原子力への信頼再構築に向けて


国際環境経済研究所前所長

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(「日本原子力学会誌 ATOMOΣ 2014年3月号」からの転載)

原子力の必要性は不変だが

 日本は資源に乏しい。この運命的構造は当分変えることができない。日本人が日本の地で日常的に経済・社会生活を営んでいくためには,エネルギーをどうにかして確保する必要がある。化石燃料はほとんどすべてが輸入,自然エネルギーを開発しようにも自然条件に恵まれず,コストも高いという状況では,エネルギー安全保障や経済性の面での不安が常につきまとう。こうした背景から有力なエネルギー源として浮かび上がってきたのが原子力だ。ウラン燃料は輸入しなければならないが,いったん装荷すれば数年は稼働できるというメリットを持つからである。特に,1973年の第1 次石油危機以降は,原子力発電の開発にドライブがかかったのも頷ける。
 私自身,資源に乏しい日本は,やはり原子力をエネルギー源選択肢の一つとして残しておくべきであり,現下の経済情勢を考えれば原発の再起動も行うべしとの立場を,福島第一原発事故後もずっと明確にしてきた。それは,電力は安定供給が命だと思うからである。電力は経済活動・日常生活に直接必要なものであるにとどまらず,交通や通信,水道その他のインフラが機能するために必要な「インフラ中のインフラ」なのだ。
 しかし,福島第一原発の事故以降,原子力には大きな逆風が吹き荒れている。当然のことではあるが,事故直後から原発に反対する世論が盛り上がり,脱原発・再生可能エネルギーによる代替をエネルギー政策の柱として主張する有識者や政治家が急増した。その間,菅元総理が法的根拠なく中部電力浜岡原子力発電所の停止を要請したり,他の原子力発電所についてもストレステストを要請したりするなど,「法律による行政の原理」が破られ,原子力政策や原子力規制行政は混乱した。2012年9月には,「革新的エネルギー・環境戦略」が取りまとめられたが,2030年代の原発稼働ゼロを目指すと同時に,鳩山元総理の2020年温室効果ガス25%削減目標を放棄することが出来なかったために,現実的な火力代替を認めえず,再生可能エネルギーの導入割合が非現実的なまでに高い計画となった。そのうえ,核燃料サイクル政策は放棄する方向で調整が進んだため,米国や青森県が強い憂慮や反発を示し,最終的には核燃料サイクル政策は維持の方向にはなったものの,関係者に強い不信感を植え付けてしまった。
 その後2012年12月の衆議院選挙で政権交代がなされ,自民党・公明党の連立与党が政権を回復し,エネルギー政策も白紙に戻して再検討されることとなった。これによってエネルギー政策・電力政策について,特に原子力の扱いを中心に,従前の官民一体となった原子力推進政策が戻ってくると期待した向きも多かったが,実際にはそれほど旧に復してはいない。今や,従来の原子力推進派の人たちの中にも,原子力発電の維持・拡大について慎重な意見を述べる人も増えている。福島第一原発の事故収束と汚染水対策に代表されるような後処理の難しさ,賠償問題の拡大と複雑化,地域コミュニティの崩壊,除染作業や瓦礫処理問題の困難を目の前にしたからだろう。
 福島第一原発事故以前は,原子力について,政策面での必要性の説明責任は政府,実際の運営責任は電力会社という大まかな分担ができていた。しかし,つい最近まで,心情的に反原発に与する世論や政治の影響も受けてか,行政が幕の後ろに退き,原子力の政策的必要性を説く主体がどこにもいなくなっていた。そのため,電力供給という事業運営面や経営財務的な側面から原発再稼働が必要な電力会社が,政策的な説明まで求められる羽目に陥ることがしばしばだった。その結果として,電力会社は,自らの経営問題を国家政策的な必要性まで持ち出すことによって正当化しようとしているのではいかとの世間の厳しい批判を浴びることになってしまったのである。

原子力に対する政治の構造変化

 昨年12月になってようやく,新たなエネルギー基本計画に対する総合資源エネルギー調査会からの「意見」という形を取って,安倍政権の原子力発電・核燃料サイクル政策の維持方針が示されたが,その姿勢は依然として慎重なものにとどまっている。その最も大きな理由は,原子力政策についての政治的な支持が構造的に変化し,希薄化しているからではないだろうか。その原因としては,次のようなことが考えられる。

