ミッシングマネー問題にどう取り組むか 第7回

プライススパイクに依存するリスク②


Policy study group for electric power industry reform

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 前回より、kWh市場におけるプライススパイクにミッシングマネー解消を依存するリスクを取り上げている。今回は、筆者が考える3種類のリスクのうち、第二のリスクについて述べる。

<第二のリスク:市場における価格形成に関するリスク>

 第二のリスクは、市場における価格形成に関するリスクである。市場価格が需給状況を正確に反映したものにならないと、ミッシングマネー問題は解消しない。

 第1回で示したとおり、電気の価格は、それぞれの時間帯における需要曲線と供給曲線の交点で決まる。需要曲線も供給曲線も時間帯により変化するので、電気の価格も時間帯により変動する。加えて、電気の場合、個々の時間帯において、需要曲線と供給曲線がどのような形状であったかは、その時になってみないと「厳密には」分からない。電気は、普通の商品のように例えば、「豚のコマ切れ200g」などと、事前に量を指定して購入することが「厳密には」できない。ある時間帯に自分がどのくらいkWhを消費するかは、「厳密には」その時(以下「リアルタイム」と呼ぶ)になって、実際にkWhを消費してみないと分からないし、その時になって電源がトラブルを起こして、供給曲線の形状が変わる可能性もある。すなわち、個々の時間帯の需給状況を厳密に反映した価格は、事後でないと分からない。ここまで説明してきたモデルは、簡単のため、電気の価格が各時間帯で、「厳密な」需給実績に基づく単一のものであることを前提としていた。しかし、現実のkWh市場はこのようにはならない。もし、それを求めるのであれば、消費する全ての電気について、価格が分かるのが事後になる不便を甘受しなければならない。

<現実のkWh市場は同一時間帯でも複数の価格がある>

 欧州のkWh市場では、通常、リアルタイムの一定時間前にゲートクローズ(GC)というものが設定されている。GCとは、系統利用者(発電事業者、小売電気事業者)が系統運用者に自社の需給計画を最終的に提出する締切のことである。日本の電力システム改革でも、2016年度から同様の仕組みが導入される予定である。この方式の下で、小売電気事業者は、電気の需要量を予測し、それに見合ったkWhを、市場取引等を通じて調達し、需給計画としてGCまでに系統運用者に提出する。その段階で「GC前のkWh価格」が確定する(以下「GC前価格」と呼ぶ)。

 他方、リアルタイムの電力需給がGC段階で提出された需給計画とぴったり合うことはない。計画ぴったりに電気を消費することは難しく、どうしても誤差は出る。発電を予定していた電源がトラブルを起こして、発電量に誤差が出ることもある。再生可能エネルギー電源(自然変動電源)の発電量はGC段階では予測値で織り込むしかないが、これにも誤差が生じる。これらの誤差は系統運用者が電源やDRを確保して調整する。この調整の結果導出される価格は、その時間帯の需給関係を正確に反映した「リアルタイムのkWh価格」である(以下「リアルタイム価格」と呼ぶ)。

 さて、上記のとおり、GCを定めているkWh市場では、GC前価格とリアルタイム価格の少なくとも2種類の価格が存在することになる。リアルタイムの需給を厳密に反映しているのはリアルタイム価格であるが、小売電気事業者は、GC段階の需要想定に基づいて電気を調達し、需給計画を作成・提出することが求められるので、実際にリアルタイムで消費される電気の大半はGC前価格により取引される。GC前価格はリアルタイム価格と近い水準にはなるものの、GC段階の需要想定の誤差等により、多くの場合、リアルタイム価格とぴったり一致することはない。しかし、GCは通常リアルタイムの数十分~数時間前に設定され(日本は1時間前となる予定)、その段階の需給計画がその時点で最善の需要想定に基づいているのであれば、GC前価格で電気の大半を取引することは、通常は許容される。リアルタイム価格を適用しようと思うと、価格がわかるのが事後になってしまい不便だからである。

<リアルタイム価格とGC前価格の差異がリスク>

 しかし、プライススパイクの発生を期待して、電源に投資しようとする者にとっては、このリアルタイム価格とGC前価格の差異が大きなリスクとなり得る。以下に、第5回で示した図16を再掲する。この供給曲線の形状を見ればわかるが、需要がわずかに変化しただけで、プライススパイクが起きたり起きなかったりするからである。

図16(再掲):n=4(DR加味)の場合の最大需要発生時における市場の状況

図16(再掲):n=4(DR加味)の場合の最大需要発生時における市場の状況

 リアルタイム価格は400円/kWhであり、この価格がこの時間帯の唯一の価格であれば、全ての電源に理論上想定される固定費回収原資がもたらされている。対して、図18のようにGC段階の需要想定が過小であった場合は、GC前価格は8円/kWhであり、その価格でその時間帯に消費される電気の大半が取引される。リアルタイム価格は実際に発生する需要に基づいて400円/kWhにプライススパイクするものの、その価格で取引される電気は一部にとどまる。その結果、大半の電源は理論上想定される固定費回収原資が得られず、ミッシングマネー問題は解消しない。

図18:プライススパイクが発生してもミッシングマネーが解消しないケース (出所)筆者作成

図18:プライススパイクが発生してもミッシングマネーが解消しないケース (出所)筆者作成