「転向者」との会話


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 「転向」という言葉を辞書でひくと「それまでの方向・方針・職業・好みなどを変えること」「政治的・思想的立場を変えること。特に共産主義者・社会主義者が弾圧によってその思想を放棄すること」とある。我が国で「転向」という言葉は、何となくネガティブな語感を持つことが多いが、それはこの2番目の意味があるからだろう。

 環境保護運動の世界でも「転向」は存在する。最も顕著な例は原子力に対する立場である。例えば環境NGOの代表的存在であるグリーンピースは反核運動に起源を発するせいか、その後、地球温暖化防止もアジェンダに含めるようになっても反原発というスローガンを貫いている。しかしグリーンピースの中にも、これまでの主張を変え、地球温暖化防止のためには原子力オプションが必要だと考えるに至る人々もいる。例えばグリーンピース創設メンバーの一人で、15年間も会長をつとめたパトリック・ムーアは、のちに団体と袂を分かち、別の団体「グリーンスピリット」を興して原子力発電に賛同する立場になっている。

 先日、環境保護運動の活動家で従来の反原発から原発支持に転じた2人の人物と相次いで話をする機会があった。2005年まで英国グリーンピース事務局長であり、現在はCentre for European Reform の研究員を務めるスティーフン・ティンダール、反原発主義者だったものの、原発推進派に転じた知識人たちの声を集めた米映画「パンドラの約束」の出演者の一人であるマーク・ライナースである。彼らを含め、英国で反原発から原発支持に転じた人々を取り上げたインディペンデント紙の記事を参考までに掲げよう。ちなみに「転向」に相当する英語としてU-turn やconvert という表現が使われている。本稿の表題を「転向者との会話」としたが、より正確には「反原発という環境NGOの教義から自己を解き放った」と言う意味で「棄教者との会話」とすべきなのかもしれない。

http://www.independent.co.uk/environment/green-living/nuclear-power-yes-please-1629327.html

 彼らに共通するのは地球温暖化問題への強烈な危機感である。もちろん多くの環境NGOが主張するように省エネルギー、再生可能エネルギーを推進すべきとの点については彼らも全く異存はない。しかし彼らは省エネルギー、再生可能エネルギーだけで温暖化に対応することは不可能だと考える。太陽光発電や風力は天候に左右され、この問題に対応するためのエネルギー貯蔵技術は未だに非常に高コストである。彼らは環境NGOの主張する省エネ、再生可能エネルギーに立脚したエネルギー戦略は数十年後の絵姿としては良いが、そこに至るまでの道筋とコストについて責任ある処方箋を描いていないと論ずる。むしろ温暖化問題に対応するためには、シェールガスを含め、利用可能なオプションは全て使うべきであり、安定的な出力特性を有する原子力はそのための重要な手段であると考える。

マーク・ライナースとスティーフン・ティンダール