米大統領選、トランプ氏が大統領になる日は来るのか(4)

~トランプ氏は共和党を結束できるか~


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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※【米大統領選、トランプ氏が大統領になる日は来るのか()、()、()】

 5月3日のインディアナ州予備選の結果、不動産王のドナルド・トランプ氏が勝利し、その日のうちにテッド・クルーズ上院議員(テキサス州選出)が選挙戦からの撤退を表明した。クルーズ陣営の「崩壊(メルトダウン)」は多くの専門家やメディアが予想しなかった事態だ。トランプ氏を「過半数割れ」に追い込むため、インディアナ州ではクルーズ氏に、オレゴン州とニューメキシコ州ではケーシック氏に得票を集めるという、いわゆる「反トランプ連合」の協定は失敗した。クルーズ氏はもはや勝ち目がないと判断したのだろう。4日には、ジョン・ケーシック・オハイオ州知事も撤退を表明し、早くもトランプ氏が米大統領選に向けた共和党候補の指名獲得を確実にする情勢となった。

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5月3日 撤退を表明するクルーズ氏 出典:CNN

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5月4日 撤退を表明するケーシック氏 出典:CNN

 インディアナ州予備選の勝利を受けて、トランプ氏は支援者を前に、「アメリカ・ファースト(米国第一)こそが、私の政権の最重要テーマとなるだろう」と明言し、民主党最有力候補のヒラリー・クリントン氏と11月の本選で徹底的に戦うことを表明した。

 トランプ旋風の背景には、格差の拡大や失業問題など白人の中間所得層から低所得者層を中心とした有権者の鬱積した不満や怒りがある。エリート政治家ではなく、異端児のトランプ氏こそ中央政界の重鎮にものが言え、自分たちのことをわかってくれる救いの存在なのだと。「アメリカ・ファースト」「雇用を作り出す」というトランプ氏の強いメッセージが、想像を超えた集票につながっている。

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インディアナ州予備選での勝利演説をするトランプ氏 出典:CNN

 しかし、共和党はすんなりトランプ氏を支持するわけではなく、党内の結束は分断されたままだ。トランプ氏が正式に党候補に指名されると思われる7月の党大会を前に、米メディアは共和党の重鎮がトランプ氏を支持するかどうか、その動向を追っている。

 数人の共和党重鎮はすでにトランプ氏の党候補指名に反対を表明している。5月3日には、リンジー・グレアム上院議員(サウスカロライナ州選出)は、「トランプ氏を指名すれば、我々は破滅させられる」と述べて、トランプ氏を支持しないことを表明した。5日には、ジョージ・H・W・ブッシュ元大統領と息子のジョージ・W・ブッシュ前大統領が、トランプ氏を支持しない考えを表明した。今回の米大統領選の指名争いから撤退したジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事も6日、「トランプ氏やクリントン氏には投票しない」とフェイスブックに投稿している。また、過去に大統領候補となったミット・ロムニー元マサチューセッツ州知事やジョン・マケイン上院議員(アリゾナ州選出)は、7月の党大会に出席しない意向を示している。

 そうした中、共和党のポール・ライアン下院議長は5月6日、CNNのインタビューの中で、「トランプ氏は党をまとめ、もっと保守派の信条に従うべきだ。現時点ではトランプ氏は支持しない」と述べたが、その後「12日にトランプ氏と会談を行う」ことを発表しており、党主流との関係修復を図る動きを見せている。

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5月6日「現時点ではトランプ氏を支持できない」と話すライアン氏 出典:CNN

環境政策の発言で炎上したクリントン氏

 5月3日のインディアナ州の予備選では、バーニー・サンダース上院議員(バーモント州選出)が勝利したが、ヒラリー・クリントン元国務長官は総獲得票数や代議員数でサンダース氏に大差を付けていることから優位に変わりはないが、環境政策についての発言で炎上する騒ぎとなった。

 クリントン氏は3月にタウンホールのイベントで、これからは再生可能エネルギーの時代だと述べ、自分が大統領になったら「炭鉱は閉鎖、石炭会社や鉱夫という職業も消滅する(We’re going to put a lot of coal miners and coal companies out of business.)」と発言したことがTVで放送された。この発言は、自分たちの苦しみを全く理解していないと、労働者階級の白人男性からの強い反発を招いた。クリントン氏を支持する民主党のジョー・マンチン上院議員(ウェストバージニア州選出)は、先の発言は石炭産出州のウェストバージニア州でのクリントン氏の勝利を危うくする恐れがあると、クリントン氏に苦言を呈したという。

