「電力システム改革」は「電力の全面自由化」

その前提条件は、再生可能エネルギー固定価格買取(FIT)制度の優先廃止でなければならない


東京工業大学名誉教授

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 4月2日、安倍内閣の「電力システム改革」を進める方針が閣議決定された。政府は、この電力システム改革を次の3段階で進めるとしている(3 日の朝日新聞の朝刊による)。
 ① 2015年めど; 広域系統運用機関の創設(地域を超えて電力を融通できるようにする)、② 16 年めど;電力の小売りの全面自由化(家庭や企業に自然エネルギーを売れるようにする)、③ 18~20年めど;発送電分離(電力会社の送配電部門を別会社にする)。
 この改革の中心になるのが原発事故に伴う電力会社の経営に対する批判から、主として脱原発を主張する人々が主張してきた第3段階の発送電分離なはずであった。彼らは、③の発送電分離があって初めて、①の電力供給の地域独占体制の廃止と②の電力の自由化が実施できるとしていた。しかし、今回の「電力システム改革」では、③発送電分離は第3段階、18~20年をめどとされ、その法案は15年の提出を目指すが、努力目標に後退させ骨抜きの余地もあると報じられた(朝日新聞)。電力会社の強い反対があるからであろう。
 もともと澤による指摘(文献1参照)にあるように安定で安価な電力供給の方策として問題の多い発送電分離である。①段階の広域系統運用機関の創設で、現在の電力会社の各独占地域間での電力が融通できるようになれば、発送電分離が無くとも、電力不足対策としての電力の安定供給が可能となるから、その実現のめどを18~20年と大幅後退させても、或いは実施できなくても問題はないであろう。

FIT制度がある限り「電力の全面自由化」はありえない

 この改革案でより問題になるのは、②段階の自然エネルギーの導入のための「電力の小売りの全面自由化」である。電力改革のメリットとして、「・発送電分離によって送配電網が公平に開放され、自然エネルギー発電会社などが増える。・家庭や企業が電気料金や発電方法を比べ、どの電力会社から電気を買うかを自由に選べるようになる。・電力会社の競争が進み、電力料金が抑えられる。」とある(朝日新聞)。では、今回の改革により、このような電力の小売りの全面自由化が可能となるのであろうか?小売り電力の種類として、地球に優しいとされる自然エネルギー電力を選択・利用できるためには、それが、化石燃料を主体とする現用の電力よりも安くなければならない。しかし、少なくとも現状では、自然エネルギー(国産の再生可能エネルギー)発電の利用では、発電コストは安くなるどころか、却って、確実に大幅に高くなる。それは、現状の電力会社が自分で生産するよりも2 ~ 4倍以上も高い値段で再生可能エネルギー電力を電力会社に買い取らせて、その発電コストを電気料金の値上げの形で国民に負担させる仕組みとして、民主党政権下で法制化された「再生可能エネルギー固定価格買取(FIT)制度」が存在するからである。このFIT制度の適用のもとで自然エネルギー電力の普及率が増加すれば、市販の電力料金は確実に値上がりする。すなわち、昨年7月に実施されたばかりのFIT制度が存続する限り、消費者にとっての自然エネルギー電力の選択は、電力料金を安くして欲しいとの消費者の切実な願望が確実に否定されることになる。

 実は、いま、電力料金を安くしたい(高くしたくない)との消費者の願望を満たすための方法は、現状で最も電力生産コストの安い既設の原発を再稼動させることである。しかし、原発事故の教訓から、原発に頼るのがいやだと言う人が多数いる。さらには、いままで原発電力の生産コストのなかに含まれていなかった廃炉や使用済み核燃料の処理、処分費、さらには事故時の賠償費の見積もり額を含めた値は推定のしようがないから、市場経済原理に基づいて「安い電力」を求める限り、消費者にとってだけでなく、電力会社にとっても、今後の新設を含めた原発の存続は考えられない。代わって、現時点で発電コストの一番安い石炭火力発電を用いればよい(文献2参照)。また、もし、シェールガスブームのなかで天然ガス(LNGでなくパイプラインで供給される天然ガス)が石炭より安くなれば、それを用いればよい。これら化石燃料による火力発電のコストより低いコストで自然エネルギー電力を導入できるようになった時に初めて、その利用を図ればよいが、それは、かなり遠い将来と想定される。これが、市場経済原理にしたがった②の電力の小売りの完全自由化でなければならない。これに反して、現行の自然エネルギー導入促進のためのFIT制度では、太陽光、風力、中小水力、地熱、さらにはバイオマスの全ての発電について、それらが、現用の化石燃料主体の発電システムと競合した収益事業として成立するように、それぞれの電力の買取価格が決められているから、これら電源種類別間の市場経済原理による競合が起こりようがない。すなわち、②の電力小売りの完全自由化の目的を完全に否定してしまう現行のFIT制度の廃止こそが、今回の改定の前提条件にならなければならない。

