電力システム改革下の原子力事業(3)

ーわが国は今、何を考えるべきかー


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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※ 電力システム改革下の原子力事業()、(

 わが国の原子力事業が様々な不透明性に覆われていること、とくにその中でも電力システム改革によって自由化、発送電分離といった施策が行われれば民間事業者が原子力という壮大な事業を担うことは困難であり、政策的補完措置が必要とされることを見てきた。

 翻ってわが国の現状を確認する。まず、政府の基本姿勢であるが、現政権が2014年に定めた第4次エネルギー基本計画において原子力については、

安全性の確保を大前提に、エネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源と位置付け
原子力規制委員会によって新規制基準に適合すると認められた原発は、再稼働を進めていく。

とする一方で、

原発依存度については、省エネルギー・再生可能エネルギーの導入や火力発電所の効率化などにより、可能な限り低減させる。

とされている。しかし、どういう時間軸でどの程度低減させていくかについては「確保していく規模を見極める」という表現に留まり、その後策定された2030年のエネルギーミックスにある22~20%を原子力で賄う具体的な方策は無い。また、原子力のリスクについては事故のリスクを最小化するため万全の対策を尽くすこと、事故が起きた際は関係法令に則り責任をもって対処するといった、当たり前の記述に留まっている。
 自由化に対しては「電力システム改革によって競争が進展した環境下においても、原子力事業者がこうした課題に対応できるよう、海外の事例も参考にしつつ、事業環境の在り方について検討を行う。」としているが、自由化はスケジュール通り進展している一方で、事業環境整備の検討は後述するように「これから」の状態である。
 エネルギー基本計画は3年程度で見直すことが定められているため、予定では来春エネルギー基本計画の改定が行われることとなるが、わが国が2030年時点で発電電力量の22~20%を原子力発電により賄い、以降も一定程度原子力を利用していくということであれば、次期計画においてはわが国にとっての原子力事業の位置づけについてより明確な方針が打ち出され、それを具体化する支援策が検討される必要がある。そうでなければ事業者は原子力の新設・リプレースにチャレンジすることは不可能になるだろう。

 米国や英国で導入されているような補完的措置については、原子力小委員会等において一部議論はされているものの、多くの論点で結論には至っておらず、平成26年12月に中間とりまとめが提出され、検討課題が整理されたに留まる。

原子力小委員会 事務局による検討課題の整理(案)

原子力小委員会 事務局による検討課題の整理(案)

 こうした課題の中には記載されていないが、実際の事業の担い手はこれまでのように既存電力会社という訳にはいかないだろう。各社がそれぞれ原子力発電所を維持していくことが相当困難であることは明らかであり、具体的な事業再編・アライアンスについても検討される必要がある。
 政府は、競争環境下におけるエネルギーミックス達成の方法として、省エネ法と供給構造高度化法の合わせ技で、発電事業者、小売り事業者をガバナンスしようとしている。しかし具体的な運用方法にはまだ不明な点が多い。そもそも供給構造高度化法は立法時の国会議事録で見る限り、主に再エネ(太陽光)の導入拡大策として議論されており、原子力については殆ど国会での議論の話題にはなっていなかった。
 高度化法の肝は事業者による共同達成を認めているところにある。先述した通り、今後各社が原子力発電所を持つという現在の体制には限界が生じる恐れがあり、閉塞状況を打破する一つの策として事業再編も含めた「生き残り策」の検討が必要となる。今はまだ発送電の法的分離もなされておらず、自由化によって新電力に切り替えた顧客も1%強(2016年5月末時点)に留まっているため、事業者にも政府にも切迫感が無いように感じられるが、原子力事業を誰がどう担うのか、官民の役割分担を含めて今から議論を深めておく必要があるのだ。

 関係者が問題点を認識しながら動かない状況を危惧し、澤前所長は原子力事業の再編に向けた提言を遺された(雑誌WEDGE2016年3月号に掲載注8) )。
 この提言は、事業者の自主的経営判断・事業運営を前提としている。原子力事業に関するリスクの幅と大きさを見れば、原子力事業に関する国のコミットメントを強化せざるを得ないが、民間企業による効率的な事業運営を前提とし、政府はファイナンス等事業環境の整備においてそれを可能にする、あるいは誘導のドライブをかけ、エネルギーミックスにおける原子力比率確保の結果責任を果たしていくのである。事業者の自己責任による経営判断を可能にするには、政府は事業の予見可能性を確保せねばならない。
 政府はCO2排出抑制やエネルギー安全保障の観点から、CO2排出課税や低炭素電源に特化した容量市場の創設等によってカーボンフリー電源の優位性を明確化する。加えて、原子力発電設備の安全性向上・設備更新に対する経済的インセンティブ付与を図り、同時に事故時の賠償対応能力についての審査を行い一定期間内に基準をクリアすることを求める。これらの要件を複数事業者が共同で達成することを認め、かつ、その基盤となる多様な施策、例えば高度な技術人材を認証する公的制度の創設、人材育成制度や海外事業者との連携支援、などを講じることが求められる。なお、ここでは必ずしも企業の合併や事業統合等の「再編」ではなく、緩やかな「アライアンス」も想定し、現実性に配慮している点に着目すべきである。
 原子力事業者の覚悟も問われる。①安全性向上の観点から設備更新を行うだけの経営体力、②原子力災害を引き起こした場合の賠償対応能力、③専門人材を育成する仕組みと各専門領域を統合的に管理するマネジメント能力、など厳しい資格要件を課し、それらを単独または他と共同でクリアできる事業者のみを原子力技術の担い手として認めるのである。
 国策民営という、いわば、政府・電力会社・政治といった関係者が相互依存的に作り上げてきた「責任のもたれあい構造」を断ち切ることは、わが国において原子力利用を継続する大前提なのである。

 こうした事業再編は特に経営規模の小さい会社にとって、投資体力や技術人材プールの充実、発電ポートフォリオ拡大による不稼働リスク分散等の効果が期待できる。原子力事業者の直面するリスクを見れば、政府による適切な補完措置が講じられない限り、リスク分散にはならずむしろリスクの寄せ集めにしかならないかもしれない。しかしわが国の原子力事業に対する政治的サポートが原子力黎明期のそれに復することは望み難い。閉塞状況を打破するには、責任の擦り付け合いやたらいまわしをやめ、全関係者が真摯におのれのあり方を振り返り、ありとあらゆる手段を検討すべきであることは明らかであろう。
 政府は明確な政策目標を示し、事業者が経営判断をできる条件を整える。その上で事業者は、これまでの事業形態や原子力の位置づけにとらわれること無く、新たな環境下でどのようにエネルギー政策に貢献し、かつ、生き残っていくかを考えることが必要となる。澤氏の最後のメッセージである、「空洞化した過去の体制にしがみつくことは、戦略なき脱原子力への漂流を意味することとなる」という警告を真摯に受け止め、今後の原子力事業戦略を立案していく必要があるだろう。

注8)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6464

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