(1)
原子力発電に反対する世論が長期化・定着化していること。事故後2 年半以上が経っても汚染水問題等の解決が不安視されていることもあり,このような世論に変化が見られないこと。
(2)
1950 年代の原子力発電導入当初に存在した原子力技術に対する期待感や先進性のイメージは徐々に薄れつつあったが,東電福島原発事故によって完全に喪失したこと。事故後の情報発信の混乱や不足もあって,国民は,事業者はもちろん国に対しても不信感を抱いていること。
(3)
オイルショックの記憶が風化し,エネルギーの量的確保の必要性の認識が薄れていること。長い経済停滞により「低廉豊富」なエネルギー供給源としての原子力発電の必要性が認識されにくくなっていること。
(4)
自民党の新人議員はもちろん,中堅議員においても,原子力黎明期のように,深く原子力政策に関与した経験を持つ政治家が少なくなったこと。
(5)
また,行政機関の中でも,原子力政策の必要性について強く認識する時代を経験した世代が去りつつあり,原子力政策との関わりの出発点が東電福島原発事故となる層が増えていくと予想されること。

 上記のような原因が複合して,福島第一原発事故以降は,原子力が日本の国益・国力(及び地域振興)にとって「特別に」必要なものとの政治的確認が,いまだ正式な形ではなされていないのである。しかし,電力会社の経営陣や原子力技術者のコミュニティなどには,現時点では,こうした政治的構造変化が実感として伝わっていない。原子力政策は,依然として2 回のオイルショックを経た1970 年代から80 年代までのパラダイムのまま構築されており,それを政治家や行政官の基本的認識だと考えている人がまだまだ多いのだ。その結果,衆参両院での選挙で自公政権が大勝したにもかかわらず,なぜ原子力政策が大きく前進しないのかが理解できないという状況が続いている。このままでは,今後原子力政策の再構築に際し,行政・政策関係者と民間事業者との認識ギャップが顕在化するのではないかという懸念が拭えない。

信頼再構築への必要条件とは

 ここからが問題だ。こうした原子力の必要性をいう場合,安全性の確保が当然の前提となっていることは言を俟たない。だが,原子力関係者は福島第一原発以降,これまでの発想からの転換や原子力コミュニティの中での価値観の変化や行動原理の見直しなどに,本当に真剣に取り組んでいるのだろうか。事故が起った今となっては,原子力の必要性を主張する上で,原子力コミュニティはまず福島事故について真摯に本気で反省しなければならない。そして世の中が原子力コミュニティに対して持っている「信頼できない」というイメージを払拭しなければならない。そのためには,単に原子力の政策的必要性を述べるだけでは足りず,次のような取り組みが必要だ。
 まず,火力や再生エネルギーの業界に比べて原子力産業界の規模は圧倒的に大きく,一般の人々は,原子力関連の利益複合体の巨大さに対して大きな不信感と脅威を感じていることを,原子力関係者はよく認識しなければならない。こうした不信感を払拭するためには,自制心・自己に厳しい態度・自浄作用・外部からの批判に対するオープンネスを,意識的に持ち続けなければならないのである。例えば,原子力産業以外の産業界の人々が,技術・品質のマネジメントの観点から原子力発電所の運用方法を定期的にチェックするしくみ(「原子力臨調」の設置)などを考えてみてはどうだろうか。
 第二に,原子力関係者が,ヒューマンファクター改善を事故対策の重要なポイントだと位置づけ,人材育成やトレーニングに真剣に取り組まなければならない。事業者が事故後に施した対策の多くも,さらには原子力規制委員会が設定した新安全基準も,ハードウェアに重点が置かれている。これでは,原子力関係者の発想が変わっていないのではないかとの印象が拭えない。政府事故調査委員会の報告書によるまでもなく,東京電力の事故時のテレビ会議の様子を見れば,事故の制御プロセスでは組織ガバナンスを含めたヒューマンファクターに問題があったことは明らかであり,ハードウェアの改善のみでリスクを低減したと主張してみても,一般の信頼は回復できないであろう。
 第三に,原子力規制委員会が設定する安全基準をクリアすれば,それがプラントの安全を証明したことになる,あるいは少なくとも事業者としての安全対策は十分だという理解が依然として事業者間に存在するとすれば,そうした理解を抜本的に改めることである。原子力損害賠償法上,事業者は無過失責任を負っているのであり,かつ規制委員会の安全基準は単に運転が認められるためにクリアすることが必要な最低基準であるという認識が必要なのだ。真の安全対策は,そうした基準をクリアした後に始まると言っても過言ではなく,事業者間で安全性向上を目指した競争が始まるような賠償制度の導入を検討することが重要だ。
 こうした措置に加え,原子力事業環境を巡るさまざまなリスクをカバーするための方策も用意しなければ,原子力技術はいずれ喪失するだろう。特に,炉のリプレースや新増設が認められなければ,原子力技術やそれを支える人材の継承・育成は加速度的に困難になる。しかし,その点に関する政府の方針は不明確なままだ。その一方で,原子力事業の持続可能性に難問を投げかける電力システム改革は進展しており,とりわけ原子力事業に関するファイナンスリスクの増大が強く懸念され始めている。こうした原子力事業・体制整備に関する諸方策については紙幅の関係上,下記の21世紀政策研究所の政策提言に譲りたい。

http://www.21ppi.org/pdf/thesis/131114_02.pdf
(2013 年12 月7 日 記)