クリミア情勢とエネルギー


国際環境経済研究所主席研究員、(一財)日本原子力文化財団 理事長

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経済制裁に加え、米空海軍の一部が動いた

 ロシアがロシア人保護のためといって、クリミア半島に2万人とも3万人とも伝えられるロシア軍を展開した。
 ロシア軍が動いた数日後、アメリカは、ウクライナへの内政干渉だとして、関係の米国内資産凍結や米国への渡航禁止の経済制裁を打ち出し、EUも経済制裁を始めた。6日の情報では、アメリカがポーランドにF16戦闘機12機と要員約300人を派遣するという。米駆逐艦がボスポラス海峡に入ったというニュースも伝わってきた。
 事態が悪化しないことを望むばかりだが、この出来事は、改めて、欧州のエネルギー事情の弱点を浮き彫りにし、更なる動きの引き金になるかもしれない。

欧州諸国のエネルギー政策への影響

① 欧州北部の国々でロシアのガス供給に対する不信強まる。

 7日モスクワ発のロイターは、「ロシア・ガス大手のガズプロムが料金の支払いが滞っていることを理由に、ウクライナ向け天然ガスの供給を停止する可能性があることを示唆した。」と伝えている。
 2009年年年初に、ロシアがウクライナとの価格交渉がまとまらないということで、実際にガス供給を停止し、ヨーロッパにも影響が出たことは記憶に新しい。今回の件は、欧州の中央部にあってロシアのガスにエネルギー供給を依存している国々のかねてからの懸念を強めることになり、ロシア不信が高まっている。

アメリカのガスを中央ヨーロッパへの声

② ポーランドなど中央四カ国ヨーロッパの駐米大使、米国議会議員にガス輸出促進支援の要請

 このブログを書いている最中にも、そうした動きが出た。ポーランド、ハンガリー、チェコ、スロバキアの中央ヨーロッパ四カ国の駐米大使が協同して米国議会議員の法制専門家に、“ロシアのガス依存低減のため、アメリカのガス輸出に関する規制等を緩め、LNG輸出を急いで欲しい”と手紙を書いたのだ(8日Finacial Times)。言うまでもないが、アメリカでは、シェールガスの開発・生産増加が進み、賑わっている。それだけに、この4人の大使達の声は、切実なものと響くのではなかろうか。この4大使の手紙の中にある大使達の言葉をFinacial Timesは、強調して紹介している。「我々の地域・数百万市民にとって、エネルギーセキュリテイは、日々日常の重要事であるにとどまらず、米国の同盟国が現在中央ヨーロッパでそして東欧で直面している最も重要な安全保障問題である」(Energy security is not only a day-to-day issue for millions of citizens in our region, but it is one of the most important security challenges that America’s allies face in central and eastern Europe today.)

③ 過去、この地域では、ロシア産ガス依存低減を具体化すべく後述するとおりの取り組みが模索されていた。リトアニアなどが原子力発電開発への関心を強めているのも、こうした懸念が背景だった。ガス供給停止から5年。今回のイベントは、こうした模索に改めて動きを与えるかもしれない。

生き返るかナブッコ・パイプライン構想

 欧州諸国は、ロシアからの石油・ガスをウクライナ経由か、更に北側を通るパイプラインで輸入(ドイツ)している。21世紀に入ってすぐ、開発が進むカスピ海周辺地域からの石油・ガスについては、黒海北側のウクライナを通さず、南側を西へパイプラインを敷設して運ぼうという構想が進んでいた。
 通称Nabuccoと呼ばれる構想が一つの代表だ。パイプラインをトルコ東西横断させ、バルカン半島を北上させるという構想だった。EUそして米国の全面的支持を得、開発主体として、トルコ、ルーマニア、ハンガリー、ブルガリア、オーストリアの5カ国(そのほかドイツ入退あり)によるコンソーシアム:「ナブッコ・ガス・パイプライン・インターナショナルGmbH」まで出来ていた。アゼルバイジャンのガス供給の約束もあった。
 しかし、2013年6月、アゼルバイジャンからのガスをギリシャ、イタリアなどへ送るという民間主導の構想(Trans Adriatic Pipeline(TAP))がまとまったことで中断してしまい、今日に至っている。
 そんなことはあって欲しくないが、仮にも、クリミア半島状況がさらに深刻化すれば、このNabuccoパイプライン構想が改めて時代の脚光を浴びるかもしれない。(こうした動きについては、JOGMEC調査部木村眞澄20130919報告に詳しい。)

トルストイも参戦したクリミア戦争

 ところで、今回のクリア半島騒乱についての解説で、19世紀中頃の歴史を振り返り、ナイチンゲールがクリミア戦争の従軍看護婦として働いたということがよく紹介される。彼女は、トルコ・フランス・英国の戦勝国側だし、国際赤十字の創始者にもなったのだから紹介されるのは当然だ。しかし、敗戦国となったロシア側にも戦争に参戦した大物がいる。トルストイである。トルストイは、士官候補生として、セバストポリ要塞の攻防戦に参戦したようだ。確か、負傷までしている。その後、トルストイは、「セバストポリ物語」と題する小説を書いている。岩波文庫:中村白葉の名訳で、日本にも紹介されている。内容は全く覚えていないが、読んだのが高校一年生の時だったので、この都市の名前は、筆者にとって青春の香りがする。