オバマ政権の環境・エネルギー政策(その11)

大統領就任以前のオバマの原子力への対応


環境政策アナリスト

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 新規原子力発電所計画が30年ぶりに動き出している米国だが、オバマ大統領は大統領選挙期間中からユッカマウンテン処分場の計画の見直しを主張していた。その後ユッカマウンテンは、ブルーリボンコミッションという専門家パネルによる一定の審議を経て見直しをすることとなった。オバマ大統領の原子力政策はどこへ向かっているのか。大統領就任以前のオバマ氏の言動と比較しながら、オバマ大統領政権の原子力政策を分析してみたい。

 原子力発電に対するオバマ大統領の上院議員時代からの対応を見てみよう。
 2005年12月、米国最大の原子力発電企業エクセロン社でトリチウム漏洩があった際、オバマ上院議員は批判的に動いた。2006年3月、盟友であるディック・ダービン上院議員とともに「2006年原子力漏洩時通報法案(Nuclear Release Notice Act of 2006)」を共同で議会に提出した。この法案は、連邦で定めるレベルを超える線量の放射性物質の漏洩があった場合は、州、地元への通知を義務づけるものだった。すでに連邦レベルでは規制により、通報は義務付けられていたので漏洩時の通報態勢を一層輻輳させるだけの法案と考えられ、原子力産業界が強い反対のロビーイングを行った。その影響もあってか、環境・公共工事委員会を通過はしたものの、本会議には上程されず、最終的に成立しなかった。
 一方、ドメニチ上院議員を中心に作成された「2005年エネルギー政策法」については賛成投票を行っている。この法案には原子力債務保証も含めて多くの原子力の支援措置を含んでいるが、オバマ上院議員の出身州であるイリノイ州にとって有利なエタノール利用の拡大という項目が入っており、この項目への支持が、第一義的な理由ではないかとも言われている。
 また、オバマ大統領は選挙キャンペーン中も、原子力新設に対しては使用済み燃料管理、原子力セキュリティー、核不拡散が十分に確保されているという前提ではあるが、原子力を除外したら「自分たちの野心的な気候変動目標を達成することは難しい」と言明している。
 上記のとおりオバマ上院議員の原子力のポジションは必ずしも一貫してものではなかった。しかし、大統領選挙キャンペーン中の言動からして、全体としては安全確保などが満たされるという条件つきで原子力を進めるという、現実的なポジションをとるとみられていた。

2009年予算では具体的な支援のない原子力

 オバマ政権のエネルギー政策を分析する場合、2009年3月に成立した2009年の歳出法、そして2009年2月26日に発表されたオバマ大統領としての初の大統領予算教書をみる必要がある。予算教書とは、新年度、つまり2010年の予算編成を立法府である議会が審議するに当たり、大統領が政策を示し、議会に権限のある予算面での措置を要求するものである。
 まず、2009年の歳出法案では4100億ドルが認められ、エネルギー省には270億ドルが配分された。これは2008年のブッシュ前政権要求額よりも10億ドル多い。また、2008年の歳出予算に対しては25億ドル多い。しかし、原子力をみると7億9200万ドルと、2008年度歳出予算より、1億6970万ドル少なく、ブッシュ前政権要求額よりも6160万ドル減少している。その分、エネルギー効率向上、再生可能エネルギー、科学技術へより重点的に配分されたからである。争点となっている使用済み燃料処分場であるユッカマウンテンについては、前年の3億8640万ドルから2009年の予算では2億8830万ドルに減少した。

予算教書でユッカマウンテンプロジェクト見直しの方針

 オバマ大統領の原子力政策として注目を集めているのが、選挙期間中からその考えを表明しており、予算教書でも盛り込まれたネバダ州ユッカマウンテンの使用済み燃料処分場計画、いわゆるユッカマウンテン処分場プロジェクトの見直し方針である。しかしこれをもって、オバマ大統領が原子力政策に後ろ向きであるというのは早合点すぎると筆者は考える。
 まず、複雑な経緯を辿ったユッカマウンテン処分場プロジェクトの経緯をみてみよう。
 1982年に制定された放射性廃棄物政策法(NWPA)によって高レベル放射性廃棄物処分のためのサイト選定手続きが規定され、1987年には放射性廃棄物政策修正法(NWPAA)により、ユッカマウンテンのみでサイト特性調査が実際されることになった。その後、環境影響評価を実施、公聴会なども行い、2002年2月、当時のスペンサー・エイブラハムエネルギー省長官がブッシュ大統領にサイト推薦を実施した。大統領は連邦議会にサイト推薦を通知したが、これに対し地元のネバダ州知事が不承認を通知。しかしこれを覆す立地承認決議案を連邦議会が可決。大統領が署名し、ユッカマウンテンが処分場サイトとして正式に決定された。
 しかしその後もネバダ州などはサイト指定が憲法違反であるなどの訴えが起こされ、連邦控訴裁判所が2004年にこれを退けた。一方、2004年末までとされていたエネルギー省の原子力規制委員会(NRC)に対する認可申請書の提出も、さまざまな要因で遅れ2008年ようやく提出した。こうした中で、2009年の予算教書でプロジェクト見直しの方針が打ち出された。その項目にはこうある。