FIT制度による自然エネルギーの利用では原発は止められない

 いま、反原発、脱原発を訴える人々は、原発電力の代替は自然エネルギー電力だとし、それを原発廃止の必要条件としている。しかし、この自然エネルギーの利用・普及を訴えることが、いま、原発が無くては「国民の生活と産業のためのエネルギーを賄うことができない」とする野田前首相の発言を利用して、原発の維持を図ろうとしている現政権にうまく利用されていることに気が付いていない。政府は、意図的にそうしているわけではないと思うが、結果的にそうなっている。すなわち、政権奪還に成功した安倍政権も、FIT制度を使って、原発代替の自然エネルギー電力の利用・拡大を図ったときの市販電気料金の値上げ金額を国民に提示した前民主党政権の方針をそのまま踏襲することで、原発電力の維持の必要性を訴えている。しかし、上記したように、原発電力代替として、当面、石炭火力発電を使えば、自然エネルギー電力の利用拡大による市販電力料金の値上げをしないで済むどころか、値下げさえ可能となる。この事実が意図的に隠されていると言うよりは、同じ発電量を得るためのCO2排出量の大きい石炭の使用が、地球温暖化対策上許されないとして、その使用を頭から否定してきた前政権の立場が継承されている。
 このように、いま、原発電力代替としての自然エネルギーの利用・普及の拡大のために用いられているFIT制度であるが、もともとは、地球温暖化対策を目的としてEUで考案、利用されてきた。地球温暖化対策としてEUのやっていることに無批判に追従している日本がEUに倣って進めようとしているこのFIT制度が、いま、本場のEUで、国民の経済的な負担を大きくするとして大きな問題になっている。強い経済力を背景にしてこのFIT制度により大幅な自然エネルギー電力の利用拡大を図ってきたドイツでは、福島原発事故の教訓から廃止を決めた原発の代わりに、自国産の褐炭の利用による火力発電を増強している。電力料金を下げるためである。世界一優れた石炭火力発電技術を持つ日本が、脱原発を目指す、目指さないにかかわらず、電力料金を値下げするために、このドイツに倣わない手はない(竹内氏による文献3 参照)。ドイツは、すでに太陽光発電や風力など自然エネルギーの高い導入率を果たして、CO2の排出削減に貢献しているから、石炭の使用が許されてもよいのではとの考えがあるかも知れない。しかし、ドイツの一人当たりのCO2排出量は8,78 t-CO2/年と、日本の8.46 t-CO2/年より僅かだが多い(2009年の値、文献4 )。これは、図1に示す発電量ベースのエネルギー資源別の電源構成で、石炭の比率が、ドイツの43.9 % と日本の26.8 % に較べて大幅に大きいからである。エネルギー供給の安全保障の観点から、ドイツの石炭は、その可採年数R/P(確認埋蔵量Rを現在の生産量Pで割った値)は223年と世界平均の118年を大きく上回っている国産資源であるが、日本では国内の石炭需要の大部分を輸入に頼っている(2010年の値、文献4)以上、ドイツの真似はできないとの考えもあるかも知れない。しかし、エネルギーの安全保障の観点からとして、電力供給用の資源をFIT制度を適用した自然エネルギーに依存していたのでは、上記したように電力料金の値上げで、日本経済の安全が保証されなくなってしまう。また、地球温暖化防止のためとしても、その費用対効果が明らかになっていない日本国内のCO2排出削減のために、FIT制度の利用で、国民と産業に経済的な負担をかける余裕は、いまの日本にはないはずでる。東日本大震災以後、今後、確実にやってくると予測される大地震や津波の恐怖に対して最低限の備えをするだけでも莫大な国家予算が必要になるはずである。

電源構成のベストミックスは幻想に過ぎない

 ここで、図1 との関連で電源構成のベストミックスの問題についても一寸触れておきたい。それは、安倍首相が、原発の存続の可否が電源のベストミックスの観点から決められるとしているからである。しかし、実はそんなものは存在しないのである。もしあるとしたら、それぞれの国にとっての最も安価な電力を供給するための市場経済原理に基づく電源構成比の選択についてであろうが、それは、国によって違い、また時間的に変化する。例えば、上記したように、日本において、現状で最も安価な電源は石炭であるが、図1に見られるように、その比率が世界の平均に較べて小さい値をとるのは、石油危機以前には、石油が石炭より安価であった時の名残が残っているためで、また、石油が高くなっても、石炭への変換が遅れたのは、日本には、大気汚染物質の排出の少ない石炭より高価な輸入LNGを使うことのできる国際的な経済力があったからである。このように、市場経済原理に基づいて決まるはずの電源構成も、図1に見られるように、それぞれの国のエネルギー資源の自給状況にも左右されて、年次的にも変化する。すなわち、この電源構成のなかで、いわば、政治的な要因で入ってくる原子力や自然エネルギーの最適比率は、本来、決めようがないのである。すなわち、現状の日本経済的の苦境のなかで、電力供給の安全保障を求めるのであれば、当面は、国民と国家の利益を守るための安価な石炭の輸入先国の多様化を図る努力をすべきであろう。

図1 各国の発電量ベースの電源構成、2009年
(IEA(国際エネルギー機関)のデータ(文献4)を基に作成)

「電力システム改革」の前提はFIT 制度の廃止でなければならない

 反原発派の人々の発送電の分離の要求をかわす目的でつくられようとしていると考えられる今回の「電力システム改革」であるが、この改革の主目的である「小売り電力の完全自由化」を完全に否定するのが、前政権からの遺物「FIT 制度の適用による自然エネルギー導入」のエネルギー政策である。この「FIT制度」と環境省による無意味な規制がなくなれば、東京電力の入札制度による石炭火力発電の導入例に見られるように、国民と国家の利益を守るための「安い電力」供給が、現行の法制度の下でも可能なはずである。いま、この国の新しいエネルギー政策を創るためには、原発廃止、擁護のいずれの立場をとるにしても、また、発送電分離の実施とも無関係に、科学と経済の常識を完全に逸脱している不条理なFIT 制度の廃止こそが、全てに優先されなければならない。

引用文献;
1. 澤 昭裕;精神論抜きの電力入門、新潮新書、2012
2. 久保田 宏;科学技術の視点から原発に依存しないエネルギー政策を創る、日刊工業新聞社、2012
3. 竹内純子;ドイツの電力事情⑧――日本への示唆、今こそ石炭火力発電所を活用すべきだ、ieei 2013/03/25
4. 日本エネルギー経済研究所編;「EDMC/エネルギー・経済統計要覧2012年版」、省エネルギーセンター

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