英国と原子力(その2)


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 EDFと英国政府の間で1年近く、交渉が行われてきたが、2013年10月に92.5£/Mhwを35年間保証するという合意がなされた。この水準については英国内でも「高すぎる」との批判がある。92.5ポンドという数字は再生可能エネルギーに関するストライク・プライス、例えば洋上風力(155£/Mhw)、大規模太陽光(120£/Mhw)、陸上風力(95£/Mhw)と比較すれば低い。しかし、フィンランドが昨年末、新規原発建設についてロシアのロスアトムと合意した数字、43£/Mhwと比較すると倍以上である。保守系の雑誌 Spectator の2月の記事では「ヒンクリーポイントのストライク・プライス92.5£/Mhwは電力市場価格の50£/Mhwよりも43ポンドも高い。これは英国政府が署名した契約の中でも最悪のものだ。このような合意がなされた背景は英国が2030年までに温室効果ガスを60%削減するという恣意的な目標・期限を設定したからだ。そのためには2020年代初めには新規原発を稼動させる必要があり、その要請に応えられるのはEDFだけだった。もし政府がもう数年、時間に余裕を持たせれば、EDF以外の企業も競争に参加させ、もっとリーズナブルな価格で合意できたはずだ」という批判を展開している。

英国の原子力発電所サイト

ヒンクリーポイントの完成予想図

 英国政府とEDFの合意内容については、欧州委員会競争当局が国家補助の妥当性の観点から調査に入っている。その調査結果については予断を許さないが、英国における原子力発電所新設の帰趨、更には他の欧州諸国における原発新設の議論にも種々の影響を与えることになるだろう。仮に合意内容を白紙に戻すことを求めるような結果が出た場合、「英国のエネルギー政策上の要請に基づく政策がブラッセルの横槍で頓挫させられた」との理由で、英国内に根強く存在するEU離脱論に拍車をかけることになることは間違いない。

 英国と原子力をめぐる動向を紹介してきた。原子力に対するCfDの水準等、色々な議論があるとはいえ、日本との決定的な違いは、「エネルギー安全保障、温暖化防止のために原子力が必要」という点で国内のコンセンサスがほぼ取れているということだ。もっとも、上述のディスカッションに参加していた英国上院議員(彼はサッチャー政権下でエネルギー大臣を務めた保守党の重鎮である)は「原子力の必要性に関する英国内の議論は、地球温暖化問題に対応せねばならないとの点が前提となっている。温暖化懐疑論の台頭によってこの前提が揺らぐことがあれば、全ての議論が揺らいでくる」との懸念も漏らしていた。先般の地方選挙、欧州議会選挙で大きく議席を伸ばした英国独立党(UKIP)のファラージュ党首は温暖化懐疑論を主張しており、風力等の再生可能エネルギーへの支援を日本でも有名になった「ルーピー」という表現で批判している。そんな風潮への懸念もあったのだろう。