は1987年2月)。同条約では、国際輸送中の核物質の不法な取得・使用を防止するための防護措置をとることや、核物質の窃取等の行為を犯罪とすることを締約国に義務づけていた。その後、核物質の不法取引や核テロの脅威に対する国際社会の認識が高まる中、同条約の強化が検討され、2005年7月に同条約の改正案が採択された。
 核物質防護条約の改正(the 2005 Amendment to the CPPNM)は、新名称である「核物質及び原子力施設の防護に関する条約(the Convention on Physical Protection of Nuclear Material and Nuclear Facilities)」が示すように、ほとんど新条約といって良いほどの抜本的な変更内容を含んでいる。すなわち、防護措置の対象が、従来の「国際輸送中の核物質」に加えて「国内の核物質及び原子力施設」に拡大されたほか、犯罪とすべき行為について、従来の「核物質の窃取等」に加えて「原子力施設に対する不法な行為」と「法律に基づく権限なしに行う核物質の移動」が追加された。

図2改正核物資防護条約の概要(出典:外務省ウェブサイト)[拡大画像表示]

 この核物質防護条約の改正の発効は、核セキュリティ分野における近年の大きな課題であった。結局、第4回核セキュリティ・サミット後の本年4月8日、同条約の改正の締約国数が発効要件である現行条約締約国152カ国の3分の2(102カ国)を超えたため、一ヶ月後の5月8日に発効した。同条約の改正の締約国数は本年9月28日現在で105カ国に上る(日本は2014年6月に締結済み)。改正条約の実効性を高めるためには一層の普遍化、各国の制度整備、人材育成などのキャパシティ・ビルディングが欠かせない。今後の課題といえる。

核セキュリティ・サミットからIAEA核セキュリティ国際会議へ

(核セキュリティ・サミット)
 過去8年間にわたり、核セキュリティ分野における国際協力を主導してきたのが米国のオバマ政権であることは論をまたない。
 前述したように、2001年の9・11米国同時多発テロが核セキュリティを強化する大きな契機となったことから、オバマ政権以前にも、前述の核テロ防止条約や核物質防護条約の改正の採択に代表されるように、核セキュリティ強化の国際的取り組みはなされてきた。
 しかしながら、技術的・専門的であり、どちらかというと「地味な」分野である核セキュリティに焦点をあてて、高い政治レベルの課題に引き上げたのは、オバマ政権の貢献と言える。その主たる舞台となったのが、2009年4月のプラハ演説でオバマ大統領が提唱した核セキュリティ・サミットである。日本においては、このプラハ演説は「核なき世界」を目指すオバマ大統領の核軍縮推進の決意を表明したものとして知られる。しかしながら、同演説は、核軍縮を長期的な目標とする一方、核セキュリティ強化は早急に取り組むべき現実の課題であるとした。個別の政策分野に特化した首脳レベルの会合が開かれることは異例であり、この問題に対するオバマ政権の強い意気込みを示したものである。

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プラハで演説を行うオバマ大統領(写真出典:Website of US Embassy in the Czech Republic (photo Tomas Krist))

 これまで核セキュリティ・サミットは、2010年(ワシントンDC)、2012年(ソウル)、2014年(ハーグ)、2016年(ワシントンDC)と計4回の会合が開かれ、核・放射線テロの脅威についての国際社会の認識を高めるとともに、核セキュリティにおける多くの具体的成果を出してきた。もっとも、米ロ関係の悪化を背景にロシアが2016年の米国核セキュリティ・サミットには不参加となったことや、IAEAの場に比べて参加国が限定されているとの批判が寄せられてきたのも事実である。
 日本は、この核セキュリティ・サミットのプロセスを一つのテコとしながら、核セキュリティ対策を強化してきた。2010年にアジア初の人材育成の拠点として核不拡散・核セキュリティ総合支援センター(ISCN: Integrated Support Center for Nuclear Nonproliferation and Nuclear Security)を設立した。このISCNは、これまでの5年間で約3100名以上の専門家を受け入れている。また、2014年の第3回ハーグ核セキュリティ・サミットの際の日米首脳共同声明では、核テロのリスクを減じるための核物質の最小化の取り組みとして、日本原子力研究開発機構(JAEA)の高速炉臨界実験装置(FCA: Fast Critical Assembly)にある高濃縮ウラン燃料及びプルトニウム燃料の全量撤去・処分を表明し、撤去については予定を大幅に前倒しして完了したことを2016年の米国核セキュリティ・サミットで安倍総理が発表したところである。さらに、原子力施設で業務に従事する個人の信頼性確認制度の検討や、コンピューター・セキュリティ対策強化、核セキュリティ文化の醸成などを行ってきている。こうした自国の取り組みに加え、日本は核セキュリティ・サミットのプロセス全体にも貢献してきた。「バスケット提案方式」と呼ばれる、個別のテーマで有志国が具体的な取り組みを実施するアプローチにおいて、輸送セキュリティにおけるリード国を務めたのはその具体例である。

