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ミッシングマネー問題にどう取り組むか 第1回

電力システム改革の帰結


Policy study group for electric power industry reform


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<はじめに>

 ミッシングマネー(missing money)問題は、自由化された電力システムが抱える大きな課題である。一言で言えば、「単に市場に委ねるだけでは、安定供給のために必要な電源量が維持できない」問題であり、電力市場から得られる収入が、電源投資を回収するために十分な水準でなく、既存電源の採算性が悪化するとともに、新規の電源投資も起こらないことにより発生する。投資回収のために必要なお金が十分得られないという意味で、ミッシングマネー問題と呼ばれる。

 ミッシングマネー問題は、貯蔵が利かず、常に需要と同量の財(kWh)を生産することが求められる電気の技術面の制約に由来する。米国東部の電力市場では、この問題が早くから認識され、対策としてcomprehensiveな容量メカニズム注1) を導入し、試行錯誤を繰り返しながら、約20年の歴史を刻んでいる。欧州のいくつかの国では、昨今、再生可能エネルギー、特に太陽光発電・風力発電といった自然変動電源が、政策補助の下で大量に市場に導入されることでミッシングマネー問題が深刻化し、それを克服するための市場改革の検討が行われている。

 ミッシングマネー問題は、電力改革研究会のこれまでの論考でも何回か取り上げているが、ミッシングマネー問題対策としてcomprehensiveな容量メカニズムにスポットをあてたものが多かった。他方、各国における検討の中では、あくまで市場を機能させることを追求するとか、市場価格をあるべき水準まで人工的に補正する等、多様な議論が出てきている。

 本論では、ミッシングマネー問題を巡る議論を改めて整理する。数回に分け、電力システム改革及び自然変動電源大量導入がミッシングマネー問題をもたらすメカニズム、ミッシングマネー問題及びその対策をめぐる多様な議論を掘り下げていくこととしたい。

<電力システム改革は限界費用による価格形成に帰結>

 電力システム改革には様々な側面があるが、本論では主として、発電・卸部門の価格が、従来の総括原価に基づく価格から、市場原理の導入によって市場価格に移行することを指す。この場合、商品たる電気、つまりkWhを取引する市場(以下「kWh市場」と呼ぶ注2))の価格は、限界費用に基づくものになりやすい。

 もっとも、すべての産業で「市場原理を導入すれば、価格が限界費用になる」わけではない。経済学の教科書にしたがえば、「完全競争の下で、限界費用で価格が決まる」わけであるが、限界費用とは、「生産量を一単位増加させたときの総費用の増分」であるので、基本的に固定費を度外視している。固定費を度外視したら、産業は維持できない注3)。新聞に例えれば、新聞一部余計に刷るための限界費用は、紙代とインク代くらいである。紙代とインク代だけで新聞を売れと言われたら、新聞社は経営を維持できない。しかし、電気固有の制約から、kWh市場の価格は、限界費用に基づくものになりやすい。そのメカニズムは以下である。

<限界費用価格形成となるメカニズム>

 電気には、貯蔵が利かず、常に需要と同量の財(kWh)を生産することが求められる技術面の制約がある。この制約があるため、時間帯により変化する需要に対して、同量の電源が稼働し、発電した電気は即消費される。つまり、需要と供給の関係が常に変化するため、時間帯によって市場価格も変動する。稼働する電源は、利用可能なものを売値の安いものから順番に、需要と供給が一致するところまでである。

 図1はそのイメージである。右下がりの曲線Dが時間帯ごとの需要曲線である。D1がピーク時間帯(例:夏の午後)のもの、D2がオフピーク時間帯(例:深夜)のものである。右上がりの階段状の曲線Sが供給曲線であり、利用可能な電源を、電気の売値が安い順に並べたものである。これをメリットオーダーという。この供給曲線Sと需要曲線Dxの交点で、その時間帯の供給量(=需要量)とkWhの市場価格が決まる注4)。需要曲線D1(ピーク時間帯)では、価格はP1、供給量はQ1となり、需要曲線D2(オフピーク時間帯)では、価格はP2、供給量はQ2となる。

