第2回 化学産業は温暖化対策のソリューションプロバイダー〈後編〉

日本化学工業協会 技術委員会委員長/三井化学株式会社常務執行役員、生産・技術本部長 松尾 英喜氏


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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第2回 化学産業は温暖化対策のソリューションプロバイダー〈前編〉

化学業界による「国際貢献「と「革新技術」

――低炭素社会実行計画の「国際貢献」についてお聞かせください。

松尾 英喜氏(以下敬称略):「国際貢献」とは、世界的にトップレベルにある日本の省エネ技術や低炭素製品の普及により貢献をしていくということです。

松尾 英喜(まつお・ひでき)氏

昭和57年 横浜国立大学工学部 大学院修士課程修了。
昭和57年4月 三井東圧化学株式会社(現三井化学)入社、
平成12月3月 MITSUI BISPHENOL SINGAPORE PTE LTD取締役工場長、
平成18年4月 上海中石化三井化工有限公司社長、
平成21年4月 三井化学株式会社 理事基礎化学品事業本部企画開発・ライセンス部副部長、
平成22年4月 同 理事 石化事業本部 企画管理部長、
平成23年6月 同 理事 生産・技術本部 本部長、
平成25年4月 同 執行役員 生産・技術本部長
平成26年4月 同 常務執行役員 生産・技術本部長

 既に省エネ技術として、イオン交換膜法によるか性ソーダ製造技術、あるいは逆浸透膜による海水の淡水化技術などがあります。特に海外では水不足が心配されていますので、そのニーズに応えて、海水を逆浸透膜という膜を通して精製し、純水を製造する技術です。これは、従来法に比べて大幅なエネルギーの削減になり、既に海外でかなり広く展開をされるようになってきました。その他、低炭素製品として、自動車や航空機用の軽量化材等の展開、またいろんなモーター等の効率化を向上させる制御素子など、具体的な事例を挙げて、世界でCO2の削減ポテンシャルを算定して報告し、展開しているところです。

2020年に製造される製品の日本国内での評価事例まとめより抜粋

【対象期間】
評価対象年を2020年とし、対象年1年間に製造が見込まれる製品をライフエンドまで使用した時のCO2e排出削減貢献量を評価
【削減効果に貢献する対象製品の範囲】
化学製品はエネルギー部門、輸送部門、民生家庭部門などバリューチェーン上の全てのパートナーと連携してCO2e排出削減に貢献。

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※上記以外に、太陽光発電、自動車、航空機用材料、ホール素子・ホールIC、海水淡水化プラント等の評価事例が下記出典に示されている。 出典:「国内および世界における化学製品のライフサイクル評価 第3版サマリー編 2014年3月」
日本化学工業会

――低炭素社会実行計画の「革新技術」はどのような状況ですか?

松尾:「革新技術」については、産業界で具体的に取り組んでいる化学関連の技術開発プロジェクトが7つあります。例えば、非可食バイオマス原料から化学製品を製造するプロジェクトがあります。基本的に化学製品は石油をベースにした原料から作られています。これをバイオマス原料から作ろうというものです。食料と競合しない非可食のバイオマスを使い、環境に配慮しながら化学製品を作っていく技術の開発に力を入れています。排水処理プロセスでも、微生物触媒を用いて、エネルギーを大幅に削減する技術の開発など、7つのプロジェクトに、現在、産官学で連携して取り組んでいます。

――パリ協定にある「イノベーション」を実現するために必要なことは?

松尾:革新的な技術開発は、GHG削減に継続的に取り組んでいくために必要ですが、イノベーションの創出、あるいは継続的イノベーションをやっていく環境作りや、推進する人材育成が非常に重要なテーマです。

 毎年日本で開催されている「Innovation for Cool Earth Forum(ICEF)」というフォーラムは、安倍総理が提案され、「エネルギー環境技術版ダボス会議」とも言えるものですが、世界の産官学のリーダーが日本に集まり、議論をして、イノベーションの創出に反映していこうというものです。このフォーラムには化学業界や日本化学工業協会(以下、日化協)としても積極的に参加し、イノベーション創出の環境整備に関わっていきたいと思っています。

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 もう一つ、人材の問題があります。我々化学業界が更なる省エネルギーを推進し、イノベーションを創出するために、新しい次の世代の人材を育てていかなければなりません。日化協では『化学人材育成プログラム』や『夢・化学-21』といった推進事業に取り組み、若い学生さんや若いエンジニアたちの育成に取り組んでいます。こうした取組みがイノベーションに繋がっていくと考えています。

――国際的な連携はどうなっていますか?