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第4回核セキュリティ・サミット(写真出典:内閣広報室)

 最後となった本年4月の第4回核セキュリティ・サミットのコミュニケでは、これまでのプロセスを総括しつつ、政治的モメンタムの維持と、この分野におけるIAEAの中心的役割に対する強い期待が示された。核セキュリティ強化の牽引者としての役割がIAEAに引き継がれることになったわけである。

(IAEAの役割)
 核セキュリティ・サミット以前から、IAEAは核セキュリティで重要な役割を果たしてきた。1970年代初頭から、各国の要請に応じて核物質防護における技術支援を行ってきた。
 第3話で紹介した原子力安全と異なり、IAEA憲章に核セキュリティに関する明文の規定はない。IAEAの核セキュリティ関連の活動は、IAEA憲章、理事会・総会での決議・決定やこれまでのプラクティス、国連安保理決議、関連国際条約を通じて、徐々に発展してきた。原子力安全と核セキュリティの親和性(前者は自然災害や人による意図せざる行為、後者は人による悪意をもった行為が原子力施設にもたらす事象を扱うが、その結果が人や環境に与える影響という点では共通するものがある)や、原子力分野全般における専門的知見から、IAEAが原子力安全と並んで核セキュリティで中心的役割を果たすのは自然の流れであったといえる。
 特に2001年の9・11米国同時多発テロが大きな契機となった。テロ発生後の翌2002年、IAEAによる4年毎の「核セキュリティ計画(Nuclear Security Plan)」の作成が始まるとともに、この分野におけるIAEAの活動を支援するための核セキュリティ基金(Nuclear Security Fund)が新たに設立された。
 核セキュリティ計画はこれまで4回にわたって作成されてきたが、その一環で発行されてきたのが、「核セキュリティ・シリーズ(Nuclear Security Series)」とよばれる文書である。これは、各国が核セキュリティ対策を強化していく上で指針となる文書であり、①「核セキュリティ基本文書(Nuclear Security Fundamentals)」(各国の核セキュリティ体制が備えるべき目的と主要な要素を規定)、②「核セキュリティ勧告文書(Nuclear Security Recommendations)」(各国に推奨される措置を規定)、③「実施指針(Implementing Guides)」、④「技術手引(Technical Guidance)」という重層構造になっている。第3話で紹介した原子力安全における「安全基準シリーズ(Safety Standards Series)」に似たところがある。2012年には、この核セキュリティ・シリーズの文書をレビューし内容を発展させるための提言を行う、各国専門家からなる「核セキュリティ・ガイダンス委員会(Nuclear Security Guidance Committee)」が設置された。
 また、IAEAは国際核物質防護諮問サービス(IPPAS: International Physical Protection Advisory Service)と呼ばれるミッションを要望に応えて各国に派遣し、当該国の核セキュリティ体制のレビュー、助言を行っている。日本も、2015年2月に同ミッションを受け入れ、その勧告・助言事項のフォローアップを行っているところである。