図1:kWh市場における価格と供給量の決まり方(出所)筆者作成

図1:kWh市場における価格と供給量の決まり方
(出所)筆者作成

注1)
容量メカニズムの概念は多様である。「comprehensiveな」の趣旨は本論の中で明らかにする
注2)
欧米では、energy only marketと呼ばれる。
注3)
産業は、販売単価×販売数量≧固定費+変動費×販売数量 であるとき、存続可能である。ここでいう変動費は、限界費用とほぼ同じ意味である。
注4)
その時間帯に発電した電源の売値のうち、もっとも高いものになる。

 上述のとおり、電気は生産されたものが即消費されるため、生産者から見ると、消費される瞬間に電源が稼働していないと収入はない。図1で、D=D2の場合は、G1、G2が稼働して収入を得る一方、G3~G6は稼働しないので収入はない。D=D1の場合は、G1~G5は稼働して収入を得るが、G6は収入がない。このような市場環境の下で、電源保有者が、売値に固定費を加算して発電の機会、つまり収入を得る機会を逃すよりは、限界費用より少しでも高い価格で売れるならば発電した方がましだと考えれば、固定費の回収を考慮せずに、限界費用で売値を提示することになる。

 上記のような行動を促す圧力は、市場に発電事業者が多数存在するほど、発電事業者はプライステイカー(完全競争市場において、価格を受容して行動する参加者)となり、強まることとなる。その場合、図1の青い線は各電源の限界費用が安い順に並んだものになる。

<限界費用価格形成の結果としてのミッシングマネー問題>

 その結果、各電源の保有者は、固定費を回収する原資を、市場価格(その時間帯に発電した電源の限界費用のうち、もっとも高いもの)と自己の限界費用との差分に期待することになる。図2に固定費回収原資のイメージを示す。オレンジの網掛けの部分が各電源が得る利益で、これが固定費を回収する原資となるが、ピーク時間帯であっても、稼働していないG6、稼働しているものの自己の限界費用がkWh市場価格となっているG5は、固定費回収の原資を得ることはできない。

図2 kWh市場における固定費回収原資(出所)筆者作成

図2 kWh市場における固定費回収原資
(出所)筆者作成

 このように、電気事業への市場原理の導入を進めると、電気の技術的な制約などに起因してkWh市場からの収入だけでは、電源固定費を回収するために十分な原資が得られない問題が生じうる。その場合、既存電源の採算性が悪化するとともに、固定費回収が不透明であることから新規の電源投資も難しくなり、必要な供給信頼度が維持できないことにもなる。つまり、ミッシングマネー問題注5)が発生する。

 市場に発電事業者がそれほど多くなく、発電機会が見通せる場合は、限界費用による売値提示を促す圧力はそれほど強いものにならない。その場合、電源保有者は他産業で行われているように、固定費回収を考慮した、すなわち限界費用よりも高い価格を提示することが可能になる。このような価格付けを市場支配力の行使と批判する意見注6)もあるが、固定費が回収できなければ事業を維持できないから、固定費を加算すること自体は、新聞社が紙代とインク代だけで新聞を売れと言われないのと同様に、批判されるものではない。

注5)
ミッシングマネー問題はピーク電源で特に顕著に現れるが、理論上はミドル電源、ベース電源でも発生しうる。図4について言えば、G1からG4は固定費回収の原資を得ているが、年間を通じて十分な原資が得られなければ、ミッシングマネー問題が発生する。詳しくは山本・戸田(2013)
注6)
例えば、第7回電力システム改革専門委員会(2012年7月)において、委員から次の発言があった。「取引所には大きな改革を行うべき。売りについて、電力会社は限界費用に固定費を上乗せしたものを出しており、それでは意味がないと考える。例えば、限界費用から1銭でも高ければ売るべきであり、それが自社の利益になると考える。限界費用よりも高いにもかかわらず売りを出さないのは独占力を行使して価格を釣り上げているということ。売りについては限界費用で出すべきであり、それを行政がチェックする仕組みが必要。この措置については、自社に損はないはずである。」(出所:経済産業省(2012))
<参考文献>
 
山本隆三、戸田直樹(2013) , “電力市場が電力不足を招く、missing money問題(固定費回収不足問題)にどう取り組むか”, IEEI Discussion Paper 2013-001
経済産業省(2012) , “第7回電力システム改革専門委員会議事要旨

執筆:東京電力株式会社 経営技術戦略研究所 経営戦略調査室長 戸田 直樹

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