The Administration proposes to eliminate the Yucca Mountain repository program. The Budget provides $196.8 million for the Department of Energy (DOE) to explore alternatives for nuclear waste disposal and to continue participation in the repository license proceeding before the Nuclear Regulatory Commission.

 オバマ政権は、ユッカマウンテン処分場プログラムを見直すことを提案した。オバマ大統領の2010年予算要求(予算教書)では、ユッカマウンテンプロジェクトは見直すものの、エネルギー省から許認可申請が出ている以上、それを放置したとしてもNRCによる処分場の許認可審査手続きは継続することになるため、1億9680万ドルを要求している。

※【出典】
2009年5月7日発表、オバマ大統領の予算教書(詳細)
Budget of the U.S. Government Fiscal Year 2010 Terminations, Reductions, and Savings

 オバマ政権はここで「eliminate」という言葉を使い、見直しの提案をした。
 オバマ大統領は、ユッカマウンテンプロジェクト認可審査中に、今後の廃棄物処分を審議・提案する独立専門委員会(ブルーリボンコミッション)を設置し、大統領および議会に対して、使用済燃料管理に関する最善の進め方を提案させることにした。オバマ大統領とチュー前エネルギー省長官は、ユッカマウンテン処分場プロジェクトへの使用済み燃料貯蔵が選択肢ではないことを強調しており、予算にはそれが反映されている。また新政権は使用済み燃料の管理について、よりよい解決策を探すプロセスを開始するとしている。
 2010年のユッカマウンテンプロジェクト関連予算をみると、原子力政策に積極的だった2009年予算に対するブッシュ政権時代の要求額は4億9400万ドル。これに対しオバマ政権では約2億ドルとなっている。これはユッカマウンテンプロジェクトに関する原子力規制委員会(NRC)の審査費用にあたる。
 これはつまり新政権がユッカマウンテン処分場プロジェクト予算を最低必要限度にしたということを意味する。

ブルーリボンコミッションの提言

 2012年1月オバマ大統領の指示により、ブルーリボンコミッションが最終報告をエネルギー省長官に提出した。ブルーリボンコミッションのメンバーは下記のとおりである。

リー・ハミルトン(共同議長) ウッドロー・ウィルソン国際学術研究センター所長
ブレント・スコウクロフト(共同議長) 前国家安全保障担当大統領補佐官
マーク・エアズ アメリカ労働総同盟産業別連合会会議(AFL-CIO)
ビッキー・ベイリー 連邦エネルギー規制委員会前委員長
アルバート・カーネセール カリフォルニア大学ロサンゼルス校名誉学長
ピート・ドメニチ 前上院議員
スーザン・アイゼンハワー アイゼンハワーグループ代表
チャック・ヘーグル 元上院議員(現国防長官)
ジョナサン・ラッシュ 世界資源研究所所長
アリソン・マクファーレン 現原子力規制委員会委員長 ジョージメイソン大学准教授
リチャード・メザーブ 原子力委員会元委員長
アーネスト・モニーツ 現エネルギー省長官 前マサチューセッツ工科大学教授
パー・ピーターソン カリフォルニア大学バークレー校教授
ジョン・ロウ エクセロン前社長
フィル・シャープ 未来資源研究所所長

スーザン・アイゼンハワー 故アイゼンハワー大統領の孫 もともと共和党支持であるが、
オバマ大統領を選挙時から一貫して支援。ブルーリボンコミッションのメンバーとなる

 いずれも原子力・エネルギー界では名のある専門家が指名され、注目された会議であった。その最終報告に先立ち、議会は公聴会を実施、エネルギー省に対して使用済原子燃料・廃棄物管理に関する戦略を報告書発表の半年以内に策定するように求めている。また、単にユッカマウンテンの存否を決めるだけでなくより広く米国の使用済み燃料および廃棄物に関する政策提言をすることになり、結果的にブルーリボンコミッションの提言は下記のとおりであった。