(核セキュリティと核軍縮)
 総じて、核セキュリティは核テロ対策という、技術的・専門的色彩の強い分野である。しかしながら、核セキュリティ・サミットのプロセスによって国際的関心が高まったせいか、近年は核軍縮や軍事用核物質の扱いという、伝統的な核セキュリティとは異なる要素が持ち込まれ、IAEAの場でも紛糾を招くようになっている。
 昨年のIAEA総会では、同年前半のNPT運用検討会議の挫折の影響もあり、核軍縮を巡る各国の対立が、核セキュリティの総会決議の議論の場に持ち込まれた。一部パラグラフの表現を巡って分割投票という結果となったのは、第7話で紹介したとおりである。同様の議論は、本年9月のIAEA総会の核セキュリティ決議、および12月のIAEA核セキュリティ国際会議の閣僚宣言の文言をめぐって繰り広げられた。核セキュリティ国際会議の閣僚宣言に至っては、数十時間にわたる交渉の末、会議開始前の週の金曜日夕刻に辛うじてコンセンサスが成立したところである。
 紛糾の根底には、結局、前述したように「核セキュリティとは?」という問いに対する各国間の共通理解の欠如がある。例えば、核セキュリティを国家間の核軍縮・不拡散の問題とは区別されるべき、非国家主体を対象とする核テロ対策の問題ととらえるか、あるいは、国家が保有する核兵器、軍事用核物質も含めて核軍縮を進めない限り、真の核セキュリティは得られないととらえるかで立場は大きく違ってくる。また、核セキュリティが主権国家の責任である点をどの程度強調するかによって、IAEAに期待する役割についての見解も異なってくる。各国の立場の溝は深い。
 なお、一連の核セキュリティ関連文書の文言交渉において、日本政府を代表して交渉の前面に立ったのは、本年4月より一橋大学から任期付でウィーンの日本政府代表部に着任した秋山信将公使参事官である。大学教授出身の異色の「助っ人外交官」だが、軍縮・不拡散の専門家であり内外の知己も多いことから、特に核セキュリティ分野での大使特別顧問(Special Adviser to Ambassador on Nuclear Security)を務めている。今回のIAEA核セキュリティ国際会議の閣僚宣言の交渉でも、秋山公使参事官はコンセンサス成立に向けて獅子奮迅の活躍を見せたほか、会議期間中は各国大使級が参加するハイレベル・セッションの共同議長を務めるなど、会議の成功に大いに貢献したところである。

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IAEA核セキュリティ国際会議のハイレベル・セッションにおいてカナダ代表と共同議長を務める秋山公使参事官
(写真出典:本人提供)

(2016年IAEA核セキュリティ国際会議)
 IAEA核セキュリティ国際会議は12月5日から5日間、ウィーン国際センターで行われた。2013年に第1回の会議が開かれて以来、今回が2回目となる。130カ国以上の加盟国から2000人以上が参加した、ウィーンにおける今年最後の大型国際会議である。閣僚セッションの議長は、韓国のユン・ビョンセ外交部長官が務めた。

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2016年IAEA核セキュリティ国際会議に臨むユン・ビョンセ韓国外相と天野事務局長(左)と冒頭スピーチを行う天野事務局長(右)
(写真出典:IAEA)

 会議の冒頭スピーチにおいて天野之弥事務局長は、本年のオリンピック・パラリンピックの主催国ブラジルに対し放射性物質検知機器の提供等の支援を行った事例等を紹介しつつ、IAEAが長年にわたり核セキュリティを優先課題ととらえて取り組んできたと発言。そして、核物資防護条約の改正の発効や、各国のIAEAのIPPASミッションの受け入れ拡大等の近年に進展に触れつつ、IAEAが今後とも各国と連携しながら、核セキュリティ分野で中心的役割を果たす決意を改めて述べた。
 また、日本政府代表を務めた薗浦健太郎外務副大臣はステートメントにおいて、長年にわたる人材育成・能力構築支援や本年のG7議長国としての対応を含む、核セキュリティ分野での日本の貢献を紹介した。さらに、今後の取り組みとして、2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会を念頭においた核テロ対策強化のため、大規模国際行事での核テロ対策に知見を有するIAEAと協力を行っていく方針を表明した。

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政府代表演説を行う薗浦外務副大臣(写真出典:共同通信(左)、筆者撮影(右))

 初日の夕刻には、難交渉の末にコンセンサスが成立した閣僚宣言が正式に採択された。閣僚宣言では、各国の国内努力やIAEA等を通じた国際協力により核セキュリティを強化していくことへのコミットメントが改めて確認された。このほか、核物質防護条約の改正の普遍化や、原子力施設へのサイバー攻撃の脅威を踏まえたコンピューター・セキュリティの強化、病院等で使われる放射線源のライフサイクルを通じたセキュリティ維持などが言及されている。さらに、この分野で中心的役割を果たすIAEAが活動を全うできるよう、必要な技術的・人的・資金的支援を継続することや、IAEAや加盟国による核セキュリティ文化の醸成やキャパシティ・ビルディングの努力を支援することも謳われている。今後、この閣僚宣言等をベースにしながら、次のサイクルの2018-2021年核セキュリティ計画が来年策定されることになる。
 核セキュリティ国際会議中の週には、各国、国際機関のイニシアティブによる様々なサイドイベントが開催される。12月7日には、2010年に日本が設立した前述のISCNが中心となり、ウィーンのシンクタンクと日本政府代表部との共催で、アジアにおける核セキュリティ対策についてのワークショップを開催した。日本とつながりの強いアジア諸国の核セキュリティ体制強化は日本にとっても重要な関心事項である。IAEAとも協力しながら今後も取り組んでいく必要がある。

