電カシステム改革下で
原子力発電事業を可能にする条件を問う


国際環境経済研究所前所長

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原子力事業関連リスクのマネジメント

 日本の原発50基のなかで稼働年数30年を超えるものが増えているが、原発を続けることを前提にすれば、原則40年、長くても60年でリプレイスが必要になってくる。更新投資に必要な資金を民間金融資本市場から調達するためには、電カシステム改革による電力料金の自由化、事故による損害賠償責任、事後的に安全規制が強化されるおそれ、稼働率の低下などのリスクをどのようにマネージしていくかが問題となる。11月14日に発表した21世紀政策研究所の政策提言『原子力事業環境・体制整備に向けて』では、こうした原子力事業にかかわるリスクに関するトータル・ソリューションを提案している。
 まずは、これまで指摘してきた事故損害賠償リスクヘの対応だ。事故損害の無限責任の問題については、後述する事業者間相互扶助保険制度の構築とあわせ、民間の責任保険や政府の補償契約の措置額(現在1,200億円。民間保険契約の増額は詳細な条件を設定しなければ算出できないが、安定的に保険を提供するためには最大でも2,000億円程度が限界であるといわれている)を超える損害が生じた場合、事業者の賠償責任額の上限を2〜4兆円と定めることを提案した。
 事業者問相互扶助保険制度については、現在、機構が事業者から徴収する一般負担金が類似の制度として存在する。しかし、その徴収根拠は不明確であり、金額についても予見可能性がない(前述の問題点⑤)。将来起こりうる事故に備えた積立金という説明がされてはいるが、負担金の額がそれぞれの事業者の事故リスクを反映しているのかなど算定根拠が明らかではなく、各原子力事業者の財務体力に応じて徴収することになっている(払えるだけ払わせる、いわゆる「奉加帳形式」)。現状では一般負担金は総括原価に含めることが認められているが、電カシステム改革の最終段階では総括原価主義による料金規制そのものが廃止されることが見込まれるため、その時点では一般負担金のような制度が成立するかどうか不透明である(問題点③)。
 このような根拠不明確な一般負担金はいったん廃止し、アメリカの原賠法であるプライス・アンダーソン法にならつて、原子力損害賠償制度を事業者間の相互扶助による保険制度を柱として再構築することを提案した。この制度の利点は、損害賠償に関するリスクが限定されることのみならず、事業者が一種の連帯責任を追うことになるため、原子力安全規制委員会による規制とは別に、ピア・レビューによる自主的な安全対策の充実が期待できることだ。
 また、電カシステム改革との整合性も検討しなければならない。総括原価方式による電力料金の設定や一般担保を廃止するのであれば、新設原子力発電所に対しては、公的な債務保証制度や引取保証価格制度の導入が必要と考える。イギリスでは電力自由化以後、原子力発電所の新設がなく、老朽化した原子力発電所の廃止や温暖化対策としての火力発電所の早期廃止によって15〜16年には電力不足に陥る懸念が指摘されている。政府と事業者間で一定の引取保証価格の設定に合意することで、25年ぶりの新設を可能とした例が最近現われた。
 さらに、使用済み核燃料の再処理や最終処分などのバックエンド問題についても大きなリスクが存在する。これまでは、使用済み核燃料からプルトニウムと残存ウランを取り出し、それをふたたび燃やすといった核燃料サイクルが構想され、再処理事業がビジネスとして成り立つことを前提に民間事業者である日本原燃がそれを担うことになっていた。しかし、再処理工場はまだ竣工しておらず、竣工してもそこで生産されるプルトニウム燃料を使う高速増殖炉の原型炉「もんじゅ」が停止したまま先行きが見通せなくなっているため、再処理事業がビジネスとして成り立つかどうか微妙な状況になっている。もちろん、それまでの間はプルサーマル発電というかたちで軽水炉でのサイクルを回していくことになっているが、再稼働もままならないなか非常にむずかしい状況が続いている。
 日本は国際的にプルトニウムの軍事利用はせず、発生するプルトニウムはすべて使いきることを約束しているので、再処理事業をやめるわけにはいかない。再処理事業は、核不拡散の観点等からも、高度に国の関与が求められるものであるから、できるだけ早期に、今後の使用済み燃料やプルトニウムの発生量・消費量、使用済み燃料プールの容量その他の客観的データをもとに、核燃料サイクルをどのように回せば問題が最小化するのかを分析し、再処理その他のバックエンド事業に必要な資金・リスクの分担について検討を始める必要がある。そこで、政府部内に原子カバックエンド政策本部とバックエンド事業のプロジェクトマネジメントを行う公的法人を設け、廃炉から最終処分までのプロセスを政府が主導してマネージするというのが、われわれ(21世紀政策研究所の政策提言)の提言だ。
 日本は化石燃料をほぼ100%輸入しており、交渉力を確保する観点、安定供給を確保する観点、環境性の観点などエネルギー政策の根本に立ち返れば、原子力を電源オプションとしてもつことは必要だとわれわれは考える。しかし、日本の原子力事業はさまざまな難題に直面しており、従前の制度・体制では事業の継続が困離だと認識している。原子力技術の必要性について政治的な強い意思が示されること、総合的に問題をとらえ解決の全体像を描くリーダーシップが必要だ。

澤 昭裕竹内 純子