ミッシングマネー問題にどう取り組むか 第7回

プライススパイクに依存するリスク②


Policy study group for electric power industry reform

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 逆に、図19のようにGC段階の需要想定が過大であった場合も考えてみる。GC前の需要予測に基づき、kWh市場においてDRが約定して、400円/kWhのプライススパイクが発生した。しかし、実際の需要はもう少し小さかったので、リアルタイム価格は8円/kWhであった。この場合、需要想定が正確であれば発生しなかったプライススパイクが発生したので、電源は想定以上の収入を得ることになる。図19の太いグレーの破線で囲んだ部分は、需要想定が過大であった故に電源が得た棚ボタ利益になる。他方、小売電気事業者は、需要想定が過大であった故に高いGC前価格で電気を調達せざるを得なくなる。加えて、余った電気は余剰インバランスとして系統運用者に売り戻すことになるが、その価格はリアルタイム価格の8円/kWhであるので、400円/kWhで買った電気を8円/kWhで売り戻すことによる損失も発生する。

図19:GC前の需要想定が過大であったケース

図19:GC前の需要想定が過大であったケース

 以上のとおり、GC段階の需要想定が過小であった場合、電源は想定した固定費回収原資を得ることができず、過大であった場合は想定した以上の収入を得る。過小と過大が同程度の確率で起こるのであれば、電源保有者のリスクは大きいとはいえないかもしれない。しかし、小売電気事業者の立場に立てば、GC段階の需要想定が過小であった場合、彼らはメリットを得こそすれ、損失を被ることはない。逆に需要想定が過大であった場合は、損失を被ることがあっても、メリットが得られることはない。したがって、小売電気事業者は、過小気味に需要想定をするインセンティブを有する。このインセンティブは、kWh市場の価格が、高くても20円/kWh程度の電源の限界費用で決まる状況下ではそれほど強いものではないであろうが、少しの需要の変動で価格が8円/kWhから400円/kWhまで大きく変動する、ここで想定している市場構造の下では強いものとなるだろう。

<過小な需要想定に対する歯止めは可能か>

 小売電気事業者に過小な需要想定をされると、GC前価格がリアルタイム価格よりも安くなることから、電源は想定される収入を得ることができず、ミッシングマネー問題を解消することはできなくなる。では、過小な需要想定に対する何らかの歯止めは可能だろうか。

 例えば、日本の場合、2014年6月に成立した改正電気事業法第2条の12において、次のとおり、小売電気事業者の供給能力確保義務を規定している。

 第2条の12 小売電気事業者は、正当な理由がある場合を除き、その小売供給の相手方の電気の需要に応ずるために必要な供給能力を確保しなければならない。
2  経済産業大臣は、小売電気事業者がその小売供給の相手方の電気の需要に応ずるために必要な供給能力を確保していないため、電気の使用者の利益を阻害し、又は阻害するおそれがあると認めるときは、小売電気事業者に対し、当該電気の需要に応ずるために必要な供給能力の確保その他の必要な措置をとるべきことを命ずることができる。

 経済産業省の解明では、「小売供給の相手方の電気の需要」は、「最終的な実需給の段階(つまりリアルタイム)での顧客需要の量」とのことである注33)。しかし、実際に導入されようとしている電力供給システムでは、小売電気事業者は、リアルタイムの1時間前のGC時点で最終的な需給計画を確定させる必要があるので、リアルタイムの需要に応じた電気の調達はできない。したがって、小売電気事業者は実質、GC段階の最善の需要想定に基づき電気を調達することが求められていると解するべきだろう。この需要想定が故意かどうかによらず過小であると、電源は想定した収入が得られなくなる。図10で示した、東京電力の需要実績を用いたモデルで試算すると、プライススパイクの発生が想定される20時間において、需要想定が1%(50万kW)程度過小であると、プライススパイクの発生頻度は半減し、電源の固定費回収に大きく影響する。

 では、この誤差について、電気事業法第2条の12の供給能力確保義務違反として、同条第2項に定める措置命令が発出されることは考えられるかどうか。東京電力の場合、夏の平日の午後に気温が1℃変化すると、電力需要は130万kW変化するといわれている。つまり、1%(50万kW)の需要想定誤差は、0.4℃の気温差に相当する。この程度の誤差は、故意でなくとも日常的に発生し得る。

注33)
電力改革研究会(2014)
<参考文献>
 
電力改革研究会(2014) , “新電気事業法における供給能力確保義務を考える
山本隆三、戸田直樹(2013) , “電力市場が電力不足を招く、missing money問題(固定費回収不足問題)にどう取り組むか”, IEEI Discussion Paper 2013-001

執筆:東京電力株式会社 経営技術戦略研究所 経営戦略調査室長 戸田 直樹

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