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アジアにおける核セキュリティ対策に関するワークショップの模様(写真出典:JAEA/ISCN(左)、Website of Vienna Center for Disarmament and Non-Proliferation (VCDNP)(右))

2017年に向けて

 IAEA核セキュリティ国際会議が終わると、2016年ももう残りわずかである。IAEAをはじめとする国際機関が集まるウィーン国際センターの中も閑散としてくる。ウィーン市内の各所に立つクリスマス・マーケットのきらめくイルミネーションを見ていると、おのずとクリスマスと新年の到来を心待ちにする気分になってくる。

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ウィーン市内のクリスマス・マーケット(左)とウィーン国際センターで行われていたクリスマス・コーラス・イベント(右)
(写真出典:筆者撮影)

 2016年は、北朝鮮の核実験で幕を開けた。その後、イラン核合意の履行プロセスの開始、オバマ政権下での最後の核セキュリティ・サミット、日本が議長国を務めたG7とオバマ大統領の広島訪問、そして北朝鮮の再度の核実験、国連総会での核兵器禁止条約交渉開始決議と、原子力外交に関連するものだけでも、様々な出来事があった。その他にも、EU離脱・残留をめぐる英国の国民投票や、米国大統領選挙が世界を揺るがせる結果となったのは記憶に新しい。オーストリアでも難民問題が大きな争点となった大統領選のやり直しの選挙が12月4日に行われたばかりである。

“Glücklich ist, wer vergisst, was doch nicht zu ändern ist.”
(「変えられないことを忘れられる人は幸せだ」)

とは、昨年末の第8話で紹介した、年末大晦日のウィーンにおける定番オペレッタ「こうもり(Die Fledermaus)」の一節だが、今年の幾つかの出来事を思い浮かべて、このフレーズが身に沁みる人が世界には多々いるのではなかろうか。
 昨年の今頃、世界で今年起きたことを予測できていたとは言い難いように、来年がどのような年になるのか見通すのは難しい。
 それでも世界の舞台は否応なく回る。来年1月には米国で新政権が発足する。多くの国々が国政選挙、政治の季節を迎える。一方、昨年ニューヨークで挫折したNPT運用検討会議のプロセスが来年から再開する。2020年の次回会議に向けた第1回準備委員会は5月にウィーンで開催される。今年で憲章採択60周年を迎えたIAEAは来年が憲章発効、正式発足から60年となる。イラン核合意実施の監視・検証をはじめとする保障措置、原子力の平和的利用、原子力安全、核セキュリティの各分野において、各国とIAEAが取り組むべき課題は来年も目白押しである。
 新たな舞台に応じて、外交の歯車も回していく必要がある。原子力外交もまた然りである。

(※本文中意見に係る部分は執筆者の個人的見解である。)

【参考資料】

日本政府関係
核セキュリティ全般
http://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/n_s_ne/page22_000968.html(外務省ウェブサイト)
核セキュリティ・サミット
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku_secu/index.html(同上)
核物質防護条約の改正
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_003275.html(同上)
「核物質防護条約改正の経緯と主な内容」(外交防衛委員会調査室 寺林裕介立法と調査2014.4 No 351)
IAEA核セキュリティ国際会議
http://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/n_s_ne/page3_001911.html(同上)
IAEA関係
IAEA中期戦略
https://www.iaea.org/about/overview/medium-term-strategy(IAEAウェブサイト)
IAEA核セキュリティ国際会議
https://www.iaea.org/newscenter/pressreleases/ministers-at-iaea-conference-commit-to-further-strengthening-nuclear-security(同上)
https://www.iaea.org/events/nuclear-security-conference(同上)
IAEA核セキュリティ国際会議における天野事務局長スピーチ
https://www.iaea.org/newscenter/statements/speech-at-international-conference-on-nuclear-security-commitments-and-actions(同上)
IAEA核セキュリティ国際会議閣僚宣言
https://www.iaea.org/sites/default/files/16/12/english_ministerial_declaration.pdf(同上)
IAEA核セキュリティ部の概要
https://www.iaea.org/about/organizational-structure/department-of-nuclear-safety-and-security/division-of-nuclear-security(同上)
その他
核セキュリティ・サミット
http://www.nss2016.org/
オバマ大統領プラハ演説
https://www.whitehouse.gov/the-press-office/remarks-president-barack-obama-prague-delivered
(ホワイトハウス・ウェブサイト)
12月7日アジア核セキュリティ・ワークショップ
http://vcdnp.org/nuclear-security-centers-of-excellence-in-asia-progress-and-the-way-forward/

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