松尾:国際化学工業協議会(ICCA)という組織があります。日化協はこのICCAの中で、エネルギー・気候変動リーダーシップグループ、即ち、GHG削減をテーマに掲げるグループ(E&CC LG)の担当ですが、このグループをリードする協会として、積極的に国際的な活動に取り組んでいます。「cLCA」のコンセプトを世界に広め、化学の役割、重要性を化学業界のワンボイスとして世界に発信していきたいと思っています。2009年にコペンハーゲンで開催されたCOP15以来、毎年、我々もCOPに参加し、ICCAを中心に、パネルディスカッション等を開催してきました。「cLCA」のコンセプトの普及、化学産業の貢献を、ICCAからのステートメントとして発信しました。世界各国、各地域でこの活動を展開していく役割を我々も担っています。

 もう一つは国際エネルギー機関、IEAとの協力関係です。バイオエネルギー技術によって、温暖化抑制を実現しうる技術を開発・普及させるロードマップを、2010年にIEAと協力して作成した実績があります。ICCAが主催するCOPのサイドイベントにもIEAに参加してもらい、IEAのような影響力の大きい国際機関と連携しながら、化学産業の貢献を追求していきたいと思っています。こういう国際的な機関との連携、あるいは取組みを通して日本の存在感を世界に発信していきたい。

排出権取引制度や炭素税など、規制的手法は受け入れ難い

――政府に対して、業界として要望や意見は?

松尾:世界でいろいろな意見があり、法規制についても議論されています。一つは「排出量取引制度」という問題です。EUでは実施されていますが、必ずしもGHGの削減に効果を上げているとは言えないと私自身は思っています。

 そもそも規制的手法は経済活動を阻害する要因があります、やはり環境と経済を両立させるように取り組み、推進していくということが重要で、規制そのものはそれを困難にする可能性があります。経済の成長なくして、気候変動対策に必要なイノベーションの実現は非常に難しいというのが現実です。規制については慎重であるべきだと思っています。

 もう一つが、「炭素税」の問題です。日本の場合は1978年に石炭・石油税が導入され、さらに地球温暖化対策税が上乗せされており、諸外国よりもエネルギーコストが高くなっている背景があります。こうした状況下で、更に炭素税を課すという議論がありますが、これは「イコールフッティング」という考え方から離れてしまいますし、日本の国際競争力を損なうということにもなりかねません。我々化学業界としては受入れ難いと表明させて頂いています。

――競争を行う際の諸条件を平等にする「イコールフッティング」が必要だとお考えなのですね。

松尾:そうです。イコールフッティングに則るべきです。同一産業の中のある企業だけに優遇措置を認めることをしない。化学産業の原燃料となる化石燃料の調達に於いても、高率の炭素税が課せられれば、やはり相対的に外国の企業に対して劣位になってしまいます。日本の技術をさらに推進し、世界に貢献していくためにも、日本の企業が不平等な扱いを受けて、その結果、ブレーキにならないようにすべきだというのが我々の主張です。

 もう一つ、政府への要望ですが、企業が研究開発に継続的にかつ積極的に投資できる環境が非常に重要なテーマです。研究開発に対する減税措置や助成金、あるいは研究開発が推進できるような環境を作るためには政府の理解と支援が必要です。これをぜひ期待したいと思います。

――最後にメッセージをお願いします。

松尾:化学産業は、温暖化対策に於ける他の産業の課題解決に対して、いろんな形でソリューションを提供することができる「ソリューションプロバイダー」だと思っています。我々はその自負を持って、GHGの削減に貢献していきたいと思います。
 また、化学は様々なイノベーションを創出し、それを先導する役割を担っています。パリ協定に記載されているように、イノベーションは、気候変動に対する効果的かつ長期的なグローバル対応の為の重要な手段です。化学の力で経済の成長を支え、GHGの削減を促進して、持続可能な発展と、持続可能な社会の実現に貢献していきたいと思います。

【インタビュー後記】

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 具体的な事例を交えてわかりやすく説明してくださった松尾氏のお話から、化学業界がいかに様々な産業のGHG排出削減に貢献しているのかを実感しました。また、「cLCA」のコンセプトは、ライフサイクル全体の排出削減を考えると、実態に沿ったものだと納得がいきました。一般には化学業界の貢献はなかなか見えにくい面があるかと思いますが、産業全体の低炭素戦略のまさに中核を担っているのです。化学産業の過去数十年にわたる技術開発への継続的な努力が、日本の省エネ技術や低炭素技術を世界のトップレベルに引き上げたとも言えるでしょう。化学産業自らのGHG排出削減のみならず、他の産業の課題を解決する「ソリューションプロバイダー」として、世界にその技術力と意欲を積極的にアピールし、具体的なアクションとして実現してほしいと思います。

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