将来の原子力廃棄物施設立地のための新たな合意ベースのアプローチが必要
廃棄物管理プログラムに専念し、継続するための権限と資源が付与された新たな組織の設立
電力会社は原子力廃棄物管理のためにファンドに資金を拠出しており、エネルギー省がこれまで管理していたが、同ファンド資金を電力会社が活用できるようにする
ひとつまたはそれ以上の廃棄物処分場の開発の促進
ひとつまたはそれ以上の中間貯蔵施設の開発の促進
貯蔵・処分施設が可能となった際にこれらの大規模輸送の準備
原子力技術の継続的革新および労働力開発のための支援
原子力安全、廃棄物管理、不拡散、安全保障上の懸念に対応するための国際的努力における米国の積極的リーダーシップ

 また、ブルーリボンコミッションは、米国が再処理導入による原子燃料サイクルを閉じるべきかどうかの議論にコンセンサスに到達するのは時期尚早と結論付けている。異なる燃料サイクル技術のメリットや商業的実現可能性について不確実性が存在するからだ。これらの提言はエネルギー省に提出されたが、単に行政府によって行動が必要とされているのではなく、議会における立法化が必要となっている。
 ブルーリボンコミッションの結論により、新しい原子力廃棄物に関する新たな法制を審議することになった。新たな法律にはブルーリボンコミッションのすべての提言を盛り込むか、一部の提言を盛り込むか、あるいは他のアイディアを盛り込むか、またはその食い合わせとするか、つまりブルーリボンコミッションのくびきから離れることも可能である。
 ユッカマウンテンについてブルーリボンコミッションは、当初、下院はユッカマウンテンを選択肢に入れて検討することで合意し、上院のビンガマン・エネルギー天然資源委員長もユッカマウンテンの可能性も検討の俎上に載せることを提言した。一方、地元ネバダ州出身のハリー・リード民主党委員内総務がユッカマウンテンを検討のオプションから外すことを求め、結果的に上院案ではユッカマウンテンをはずすこととなった。下院の中には依然 ユッカマウンテンを選択肢に入れることにしてあるので両院の調整はされないままブルーリボンコミッションの審議に入ったといういきさつがある。
 ユッカマウンテンを巡るこうした玉虫色の措置の背景には、ネバダ州選出ハリー・リード上院議員の強い影響力がある。彼は院内総務を務める民主党の重鎮である。オバマ大統領はこうした影響力のある上院議員に対して、ユッカマウンテンプロジェクト見直しを示唆していた。2010年中間選挙でリード議員は厳しい選挙が予想されていたが、接戦の末ティーパーティーの支援を受けた共和党シャロン・アングル候補に勝ち、引き続き上院への影響を与え続けることになった。しかしどちらにせよ、ブルーリボンコミッションの勧告自体には強制力はないため、結局はまた議会で審議をする運命にはあった。
 共和党の中にはユッカマウンテンの復活を目指すユッカマウンテン支持派もあり、その意味ではブルーリボンコミッションの提言がすでに決定的なものとはいえなくなっているとも言える。ユッカマウンテン処分場の操業が遅れることに対し、電力各社から使用済み燃料の貯蔵費用をエネルギー省に対して請求する訴訟を起こされているという事実がある。もし建設取り消しとなれば、エネルギー省の契約不履行となり、訴訟規模が拡大し、費用請求額が全体で1000億ドルを超える可能性も取り沙汰されている。すでに1982年原子力廃棄物政策法による0.1セント/kWhの原子力廃棄物基金向けの支払いをしているのに、廃棄物処分場完成が予定より遅れていることによってサイト内貯蔵を余儀なくされているというのが電力会社側の言い分である。
 新規原子力開発との関係においてはチュー前長官は、2009年1月の上院のエネルギー・天然資源委員会の指名承認公聴会での証言で、新規原子力発電所の開発と、長期的な廃棄物管理はともに進めるべきだと明言した。ユッカマウンテンに関して放射性廃棄物政策法のもとで政府の責務が問われる使用済み燃料の処分については、「エネルギー省には使用済み燃料を安全に処分するための計画を示す法的責務がある」と認め、放射性廃棄物を安全に廃棄するための長期的な計画をたてることの必要性を強調した。また、使用済み燃料の再処理に関して、チュー長官は経済性および核不拡散の観点から、現時点では再処理は「実現は可能ではない」とする一方で、再処理が使用済み燃料管理の長期的な解決策の一部となりうること、継続してエネルギー省の研究開発の重要なテーマとすべきであることを証言した。同時にその中で中間貯蔵は一定の役割を果たすことを示唆している。その背景には、オバマ政権内には使用済み燃料管理の問題によって新規原子力発電に対する障害になってはいけないとの思いがあるとみられる。

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