電カシステム改革下で
原子力発電事業を可能にする条件を問う


国際環境経済研究所前所長

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(「週刊 金融財政事情 2014年1月6日 号(3054号)」からの転載)

原賠機構法に基づくバックアップでは問題解決は困難

いったん事故が起こった場合の事業者の無過失・無限の損害賠償責任、廃炉や使用済みウラン燃料再処理などバックエンド事業は先行き不透明、電カシステム改革による電力料金規制の廃止など、わが国の原子力発電事業は多くの困難に直面している。原子力事業に関する官民のリスク分担を体現する原子力損害賠償法の再検討、福島第一原発事故後の東電問題、今後の電カシステム改革をふまえて、原発事業を継続するのであれば必要とされる具体的な方策を示し、政治的なリーダーシップの登場を促したい。

わが国の原賠法の特徴

 各国の原子力損害賠償制度は共通して、近代民法で通常求められる以上の厳格な責任を原子力事業者に求め、民間保険により賠償資力を担保させ、それでも不十分な場合には国家補償を行うという構造になっている。ドイツやスイスは事業者が無限責任を負うとされているが、実際にはそれらの国でも大規模な事故被害が生じた場合には国の関与が想定されている。
 わが国の原子力損害賠償法(原賠法)は、国家が関与する仕組みや判断基準が明確ではなかったうえ、国が事業者と共同して事態に対処するという政治的な意思が欠けていたことが大きな混乱をもたらした。東電を非難する世論を背景として事業者を事態の対処責任の前面に立たせ、それを盾として政府ができるだけ後ろに回ろうとしたことは、それまで原子力政策は「国策民営」という官民一体の体制で進められてきたと信じていた当事者や関係者(とくに金融関係者)間に重大な政府不信をもたらした。
 原賠法のあり方を審議した原子力災害補償専門部会(委員長・我妻栄東京大学名誉教授) の答申は、民間事業者の責任を有限にして事業者にとっての予見可能性を確保したうえで、それを超える損害については国家が補償するという考え方に基づいていた。これに対し、当時の大蔵省が強く反対した。「民間事業者が第三者に及ぼした損害を国家が直接賠償するような制度は他業種にない」という理由だったが、本音は「どれだけ損害が拡大するかわからないようなリスクを国家が負うことはできない」ということだったと思われる。その結果、原子力損害については事業者が無限の責任を負うこととなった。ただし、事業者側も原発の立地促進のため、そのリスクを積極的に受け入れたといわれていることには留意しなければならないだろう。

機構法が果たした役割

 福島第一原発事故は原賠法に基づいて次のように整理された。まず、同事故は事業者免責の対象となる「異常に巨大な天災地変」によるものではなく、事業者である東電は損害賠償責任を負う。ただし、同事故は民間保険契約でカバーされる一般的な事故とは異なり天災によって引き起こされたものだったため、政府補償契約のカバー対象となり、政府から東電に福島第一原発事故の補償金として1,200億円が支払われている。しかし、東電の賠償責任はその金額を大きく超える見込みだったため、原賠法16条に基づく「政府の援助」が発動されることになり、その具体化として原子力損害賠償支援機構法(機構法)が制定され、同法に基づく政府の支援が東電に対して行われることになった。
 機構法は、東電の倒産によって被害者の損害賠償金がカットされたり、事故収束作業が滞ったりする事態を防ぎ、電力の安定供給体制を維持するという効果があった。また、原子力発電所を保有する他の電力会社の資金調達環境を好転させたことも大きなメリットと考えられる。最近でも東電の法的整理論があるが、法的整理を強行する場合に生じるこうした問題をどう解決するのかという具体的な提案が必要であるし、混乱を防ぐためのプロセスを緻密に考えなければならない。しかし、そうした現実的提言を伴う法的整理論は聞こえてこない。
 東電問題がこれまでの企業再生の事例と大きく異なるのは、長期にわたる事故収束作業が残ることである。法的整理を進めるには、事故を起こして廃炉となる福島第一原発は収益を生み出すものではないため、当然、新生東電からは切り離すことになると予想されるが、これから何十年も続く廃炉作業をだれが担うのか、さらに、そのための費用はどこからどのように捻出するのか。こうしたことが事前に決まっていなければ、廃炉作業や汚染水対策に携わる外部の事業者は役務提供をすぐにストップしてしまうだろう。新生東電から切り離されれば収入はなく、廃炉処理のためには、国費の投入や新生東電からの所得移転(配当などを含む)を行わざるをえなくなるが、そのための合理的かつ現実的な制度設計はきわめてむずかしい。
 立法時の経緯や事故当時の状況から、金融債権者は当然、法的整理には反対する。一方、財務省にとっては金融債権者が損失を負担しない限り、国費投入はありえない。そこで、東電に対する投入資金が貸付のかたちをとり、長期にわたったとしても最終的には返済されるという設計にすれば、両者ともに受入れ可能な結論が得られる。こうした妥協のもと、交付国債による資金貸付を柱とする機構法のスキームができあがったと考えられる。公的資本注入はキャッシュフローを補う目的と同時に、政府の関与姿勢を明示する機能も果たしたといえよう。
 2011年3月末の緊急融資を経て、機構法に基づいて東電に1兆円の公的資本注入が行われ、電力料金値上げと柏崎刈羽原発の再稼働を前提とした総合特別事業計画を受けて金融機関から新規融資も行われた。現時点で東電を法的整理にすると、先に述べたように増資引受けに要した公的資金1兆円も無に帰するうえ、廃炉への国費投入を含む国の関与増大は必須となる。取引継続のために通常の取引債権2兆円を緊急にファイナンスするための政府保証も必要になってこよう。こうしたコストを考えると、法的整理は事故直後に比べてもよりむずかしくなっており、いまそれを強行して無用な混乱を生じさせるよりも、現行の枠組みのなかで東電再生に向けての出口を探していくほうが現実的である。