 5月10日のウェストバージニア州での予備選を前に、2日、クリントン氏は、マンチン上院議員や失業中の鉱夫らが参加するTV討論で、「先の発言は、そうした事態にならないようにするという意味で言ったのだ」と“言い訳”する映像が全国に流れた。このことがクリントン氏の環境政策はブレると批判を招き、思いがけないイメージダウンになってしまった。現オバマ政権は、気候変動対策として“石炭への戦争”をしかけ、炭鉱の町では失業問題が深刻化しており、クリントン氏の当初の発言は本音ではないかと、鉱夫らの怒りが収まっていないことも伝えられている。

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5月3日 鉱夫らとTV討論するクリントン氏 出典:FOX NEWS

あと半年、次期大統領はどちらか

 トランプ支持者は、トランプ氏が「第2のロナルド・レーガン」となり、既成の政治に風穴を開け、現状を打破してくれることを期待している。筆者が2月にワシントンDCでヒアリングしたアナリストが語っていたように、レーガン氏も大統領選に出馬した当時は「映画スターが大統領だって!?」と国民は冷ややかに見ていたが、8年間の任期を務め、国民に愛された有能な大統領として歴史に名を残した。支持者にとってトランプ氏はレーガン氏の再来だとして期待が膨らんでいるのだろう。

 これについてウォールストリートジャーナル紙は、「クリントンが大統領になるよりも、トランプ大統領のほうが経済成長を取り戻せる可能性が高い」とビジネスマンとしての手腕を評価しながら、「問題は、トランプはレーガンではないことだ」と述べ、「レーガンは40年間小さな政府と米国の国益を追求する哲学を確立し、卓越した優秀な政治戦略家だった。トランプは政治的戦術家として有能だが、政策や発言からも『大きな仕事をしたい』という欲望以外のまともな目的は見られない」と釘を刺している。

 メキシコとの国境の壁の建設、イスラム教徒の米国への入国禁止の提案、自由貿易協定への反対姿勢は、共和党主流派の考えとは相容れないものだ。党内では「トランプ氏がやろうとしている貿易戦争はグローバルに経済的な大惨事を招く」との声や、保守タカ派は、海外の同盟から米国は手を引くべきだとするトランプ氏の主張に懸念を表明し、党内の亀裂は深まるばかりだ。

 トランプ氏の環境政策についても、本選までの間に打ち出されてくるだろう。トランプ氏は「気候変動は中国がでっち上げたいかさま」と主張してきたが、3月のスーパーチューズデーを制したトランプ氏に対して米メディアが「相変わらずそう思っているのか?」と尋ねたところ、「あれはジョークだよ!」と笑って言い返した。最近になり選挙対策の参謀を数人、陣営に招き入れた影響かもしれないが、“大統領”になることを意識しはじめ、言いたい放題から“キャラ変更”か、との報道もあった。

 既存政治への批判を背景とするトランプ旋風は、エスタブリッシュメント(支配階層)への国民の不満の表れであることから、エリート政治家のクリントン氏にとって本選で逆風になるかもしれない。トランプ氏との本選での対決では、白人男性票をめぐり厳しい戦いになることも予想される。また、クリントン氏にとっては、FBIが数週間内に事情聴取の予定とされる電子メール問題注1)が今後影響する可能性もある。

 ウォールストリートジャーナルとNBCニュースが共同で行った最新の世論調査では、クリントン氏に否定的な人の割合は56%。肯定的な人の割合は3分の1弱。一方、トランプ氏に対して否定的な人は65%、肯定的な人は4分の1未満という結果となった。過去を見ても、有権者の間で否定的な見方がこれほど高い候補者同士が本選を戦ったことはないという。あと半年、二人のうちどちらかが時期大統領となる。果たして米国民はどちらを選ぶのだろうか。

注1)
電子メール問題とは:国務長官在任中の公務に私的な電子メールアカウントを使っていた問題

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